現在八月。
また暑い季節がやってきた。
思えばセイと出会ったのが去年のこの頃。
もう一年になるのか。
時の流れは早いな。
そう思う一方で「去年の今頃はあんなにも一日が長かったのに」と要らない雑念がよぎってしまった。
いけない。
今日は気分を下げている場合ではないのだ。
私は今、去年出来なかったことをするために、朝早くから準備を進めている。
出来なかったこととは、両親のお墓参りだ。
両親の命日は、八月の二十四日。
去年は新卒で働き始めたばかりで、お墓参りに行く余裕が無かった。
そのため今日は、名一杯綺麗なお花を持って行くつもりだ。
そのお花自体は行く途中でお花屋さんに寄るとして、
だけど幹を切って長さの調節とかはしないといけないんだよな。
そう思いながら、朝からハサミやライター、お線香などを袋に入れていると
ガチャガチャした音が響いていたのかセイが声をかけてきた。
「何してるの?」
「あ、ごめん。うるさかった?」
「別にそうじゃ無いけど、どこか出かけるの?」
「うん。ちょっとお墓参りに行ってこようと思って」
「ご両親の……。命日って今日だったんだ」
「そうなの。去年は色々あって行けなかったから」
私は眉を下げながら笑う。
「ご両親二人ともって、事故か何かだったの?言いたくなかったら、言わなくて良いけど」
セイは興味本位で聞いてしまっていることを気にしているようだった。
私は逆に「話してなかったっけ」と記憶を探る。
「そういえば、私の両親についてはまだ話して無かったか。なんかセイには全て話している気になってたわ」
私は大きく口を開けて笑った。
「私の両親はね、飲酒運転の大型トラックと衝突して死んだの。両親が交差点で車を真っ直ぐに走らせた時、横から信号無視で飛び出してきたそのトラックとバーン。普通のスピードで突っ込んできたもんだから、両親たちの車は派手に横転したらしい。怖いよね。私はその時まだ三歳だったから、あまり詳しくは覚えてないんだけど。ある程度大きくなってから、大まかなことは教えてもらった」
「そのトラック運転手許せんな」
私の変わりにセイが怒ってくれていた。
「まぁ、運が悪かったとしか言いようがないよね。なんかね、その日は二人で買い物に行くって言って私を祖父母に預けていたらしいの。あとで気がついたんだけど、きっと私の誕生日プレゼントでも選びに行ってたんじゃないかな?ちょうど明後日が、私の誕生日だから」
「明後日、誕生日なの?」
「そう、八月二十六日が私の誕生日」
「ちなみにセイの誕生日はいつなの?」
「……同じ」
「え!ほんとに⁉こんな偶然ある⁉」
セイもビックリした表情をしていた。
前世だと生まれてくる日は同じになるのだろうか。
いや、関係するなら生誕より命日の方か?……まぁ、そんなことはどうでも良いや!
