小学生の頃から、由紀は人一倍身長が低かった。
それでも「男子は中学生で伸びる」という話を聞いて、昔は希望を持っていた。しかし蓋を開けてみれば、身長の伸びは中学2年の時に155センチで打ち止めになる。長い前髪と天然パーマも相まって、中学生の頃は学年問わず女子達に「かわいい」と噂され、半ばおもちゃにされていた。
それが原因で女子が苦手になり、高校は男子校に入学を決意。
だが結果としてそれは失敗だった。男子校に来たことで周りとの身長差が大きくなり、自分の声が他人に届かなくなってしまったのだ。特に陽キャと高身長の人間相手の時は、どれだけ声をかけても認識さえしてもらえない。そうして由紀の存在感は、高校1年の1学期にしてクラスから消えてしまった。
だから由紀は、現実を諦めてゲームに逃げた。
同じゲームで遊ぶゲー友たちとのオンライン通話は、身長差なんて関係ない。マイクを調整すれば声も届くし、無視されることも滅多になかった。
故に元々ゲーム好きだった由紀は、高校に入ってさらにゲームへのめり込んだ。特にセピスカはスマホでいつでもできるので、暇があれば立ち上げている。ソロプレイでも、クラスメイトに相手にされない時間をまぎらわせるにはちょうどよかった。
そんな由紀にとって拓海と普通に会話できたことは、まさに青天の霹靂だった。
「拓海くん、かぁ……」
風呂と夕食を済ませた後、由紀は自分の部屋のベッドに横たわり、ぼんやり学校でのことを思い出していた。いつもはゲー友たちと何かしらゲームをしている時間だが、今日はみんな都合が悪いらしい。
「僕と話そうとしてくれる人なんて珍しいよ」
他の人なら会話をする姿勢さえ取ってくれないのに、彼は自ら近づいてきてくれたのが不思議だった。
拓海のことを思い出すとなんだかじっとしていられずに、スマホでセピスカを立ち上げる。ごろごろベッドを転がりながら、雑魚モンスターを倒していると、ゲーム内の個人チャットに通知がきた。
差出人は「タクミ」。メッセージを開くと「暇?」というスタンプが表示されていた。
由紀の胸がとくりと鳴った。
きっとフレンドのログイン情報を見て、由紀がゲームをプレイしていることを知ったのだろう。インしている知り合いにためらいなくメッセージを送るとは、さすがは陽キャだ。
由紀は数分返答に迷った末に、「暇だー!」と書かれたスタンプを返した。忙しいわけでもないのに断るのも忍びないし、無視をするのはもってのほかだ。
『暇ならマルチやらない?』
すぐさま拓海から、今度はメッセージが送られてくる。なので今度は由紀も文章で返事した。
『いいよ。何する?』
『俺は今始めたばっかだから。そっちに合わせるよ』
『それじゃ、フィールドで素材集めね』
返事を打った後、拓海とのマルチプレイに切り替える。すぐに拓海の騎士キャラが画面上に現れた。拓海は再びチャットを送ってくる。
『合流。それで、何を集めるんだ?』
『とりあえずスライム狩りかな。そのついでにアイテムも拾いたい』
『オッケー』
チャットを終えた由紀は、拓海と共にスライムの狩り場を巡っていく。
だがその道中は、途中で寄り道したり、追いかけっこしたり、キャラにポーズを撮らせてみたりと、ゆるゆるとしたものだった。特に移動中、拓海のキャラが突然くるくる踊り始めた時には、不覚にも爆笑してしまった。
『笑うんだけど。なんでいきなりダンス?』
こらえきれず拓海にチャットを送ると、「いえ~い」とダンスを踊っているスタンプが送られてきた。
『マルチってこういうものだろ?』
『そうだっけ?』
