セイのおかげもあり、私の心は時間の経過と共に修復されつつあった。

仕事を十月に辞め、今現在、年を跨いで三月の半ばである。
春先だが、まだまだ寒い日が続いていた。

私は、モコモコのワンピースタイプのルームウェアに、厚手の靴下。
それでも寒い時には、カーディガンを羽織って過ごしていた。

セイはというと、相変わらずの学生服で、薄っぺらい長袖のままである。

「セイー!こっち向いてー!」

カシャッ

セイが振り返ると同時に、私はシャッターを切った。

「えっ」
不意を突かれ、セイの声は若干上ずる。

私は台所の方から、リビングで過ごしているセイの方へ歩み寄った。

「やった!セイは、写真に残るんだね!」

私は歩きながらカメラの液晶画面を覗き込み、嬉しい気持ちでいっぱいだった。

「心霊写真なんか撮って、誰がそんなに喜ぶんだよ」

セイはそう呆れながらも、何だかんだ楽しそうだった。

私が持ってきたのは、小型のデジタルカメラ。
本体はピンク色で、可愛いデザインである。

「どーしたのそれ?」
セイは、改めて私に聞いてくる。

「あっ、これね!昔写真を撮るのにハマっていた時期があって、その時に買ったの!でも、気が付いたら、全く興味が持てなくなってて……。押し入れの中で、眠っちゃってた」

自分で言っておいて何だか懐かしくなり、手元のカメラを数回撫でた。

「でも最近、久しぶり撮りたくなっちゃって!」

「いいね!そんな趣味があったんだ。知らなかった」
セイは目を細めて、優しく微笑む。

「そう言えば、サエから自分の好きな物とか、趣味の話って聞いたこと無かったかも。勿論、大まかにサエが好むジャンルとか、テーストは知ってるけど……」

セイは、不思議そうに宙を見上げる。

それを聞いた私は「確かに……。そうだね」と呟きながら、変な違和感が私の心に過ぎるのだった。

んー。何かが引っかかるんだけど……ダメだ。
分かんない。

サッパリしないままだが、私は一旦セイの隣に腰かけて話しを進める。

「好きなものを『好き』って言うのって、簡単そうで意外と難しいんだよね。写真が趣味なのも、昔は友達にも言えてなかったし」

「そうなの?そんなに難しいこと?」
セイは不思議そうに、質問してくる。

私は「んー」と右手を口元に持って行き、どうやって説明しようか考えた。

「食べ物の好みとかは言いやすいんだけど……。趣味は自分を映す鏡みたいなところがあるからさ、勇気が必要な時もあるんだよ。もし、伝えて否定なんかされたら、自分が否定されたような気持ちになっちゃうから」

あれ?さっきの違和感って……。

「あっ!」

「何!急に」

私は先程感じた変な違和感の正体に気づいたのだった。

「いや、セイに言われるまで気にも留めて無かったんだけどね」
私はフフフッと笑みが隠せない。

「そう言えば私って、セイに抵抗なくこのカメラのこと話したなぁと思って。自分でも意外だったの!だって昔は、友達にすら気軽に言えなかったんだよ。当時知ってたのは家族くらいなんじゃないかな。なのに、セイの前では反応の心配すらもしなかった。きっと信頼しきってたんだね。出会った時はあんなに不信感でいっぱいだったのに。勝手だけど、ちょっと感慨深い気持ちになっちゃった」

そう言いながら、私は照れ隠しでニヒッと笑う。

セイも急な告白に水臭いといった様子で、頬をポリポリと掻いていた。

そっぽを向いているが、若干耳が赤くなっているのを私は見逃さなかった。

「あれ?セイ、なんか耳赤くない?」

「うるさい」

「これがいわゆる、ギャップ萌えというやっ」

「なんか言った⁉」

「すみませんっ!」
私は背筋をピシッと伸ばし、反射的に返事をした。

そして笑いを堪えながら、形だけカメラを手にし、意味も無く過去に撮った写真を次々と捲った。

一周回って先程保存されたセイの写真に戻った時、あるモノに目が留まった。

「ねぇ、セイ?」

「ん?」

「セイが身に付けてるネックレス、ずっと昔から付けてるの?」

出会った時から、セイは革紐タイプのネックレスを身に付けていた。

意外と長く、胸元まである。

革紐の弛んだ先には、一つの指輪がぶら下がっていた。

ちょっと太めで、雪の結晶の模様が薄く刻まれている。
クールで、スタイリッシュなデザインだった。

セイに良く似合っている。

「え、あぁ、これか。うん、プレゼントして貰ってからずっと身に付けてる。本当はこのリングがプレゼントだったんだけど、それだと学校に付けて行けないから。だから紐を通してネックレスにしたの」

指輪をつまんでクルクル回しながら、セイは懐かしそうに眺めている。

「じゃあ結構お気に入りなんだ」

「そうだね」
とセイは思いを馳せるように言った。

そんな様子を私はバレない程度にニヤケながら眺めていた。

「何?」
セイは、やや怪訝そうな表情で言う。
すぐにバレた。

「いや、誰からのプレゼントなのかなー、って」

私はすました顔でそっぽを向いたつもりだったが、口元の緩みは隠せなかったようだ。

横目でセイの様子を伺うと、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「サエ、なんか変な妄想でもしてるでしょ?」

「へっ?」
間の抜けた相槌が変に響く。

セイは、「はぁー」とため息をつきながらこう言った。

「私、彼氏なんて居たことないし。ていうか、恋愛とかマジ興味ない」

セイは、バッサリと言い切った。

「何で分かったの⁉てか、違ったのか……」

私はタコのように口を尖らせ、予想が外れたことにむくれた。

「考えてることバレバレだよ」

セイは声に出して笑う。
そんな様子に釣られて、私もお腹を抱えて笑った。

そして「もうこの話は終わり!」と言わんばかりに、
セイは本棚にある漫画に手を伸ばしクッションへ横たわった。

少し意地悪をしてしまったが、きっと大切な人からの贈り物なのだろう。

こんなにも、セイにピッタリなデザインなのだ。

セイのことをよく知る人物が選んだに違いない。

十七年しか生きていないセイ。

私は少し、セイの過去が気になった。

しかし、あまり詮索するのも良くない気がした。

セイが自分から話し始めるまで、興味本位で聞くのは止めた。

「私は何か、セイにしてあげられることがあるのだろうか」頭の中でそんなことを考えていると、セイが漫画から顔を上げて声をかけてきた。

「どうしたのー?」

私は、ハッと我に返る。
思った以上に考え込んでしまっていたようだ。

「ごめん!今日の晩御飯、何にしようか考えてた!」

取り繕うように笑い、慌てて返事をする。

セイは「なーんだ」といった様子で、再び漫画に集中し始めた。

私は一旦冷や汗を拭う。

そして、色んな雑念を振り払うかのように勢いよくセイの横に転がり込んだ。

「私も漫画よーもおっと!ちょっと隣寄って!」

「えー!晩御飯の準備するんじゃないの?」

「献立考えてただけよ。作るのはもうちょっと後!」

「まぁ良いけど。クッションは私が使うから!」

「しょうがないなぁ」
そう言いながらも、内心一人っ子だった私にとっては、妹が出来たみたいで嬉しかった。