「じゃぁ、今年は一緒にお祝いしようよ!」
「うん。私はもう歳取らないけど」
「なにそれ、嫌みですか」
セイは「えっあ、いや」と戸惑っている。
私は「アハハ」と声に出して笑った。
「じゃぁ、二十六日!絶対予定空けといてよね!」
「空けるも何も、私に予定なんかないから」
セイは呆れた表情で笑っていた。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
今朝そんな会話をして家を出て来た。
今からお花を買うところだ。
例え少し余ったとしても、
家の仏壇用にすればいいからそこまで厳密に気にしなくても良いよね。
「すみませーん」
「はーい!いらっしゃいませ!」
「お墓参り用で、これ新聞紙で包んで頂けますか?」
私が選んだのは、まず白と黄色の輪菊。
お墓にお供えされている花には、よく見られるものだと思う。
私も定番だと思って、いつも何げなく買っている。
今回は新しいお花も取り入れてみた。
小ぶりで菊に似ているお花。
淡いピンクの色味が綺麗だったので惹かれてしまった。
あとで聞くとスプレーマムというお花らしく、仏事ごとに選んでも良いお花だそうだ。
最後は、いつものカーネーションとスターチス。
母のカーネーションと並ぶ父のイメージとして、
青のスターチスを勝手に選んでいる。
お会計をしてもらおうとレジカウンターに行くと、
白い小菊もおすすめだと教えてくれたので、それも追加して購入することにした。
トータルで千円くらいだった。
「ありがとうごさいます!またのお越しをお待ちしております!」
私は店を後にした。
良い買い物が出来た気がする。
今日は天気が良いので、セイにも散歩がてらにどうかと声をかけてみたが
「人混みは嫌」という何とも意味深な理由で断られてしまった。
やはり墓地という場所には、集まるのだろうか。
私たちがお世話になっているお寺は、バスで一駅、
そこから約十分歩いたところにある。
この街の多くがここのお寺にお世話になっているため、沢山のお墓が並んでいる。
私たちのお墓は、入って少し奥に進んだところ。
特に遠い訳ではないが、汲んだ水のバケツが重い場合は結構しんどい。
「さて。今回も頑張りますかー」
一旦買ってきたお花を自分たちのお墓に置き、もう一度入口に戻る。
ここにバケツと柄杓があるためそれをお借りする。
ジャーッ
私はバケツに水が溜まるのをボーっとしながら待っていた。
何かをしながらぼんやりしてしまうのは私の悪い癖だ。
気づけば、バケツの水が溢れそうになっている。
「うおっと、セーフ……。ちょっと入れすぎたか。まぁ、持てないこともあるまい!」
……重っ!
戻るまでの距離で、肩を痛めてしまいそうだった。
もったいないと思って水は捨てなかったが、やはり少し調整してくるべきだったか……。
「お父さん、お母さん。お待たせしました。忙しない娘でごめんね」
そう言いながら、まずはお墓のお掃除から始めた。
スポンジに水を含ませ、墓石を上の方から洗う。
洗いながら、私は両親にセイのことを語りかけた。
「去年は、ここに来れなくてごめんなさい。結構きつかったんだ、働くの。でもね、セイって名前のお友達が、私の心を軽くしてくれたの。お仕事は辞めちゃったけど、私は今元気だよ。セイは一見クールに見えるけど、話したら面白いし思いやりのある優しい子なんだ。こんなに説明しなくても分かってるか。いつも上から見てくれてるもんね。これからも、私たちのこと見守っててね」
よしっ!
お掃除はこれくらいで大丈夫かな。
バケツの水が半分くらいになっている。
あの量を頑張って運んできて良かったかもしれない。
「じゃぁ、あとはお花だな!」
新聞紙で包まれていたのを開き、バーッと要らない葉っぱを取る。
そして花の種類や色味をみながら、二つに分ける。
