ある時、私は嫌な夢を見た。

「せっかく育ててやったのに、何も稼いできやしない。ワシらは、お前に投資したんだ。大人になってみりゃ、こんなに使い物にならんとはな!とんだ貧乏くじを引いたもんだ!」

誰かも分からぬ男が、呆れるように言い放つ。

顔は暗くて、全く見えない。

私はバッと目を開け飛び起きた。

暫く無言で一点を見つめる。
パジャマは汗でじっとりと濡れていた。
呼吸も脈も速い気がする。
肩で息をしているのが分かった。

架空の人物が発した言葉が、脳内で何度も再生される。

「怖い」「ごめんなさい」「怒らないで」
そんな言葉がブワッと湧き出てくる。

私はパジャマの襟元をグシャッと掴み、静かに息を整えた。

「お水飲んでこよ」

私は気分を紛らわすために、台所へ向かった。

コップ一杯に水をつぐ。

一口飲んで息を吐く。

再度布団に戻るが、中々寝付けなかった。

私はこの時、自分が醜い怪物にでもなったかのように感じていた。

働ける年齢で、身体も丈夫。

そんな自分が何故働けない。

財産をただ食い散らかすだけの、おぞましい存在。

それが、今の私。

心から、はち切れんばかりの罪悪感は、これ以上自分が生きることを、誰も望んでいないような感覚に陥れた。

私は布団の中で背中を丸め、人知れず涙を流した。

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翌朝私はセイにぼやいた。

「自分はやっぱり、生きている価値なんて無いんだよ。生きているだけでお金が掛かる。『働かざる者、食うべからず』って言うじゃない。もう、私がどうなろうと誰も困らないよ」

そう投げやりに言う様子を見て、セイはこう言った。

「じゃぁお金が無くなったら、その時考えれば?まだあるんでしょ?」

「そりゃ、親の財産もあるし。まだあるけど」

「サエ、思い出して。『今』を考えるんだよ。まだ、お金はある。電気もついてるし、お湯だって出る。それでも今ここで自分を終わらせるの?」

私は黙り込んだ。
上手く返事が出来ないでいると、後ろから何かが急に飛んできた。

「痛っ!え⁉」

何かと思えば、私の背後に一本のヘアゴムが落ちていた。

セイが指鉄砲の要領で、私の背中に飛ばしたようだ。

「今、痛いって思ったでしょ」

「そりゃーね!」

「サエの身体が、痛みを感じたんだよ。こうやって、物理的な攻撃だと分かりやすいけど、心の傷は分かりにくい。痕も残らないから、治ったと勘違いもしやすい。サエは今、折れた心をきちんとケアしている途中なんだよ。骨折と一緒!治ってないのに、働けないのは当然じゃない!」
セイはニカッと笑う。

私は、泣きそうになりながらコクンと頷いた。

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この時「世間一般」「年相応」「普通は」といった言葉が、自分を苦しめるようになっていた。

今の状況が普通でないことは、自分が一番分かっていた。

「働かなければと焦る気持ち」と「再び心が壊れる恐怖」とが自分の中で暫く葛藤していた。

そんな時セイは言った。

「葛藤って、裁判の現場に似てるよね。対極な気持ちが、主張し合うんだもん。でも、私達の心の中に判決を下してくれる人はいない。困るよねー。でも抱えてる葛藤って表に出せば、誰かが客観的にみてくれるんだよ。そうしたらきっと楽になる。いつでも私がそのオーディエンスになってあげるよ」

涙が出る程、心強かった。

こうした一進一退の日々が続く中で、セイはひたすら同じ時間を過ごしてくれた。

この時私の中では既に、セイは家族のような存在になっていた。

どうしてここまでしてくれるのだろう……。