「僕たちは選択の自由を持つ意思のある生き物をして生を受けた。その権利を他人に侵されないために、抑えつけようとする存在に抗議をしなくてはならない。けれど僕たちの中にもその存在を受け入れ、服従することをよしとする者もいる。その対立によって、僕らは大きな戦争をしたんだ。結果として、負けた僕たちは天を追放され、地に堕ちた」
「それって……」

黄昏さんは頷いた。

「人間は僕たちのことを、堕天使か悪魔と呼ぶだろうね」
「黄昏さんが……」
「弁明するなら、僕らは決して高慢や嫉妬により堕落したんじゃない。自分の権利のために戦ったんだ。でも、これが事実。驚いた?」

どこか自嘲気味な口振り。きっとそれを打ち明けたことが原因で傷ついた過去があるためだろう。
透明な壁一枚を隔てたような感覚があったのは、このためか。
慎重に言葉を選びながら、ミエは言った。

「確かに、驚きました。でも、今の黄昏さんが自分のことを偽って、本当はもっと悪い人なのに、いい人のふりをしているわけじゃないでしょう?」
「それは、そうだよ。悪魔だからってみんながみんな性格が悪いわけじゃないから」
「なら、黄昏さんを嫌いになる理由にはなりません」
「僕が怖くないの?」
「怖くありません」

しばし黄昏さんは黙った。それでも頷いてくれないのは、やはりミエのことが好きになれないからだろうか。ミエはその答えを知りたいような気もしたし、何も聞きたくない気もした。
はあ、とため息をつき、黄昏さんは立てた膝の間に顔をうずめた。

「……だめ、でしょうか」
「保留」
「え?」

黄昏さんは顔を上げた。

「ひとまず保留。ミエさんの気持ちを否定するつもりはない。でもやっぱり、あなたは人間の女の子なんだ。人間の女の子は、僕みたいな存在とは一緒にいちゃいけない。僕自身があなたを拒絶する原因がその偏見のためだけだとしたら、僕にも考える時間が欲しい。だから保留にさせて」
「それって……」
「それに僕としても、ミエさんには店にいてほしいからね」
「え、ええ?お店のため、ですか?」

がっくりとミエは項垂れる。けれど、傍にいていいのだ。考える時間が欲しいということは、少なからず自分の努力次第で報われるかもしれないということでは。

「期待、していいんですか?」

おずおずと訊ねると、黄昏さんは膝の上で頬杖をついて目をそらした。

「黄昏さん、答えてください」

あまりにもこちらを見ないものだから、ミエはさらに詰め寄った。今日何度も距離感に悩まされたのだから、これくらいいじゃないかと思いつつ。

「黄昏さんってば」
「……もう」

頬杖をついたまま、少し視線をミエに傾ける。

「いいよ」

えっ、とミエは目を丸くした。ふい、と黄昏さんはまた顔をそらしてしまった。ミエは慌ててその腕に触れる。

「ちょ、もう一回言って」
「二度は言わないよ」
「そんな。あと一回だけ」
「だめ」

何度頼んでも、黄昏さんは視線をそらしたまま何も言ってくれなかった。見える耳朶に仄かな色味が感じられる。ミエはそれだけで、もう喜びでいっぱいだった。
この人が堕天使でも悪魔でも、そんなことは関係ない。黄昏さん自身が優しくあり続けてくれるのなら。
ミエは訪れる喜びを噛みしめつつ、黄昏さんの隣に並んで澄んだ心でもう一度星を見上げた。



*出てくる本
『赤い沼 高階良子傑作選5』作:高階良子 講談社 1999年8月発行
『ぼくにげちゃうよ』作:マーガレット・ワイズ・ブラウン 絵:クレメント・ハード 訳:岩田みみ ほるぷ出版 1977年10月
『ねえだっこして』作:竹下文子 絵:田中清代 金の星社 2004年5月
「きかんぼのちいちゃいいもうと」シリーズ 作:ドロシー・エドワーズ 訳:渡辺茂男 福音館書店