由紀が知っているマルチプレイと言えば、ダンジョンを周回し、モンスターを狩りまくり、ただひたすら戦い続けるストイックなもの。今のように、のんびりゆるゆるポーズなんて取りながら進めていくのは初めてである。これが陽キャの遊び方なのだろうか。
『結構楽しいって。一緒にどう?』
『僕も?』
『そうそう。んで、ついでに写真も撮ろう』
つまり二人でキャラにポーズを取らせて、そこをスクショに納めようということらしい。
現実世界でも同級生とツーショットなんて撮ったことがないのに、ゲームの中で、しかもクラスの人気者と一緒に撮るのはおかしな話だ。けれど断って変な空気になるのも嫌だったので、由紀は内心複雑ながらも拓海の提案を受け入れる。
『ポーズはどうする? バク転とか?』
拓海が提案してきたポーズに、再び笑ってしまった。ダンスといいバク転といい、彼はダイナミックな動きが好きらしい。まるでゲームにはまりたての子供みたいだ。
『合わせるの難しいよ。無難にピースでいこう』
『確かに。んじゃそれで』
拓海は自分のキャラを由紀のキャラの隣に並ばせ、ピースをさせる。由紀もキャラにピースをさせて、すかさずゲーム内の機能でスクリーンショットを撮った。
保存場所に確認へ行くと、魔女と騎士が寄り添い合ってピースしている写真が追加されていた。
『どう、撮れた?』
『うん。いい感じ』
拓海のチャットに返してから、由紀は再びスクショを眺める。
ゲー友とのんびり遊ぶのも、こんな風に撮影するのも、全てが由紀には初めてだった。しかもあまり戦闘していないのに、なぜだか不思議と退屈しない。その理由を考えていると、チャットの通知が鳴った。
『ね、結構楽しいでしょ』
拓海からのメッセージに、由紀は目を瞬かせた。
数十秒ほど考えた後、返事の言葉を打ち込んでいく。
『そうだね』
陽キャのことは嫌いだが、陽キャの遊び方自体は悪くないかもしれない。
スクショの向こうで楽しげに笑う2キャラの姿に、由紀は自然と笑みをこぼした。
それでも「男子は中学生で伸びる」という話を聞いて、昔は希望を持っていた。しかし蓋を開けてみれば、身長の伸びは中学2年の時に155センチで打ち止めになる。長い前髪と天然パーマも相まって、中学生の頃は学年問わず女子達に「かわいい」と噂され、半ばおもちゃにされていた。
それが原因で女子が苦手になり、高校は男子校に入学を決意。
だが結果としてそれは失敗だった。男子校に来たことで周りとの身長差が大きくなり、自分の声が他人に届かなくなってしまったのだ。特に陽キャと高身長の人間相手の時は、どれだけ声をかけても認識さえしてもらえない。そうして由紀の存在感は、高校1年の1学期にしてクラスから消えてしまった。
だから由紀は、現実を諦めてゲームに逃げた。
同じゲームで遊ぶゲー友たちとのオンライン通話は、身長差なんて関係ない。マイクを調整すれば声も届くし、無視されることも滅多になかった。
故に元々ゲーム好きだった由紀は、高校に入ってさらにゲームへのめり込んだ。特にセピスカはスマホでいつでもできるので、暇があれば立ち上げている。ソロプレイでも、クラスメイトに相手にされない時間をまぎらわせるにはちょうどよかった。
そんな由紀にとって拓海と普通に会話できたことは、まさに青天の霹靂だった。
「拓海くん、かぁ……」
風呂と夕食を済ませた後、由紀は自分の部屋のベッドに横たわり、ぼんやり学校でのことを思い出していた。いつもはゲー友たちと何かしらゲームをしている時間だが、今日はみんな都合が悪いらしい。
「僕と話そうとしてくれる人なんて珍しいよ」
他の人なら会話をする姿勢さえ取ってくれないのに、彼は自ら近づいてきてくれたのが不思議だった。
拓海のことを思い出すとなんだかじっとしていられずに、スマホでセピスカを立ち上げる。ごろごろベッドを転がりながら、雑魚モンスターを倒していると、ゲーム内の個人チャットに通知がきた。
