♪ハッピバースデー、トゥーユ
 ハッピバースデー、トゥーユ
 ハッピバースデー、ディア、わたしたち~
 ハッピバースデー、トゥーユ~

「イェーイ!」
パチパチパチパチ

本日は八月二十六日。
私たちの誕生日である。

「おめでと」

「ありがとー!セイもお誕生日おめでとう!」

「ありがと」
セイは短くそう言って、微笑んだ。

「サエは何歳になったの?」

「えっと、今年二十四か!」

「二十代前半が終わるね」

「まだ終わってないからっ!」
私は食いつくように反論した。

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「私さ、セイに何をプレゼントしたら良いか分かんなかったんだよね」

「え、いいよ。私ももちろん用意なんて出来てないし」

「でもさ、なんかお祝いはしたいじゃない!だから、ちょっと奮発しちゃった。ちょっと待っててね!」

私は冷蔵庫に向かう。

セイは不思議そうな顔をしていた。

「ジャジャーン!綺麗じゃない?」

私が持って来たのは、一つのケーキだった。

「すごい……。こんな綺麗なケーキがあるんだ」

私が今日買って来たのは、チョコレートケーキ。

しかし、ただのケーキではない。

形は薄い丸型で、全面にチョコレートがコーティングされている。
その光沢が何とも美しく、鏡のように反射していた。
加えてトップには、チョコレートで作られた飾りがダイナミックに添えられている。
これがいわゆるチョコ細工というものなのだろうか。
手で持つとパリッと割れてしまうのではないかという程に薄い。
ケーキの側面には、葉っぱのような薄い飾りまである。
輝く金粉が脇役に徹して丁度良いほど、デザインが芸術的なケーキだった。

「ね!すごいでしょ!」

セイはしきりに頷いている。

「私たちが一緒にお祝いできる方法って何だろうってずっと考えてたんだ。結局答えは出なかったけど、少なくとも今の私たちには思い出を共有することが大事なんじゃないかなって思ったの。あの時、目で見て綺麗だった朝日みたいにね。だから、もちろん実際に食べることが出来るのは私だけだけど、セイにも目で楽しんで欲しかったんだ」

セイの目が若干潤んでいるように見えた。

「ありがとう。凄く感動した。ケーキを見て感動したのは初めてだよ。これは芸術だね」

「よかった!喜んでくれて」

「こんなのを売っているケーキ屋さんが近くにあるの?」

「んーん、お店は電車で一駅のところにあるんだ。駅からは近いんだけどね」

「そうなんだ。そう言えば、これって何人前?一人分にしては、少し大きい気が……」

私はギクリとやや肩が上がる。

セイからの視線を浴びつつ、正直に話す。

「あはは、本当はこれ二・三人用の大きさなんだよね。食べるのは私しかいないことは分かってたんだけど、どうしてもこのデザインが気に入っちゃって。気づいたら、注文してた」