あとは長さを揃えて茎を切り、花立に刺して全体を見る。
このバランスの良し悪しは未だに分からないが、
いちいち添削して来る人もいないのでこれで良しとしておく。
「こんなもんかな」
散らばった葉っぱや切った茎、その他のゴミは丸めてビニール袋に突っ込む。
私は一旦腰に手を当て、体を反らした。
「最後にお線香だけ立てて帰ろう」
今日は風が少し強く、なかなか線香の火がつかない。
何度かライターをカチカチと鳴らしてみる。
じんわりと汗が額から滲み、目の中に入りそうだ。
私はしきりに瞬きをする。
根気強く試していると、やっと線香の煙が上がった。
一安心して、ライターをしまう。
二本の線香を折らないように、ゆっくりと香炉に立てる。
そして私は静かに手を合わせた。
「さぁ、帰ろう」
私は水が空になったバケツを持ち、入口に向かう。
今日は日差しが強く、首元からも汗が流れるような日だったが、
やることが全て終わった今では清々しくスッキリとした気分だった。
また暑い季節がやってきた。
思えばセイと出会ったのが去年のこの頃。
もう一年になるのか。
時の流れは早いな。
そう思う一方で「去年の今頃はあんなにも一日が長かったのに」と要らない雑念がよぎってしまった。
いけない。
今日は気分を下げている場合ではないのだ。
私は今、去年出来なかったことをするために、朝早くから準備を進めている。
出来なかったこととは、両親のお墓参りだ。
両親の命日は、八月の二十四日。
去年は新卒で働き始めたばかりで、お墓参りに行く余裕が無かった。
そのため今日は、名一杯綺麗なお花を持って行くつもりだ。
そのお花自体は行く途中でお花屋さんに寄るとして、
だけど幹を切って長さの調節とかはしないといけないんだよな。
そう思いながら、朝からハサミやライター、お線香などを袋に入れていると
ガチャガチャした音が響いていたのかセイが声をかけてきた。
「何してるの?」
「あ、ごめん。うるさかった?」
「別にそうじゃ無いけど、どこか出かけるの?」
「うん。ちょっとお墓参りに行ってこようと思って」
「ご両親の……。命日って今日だったんだ」
「そうなの。去年は色々あって行けなかったから」
私は眉を下げながら笑う。
「ご両親二人ともって、事故か何かだったの?言いたくなかったら、言わなくて良いけど」
セイは興味本位で聞いてしまっていることを気にしているようだった。
私は逆に「話してなかったっけ」と記憶を探る。
「そういえば、私の両親についてはまだ話して無かったか。なんかセイには全て話している気になってたわ」
私は大きく口を開けて笑った。
「私の両親はね、飲酒運転の大型トラックと衝突して死んだの。両親が交差点で車を真っ直ぐに走らせた時、横から信号無視で飛び出してきたそのトラックとバーン。普通のスピードで突っ込んできたもんだから、両親たちの車は派手に横転したらしい。怖いよね。私はその時まだ三歳だったから、あまり詳しくは覚えてないんだけど。ある程度大きくなってから、大まかなことは教えてもらった」
「そのトラック運転手許せんな」
私の変わりにセイが怒ってくれていた。
「まぁ、運が悪かったとしか言いようがないよね。なんかね、その日は二人で買い物に行くって言って私を祖父母に預けていたらしいの。あとで気がついたんだけど、きっと私の誕生日プレゼントでも選びに行ってたんじゃないかな?ちょうど明後日が、私の誕生日だから」
「明後日、誕生日なの?」
「そう、八月二十六日が私の誕生日」
「ちなみにセイの誕生日はいつなの?」
「……同じ」
「え!ほんとに⁉こんな偶然ある⁉」
セイもビックリした表情をしていた。
前世だと生まれてくる日は同じになるのだろうか。
いや、関係するなら生誕より命日の方か?……まぁ、そんなことはどうでも良いや!