差出人は「タクミ」。メッセージを開くと「暇?」というスタンプが表示されていた。
由紀の胸がとくりと鳴った。
きっとフレンドのログイン情報を見て、由紀がゲームをプレイしていることを知ったのだろう。インしている知り合いにためらいなくメッセージを送るとは、さすがは陽キャだ。
由紀は数分返答に迷った末に、「暇だー!」と書かれたスタンプを返した。忙しいわけでもないのに断るのも忍びないし、無視をするのはもってのほかだ。
『暇ならマルチやらない?』
すぐさま拓海から、今度はメッセージが送られてくる。なので今度は由紀も文章で返事した。
『いいよ。何する?』
『俺は今始めたばっかだから。そっちに合わせるよ』
『それじゃ、フィールドで素材集めね』
返事を打った後、拓海とのマルチプレイに切り替える。すぐに拓海の騎士キャラが画面上に現れた。拓海は再びチャットを送ってくる。
『合流。それで、何を集めるんだ?』
『とりあえずスライム狩りかな。そのついでにアイテムも拾いたい』
『オッケー』
チャットを終えた由紀は、拓海と共にスライムの狩り場を巡っていく。
だがその道中は、途中で寄り道したり、追いかけっこしたり、キャラにポーズを撮らせてみたりと、ゆるゆるとしたものだった。特に移動中、拓海のキャラが突然くるくる踊り始めた時には、不覚にも爆笑してしまった。
『笑うんだけど。なんでいきなりダンス?』
こらえきれず拓海にチャットを送ると、「いえ~い」とダンスを踊っているスタンプが送られてきた。
『マルチってこういうものだろ?』
『そうだっけ?』
由紀が知っているマルチプレイと言えば、ダンジョンを周回し、モンスターを狩りまくり、ただひたすら戦い続けるストイックなもの。今のように、のんびりゆるゆるポーズなんて取りながら進めていくのは初めてである。これが陽キャの遊び方なのだろうか。
『結構楽しいって。一緒にどう?』
『僕も?』
『そうそう。んで、ついでに写真も撮ろう』
つまり二人でキャラにポーズを取らせて、そこをスクショに納めようということらしい。
現実世界でも同級生とツーショットなんて撮ったことがないのに、ゲームの中で、しかもクラスの人気者と一緒に撮るのはおかしな話だ。けれど断って変な空気になるのも嫌だったので、由紀は内心複雑ながらも拓海の提案を受け入れる。
『ポーズはどうする? バク転とか?』
拓海が提案してきたポーズに、再び笑ってしまった。ダンスといいバク転といい、彼はダイナミックな動きが好きらしい。まるでゲームにはまりたての子供みたいだ。
『合わせるの難しいよ。無難にピースでいこう』
『確かに。んじゃそれで』
拓海は自分のキャラを由紀のキャラの隣に並ばせ、ピースをさせる。由紀もキャラにピースをさせて、すかさずゲーム内の機能でスクリーンショットを撮った。
保存場所に確認へ行くと、魔女と騎士が寄り添い合ってピースしている写真が追加されていた。
『どう、撮れた?』
『うん。いい感じ』
拓海のチャットに返してから、由紀は再びスクショを眺める。
ゲー友とのんびり遊ぶのも、こんな風に撮影するのも、全てが由紀には初めてだった。しかもあまり戦闘していないのに、なぜだか不思議と退屈しない。その理由を考えていると、チャットの通知が鳴った。
『ね、結構楽しいでしょ』
拓海からのメッセージに、由紀は目を瞬かせた。
数十秒ほど考えた後、返事の言葉を打ち込んでいく。
『そうだね』
陽キャのことは嫌いだが、陽キャの遊び方自体は悪くないかもしれない。
スクショの向こうで楽しげに笑う2キャラの姿に、由紀は自然と笑みをこぼした。