セイは口に手を当てて笑っている。

私は慌てて取り繕った。
「大丈夫!冷凍して、最後まできちんと食べるから!」

それでもクスクスと笑っていたが、セイは暫くしてひと言「ごめん」と言った。

「私のために、これを選んで買ってきてくれたんだよね。嬉しい」
セイは私の方を向いて、目尻を下げてクシャッと笑った。

そして、ポツリと呟く。
「私も食べたかったな」

「そうだね、一緒に食べられたら良かったね」

「せっかくだから、早く食べてみなよ」

「じゃぁ、ちょっと切ってくる」
私は台所の方へ小走りで向かう。

こういう時、どう切れば良いのか迷う。

どう切ってもグチャってなるような気がする。

「まぁでも、こんなの食べてしまえば同じか!」
そう思って私が包丁の刃をケーキに立てようとした、その瞬間

「サエ待って!」

リビングの方から大きな声で、私を呼ぶ声が聞こえた。

「何?どうしたの」

「サエ、写真!写真っ!」

私は「あっ!」と声を上げる。

大事なことを忘れていた。

こんな綺麗なケーキを写真に収めないなんてこと、あってはならない。

「わー、ありがとっ。普通に忘れてた。切る直前だったよ」

「セーフ」
間に合ったことで、セイは一気に肩の力を抜くのだった。

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「よしっ!撮れた!」

私は色々な角度から何枚か撮影した。

セイは私のスマホのライトで、いい感じに照らしてくれていた。

「セイ、ありがとね。じゃあ、今度こそ切って来ます!」

無事写真は撮り終え、私は再び台所に。

綺麗な状態を写真に収めた安心感からか、
今度はあまり躊躇うことなく、勢いでケーキを切ることが出来た。

もしかしたら、ただ単にもう食べたいだけなのかもしれない。

残ったケーキは、一旦冷蔵庫に戻しておく。

もしかしたら、明日中には食べきれちゃうかもしれないし……。

これを言うと、またあのお方に笑われそうなので、
今よぎった思いは私の中だけに留めておくことにした。

「おまたせ!」

「いい感じじゃん」

「それでは……」
ゴクリと唾を一回飲み込む。

「いただきます!」

フォークに乗ったケーキを、ゆっくりと口の中に運び込む。
そしてパクッ。

「んー!」
私は言葉にならない声を上げていた。

一つひとつの味を噛み占める。
コーティングチョコの少しダークな苦み。
そしてフワフワの甘いチョコムース。
さらにその甘いムースの中から、トロリと酸味を効かせ登場するフランボワーズのソース。
これらの美味しさを、一口で感じられるとはなんて贅沢なのだろう。

「どお?おいしい?」
セイが興味深々で聞いてくる。

こんなに目を輝かせることがあるのか。

餌を待っているゴールデンレトリバーのようだ。

尻尾でも生えているのではないかと、確認したくなるレベルだった。

「こっれは、美味しすぎっ!」
私は言葉を溜めて、美味しさを表現した。

「だよねー!残ったケーキの断面でさえ、綺麗だもん」

「確かに」

これは、相当な自分へのご褒美だ。

私は「去年祝えなかった分も込み!」と自分に言い聞かせた。

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その日は結構夜遅くまでセイと話した。

普段セイから昔話はあまり聞かないが、誕生日の話題ともなると色々な話が聞けた。

「え⁉カラオケでオールしらの?」

「そうそう、明け方はみんなテンションバグってたけどね」

「みんなよーく、そんっなに歌えるねっ!」

「ただ喋ってたり、寝る人もいたりするけ……」

「へぇー!そうらぁんだぁ。やっぱ若いってぇ良いわぁ」
私は仕切りに頷く。

「あー……。サエは昔やらなかったの?カラオケオールとか」

「私のはね、ぜんっぜん楽しくないオールだったよぉ」

「ん?」

「試験前の一夜漬けオール!こんな思い出しからいのよぉ、まったく!そんな楽しいエンジョイ学生の思い出なんか私に無いのぉ!」

セイはチラリと、机にあるチョコレートの箱に目線を移した。

「何よぉー」

「サエ、お酒に弱すぎでしょ」

「へぇ?」

――数時間前に遡る――

「そう言えば!頂きもので、こんなチョコレートもあったんだった」

「あんまり、甘いもの食べ過ぎると次の日ニキビとかできちゃうよ」

「いいじゃん!今日だけ!」

セイは「まぁ、いっか」と諦めたようだった。

「それ何のチョコなの?」

「何だろ?一粒食べてみる」

その一粒が、今回の醜態を生み出したらしい。

つまり私は、ウイスキーボンボンであそこまで陽気になれたということだ。

あとでセイに聞いた話によると、謎に楽しい雰囲気は続き、寝かせようにも返ってくる返答は
「いいじゃぁん!こうやってセイと楽しく喋れて私嬉しい!」
のループだったらしい。

その後もう一粒にも手を伸ばし、抱き付けもしないセイの元へダイブ。

そのままセイの身体をすり抜けた私は、
セイが元々もたれかかっていたクッションに埋まり、そのまま寝始めたそうだ。

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翌朝、私はセイに平謝りした。

セイはお腹を抱えて笑っていた。

そしてトドメのひと言は「良い誕生日になった」だった。

私は、何がしたかったのだろう。

ケーキまでは、大成功だったのに。

私は自分がお酒に弱いことを自覚した。
そして、外では絶対に飲まないことを誓った。

鏡を見ると、小さなニキビがおでこの中心に出来ていた。なんか大仏みたいだ。
「なんでまた、こんなところに……」

今年の誕生日はこんな感じで、踏んだり蹴ったりな状態で幕を閉じたのだった。