「じゃぁ、今年は一緒にお祝いしようよ!」
「うん。私はもう歳取らないけど」
「なにそれ、嫌みですか」
セイは「えっあ、いや」と戸惑っている。
私は「アハハ」と声に出して笑った。
「じゃぁ、二十六日!絶対予定空けといてよね!」
「空けるも何も、私に予定なんかないから」
セイは呆れた表情で笑っていた。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
今朝そんな会話をして家を出て来た。
今からお花を買うところだ。
例え少し余ったとしても、
家の仏壇用にすればいいからそこまで厳密に気にしなくても良いよね。
「すみませーん」
「はーい!いらっしゃいませ!」
「お墓参り用で、これ新聞紙で包んで頂けますか?」
私が選んだのは、まず白と黄色の輪菊。
お墓にお供えされている花には、よく見られるものだと思う。
私も定番だと思って、いつも何げなく買っている。
今回は新しいお花も取り入れてみた。
小ぶりで菊に似ているお花。
淡いピンクの色味が綺麗だったので惹かれてしまった。
あとで聞くとスプレーマムというお花らしく、仏事ごとに選んでも良いお花だそうだ。
最後は、いつものカーネーションとスターチス。
母のカーネーションと並ぶ父のイメージとして、
青のスターチスを勝手に選んでいる。
お会計をしてもらおうとレジカウンターに行くと、
白い小菊もおすすめだと教えてくれたので、それも追加して購入することにした。
トータルで千円くらいだった。
「ありがとうごさいます!またのお越しをお待ちしております!」
私は店を後にした。
良い買い物が出来た気がする。
今日は天気が良いので、セイにも散歩がてらにどうかと声をかけてみたが
「人混みは嫌」という何とも意味深な理由で断られてしまった。
やはり墓地という場所には、集まるのだろうか。
私たちがお世話になっているお寺は、バスで一駅、
そこから約十分歩いたところにある。
この街の多くがここのお寺にお世話になっているため、沢山のお墓が並んでいる。
私たちのお墓は、入って少し奥に進んだところ。
特に遠い訳ではないが、汲んだ水のバケツが重い場合は結構しんどい。
「さて。今回も頑張りますかー」
一旦買ってきたお花を自分たちのお墓に置き、もう一度入口に戻る。
ここにバケツと柄杓があるためそれをお借りする。
ジャーッ
私はバケツに水が溜まるのをボーっとしながら待っていた。
何かをしながらぼんやりしてしまうのは私の悪い癖だ。
気づけば、バケツの水が溢れそうになっている。
「うおっと、セーフ……。ちょっと入れすぎたか。まぁ、持てないこともあるまい!」
……重っ!
戻るまでの距離で、肩を痛めてしまいそうだった。
もったいないと思って水は捨てなかったが、やはり少し調整してくるべきだったか……。
「お父さん、お母さん。お待たせしました。忙しない娘でごめんね」
そう言いながら、まずはお墓のお掃除から始めた。
スポンジに水を含ませ、墓石を上の方から洗う。
洗いながら、私は両親にセイのことを語りかけた。
「去年は、ここに来れなくてごめんなさい。結構きつかったんだ、働くの。でもね、セイって名前のお友達が、私の心を軽くしてくれたの。お仕事は辞めちゃったけど、私は今元気だよ。セイは一見クールに見えるけど、話したら面白いし思いやりのある優しい子なんだ。こんなに説明しなくても分かってるか。いつも上から見てくれてるもんね。これからも、私たちのこと見守っててね」
よしっ!
お掃除はこれくらいで大丈夫かな。
バケツの水が半分くらいになっている。
あの量を頑張って運んできて良かったかもしれない。
「じゃぁ、あとはお花だな!」
新聞紙で包まれていたのを開き、バーッと要らない葉っぱを取る。
そして花の種類や色味をみながら、二つに分ける。
あとは長さを揃えて茎を切り、花立に刺して全体を見る。
このバランスの良し悪しは未だに分からないが、
いちいち添削して来る人もいないのでこれで良しとしておく。
「こんなもんかな」
散らばった葉っぱや切った茎、その他のゴミは丸めてビニール袋に突っ込む。
私は一旦腰に手を当て、体を反らした。
「最後にお線香だけ立てて帰ろう」
今日は風が少し強く、なかなか線香の火がつかない。
何度かライターをカチカチと鳴らしてみる。
じんわりと汗が額から滲み、目の中に入りそうだ。
私はしきりに瞬きをする。
根気強く試していると、やっと線香の煙が上がった。
一安心して、ライターをしまう。
二本の線香を折らないように、ゆっくりと香炉に立てる。
そして私は静かに手を合わせた。
「さぁ、帰ろう」
私は水が空になったバケツを持ち、入口に向かう。
今日は日差しが強く、首元からも汗が流れるような日だったが、
やることが全て終わった今では清々しくスッキリとした気分だった。