大きくて深めのプレートで固めたスコップケーキ風の桃のゼリー。文字通りすくって食べる。そのほかにも桃のチーズケーキやシャーベットを作った。ちなみに桃はそれでも残っている。双子は嬉々として食べ進め、こちらがとめるまで永遠に食べ続けていた。
イダテンはへろへろの体に鞭を打って双子の盛大な食欲に歯止めをかけるのに精いっぱい。面倒見がいいために、気になるのだろう。そういえば、キツネを助けて捕まったのだってそれが原因かもしれない。
それでも徐々に大人しくなって、双子はついにそこで眠りに落ちた。
「ふう、手間をかけさせてくれる」
イダテンは額の汗を拭く仕草をした。その手前に、ミエはゼリーをことんと置く。
「お疲れ様です。残しておいたので、どうぞ」
「ああ、ありがたい。ミエは優しいなあ。あいつとは大違いだ」
あいつ、とは黄昏さんのことだろう。ミエは苦笑を零して、店の中を見回した。
「あれ?いない」
黄昏さんがどこにもいない。おかしい。さっきまでいたはず。きょろきょろと見回すと、イダテンがスプーンをくわえたまま天井を指さした。
「屋根の上だろう」
「いつの間に……」
「ああしてたまに星を見てるのさ」
探しに行こうとミエが動く。
「待て、俺も行こう」
―――いいんだけどなあ。
とは正直に言えないので、曖昧な笑みを浮かべるに留める。それで察してくれるとありがたいのだが、全く気つく様子がない。
同伴するマスコットだと思えばなんとか……。
「黄昏時に星を見る黄昏、か」
いや、無理がある。ちょっと喧しすぎる。
ミエはきっぱりお断りしようと振り返った。
「つまんなーい」
「おもしろくなーい」
「何だと⁉」
いつの間にか目を覚ましていた双子が口々にイダテンをなじる。しきりに眠たい目を擦っている。少しばかりわざとらしく見えるのは、気のせいだろうか。
「ああもう、お前たち。寝るならちゃんと布団で寝ろ。一人ずつ運んでやるから。悪いな、ミエ。そういうことだから、一人で行ってくれ。屋根裏につながる階段から、外に出られるから」
「はい。ありがとうございます」
最後のありがとうは、半分は双子に対して。なんというか、聡い子どもたちだ。
言われた通り屋根裏に上がって天井の扉を開くと、外の空気に当たった。
「ミエさん」
すぐ傍に、黄昏さんが座っていた。手を差し出して、ミエを引っ張り上げてくれる。控えめに、ミエは隣に腰を下ろした。
「今日はお疲れ様」
月明かりに照らされた微笑みは、いつもより余計に優しげに見える。
「黄昏さんこそ、お疲れ様です。あの親子、仲直りできて本当によかった」
「ミエさんのおかげだよ」
「私なんて別に。お菓子作ってただけですし」
「それが大事なんだよ」
静寂が訪れる。何を話したらいいのか、いざ意気込んできたものの、さっぱり頭に浮かんでこない。手持無沙汰に両膝を抱えて空を見る。明日も快晴の兆しか、満天の星空が眩しいほど。それが余計に静けさを意識させる。
先に沈黙を破ったのは、黄昏さんだった。
「僕たちも仲直りしようか」
「え?」
目を丸くして、ミエが訊き返す。
「いや、喧嘩してたわけじゃないから仲直りとはちょっと違うね」
「黄昏さん……?」
いつもとは違う躊躇いを含んだ声色。ミエは急に緊張しだした。
「ミエさんは本当によく頑張ってるよ。最初は普通じゃないことをあんなに怖がっていたのに。でもやっぱりミエさんは普通の女の子として、自分のことを大切にしたほうがいいと思う」
「どういう意味、ですか?」
「僕のことが好きになりかけているでしょう?」
包み隠さずにまっすぐ問われ、ミエは固まった。やはりばれていた。けれどそんな、はっきり訊いてこなくても。どうしようかと、答えられずにいると、黄昏さんはそれを回答と捉えた。
「僕はミエさんの言うところの、普通ではない。きっと傷つく。だからだめだよ」
「……だめなんて」
「ごめんね、こんな言い方して」
正直だからこそ、そんな言い方しかできない。もっと優しい言葉を選んであげられればいいのに、と思ってもどうしても曲げられないのだ。
「じゃあどうして、頼ってほしいなんて言うんですか?」
「それは、わからない」
「自分のことなのに、わからないんですか?」
黄昏さんは苦笑を零した。
「随分辛辣だなあ」
「だってそうじゃないですか。私のこと避けようとしたくせに、頼られたいなんて自分勝手。都合よすぎます」
せっかく自分の気持ちでちゃんと向き合おうと思っていたのに、自分が普通であることを逆手に取られてしまうなんて。
「嫌です」
「ミエさん」
「私が好きになれないなら、それでいいです。それを理由に納得します。でも、私が普通で、自分が普通じゃないからだめなんて理由になりません。そんなの私の心持ち次第じゃないですか」
「ミエさん、怒ってる?」
「怒ってません!」
大声で言い放つ。怒っていないなんて嘘。無性に腹が立つ。
はじめて見るミエの態度に、黄昏さんは扱い方を計りかねているようだ。
「私普通を捨てたんです。自分自身でちゃんと考えたいから、周りの普通に振り回されるのはもうしないって決めたんです。それなのに、否定するんですか?」
「否定するつもりなんてない。ミエさん、言っている意味がわかってる?僕は見た通りでしかないんだよ」
「黄昏さんが見た通りの人なら、私はやっぱり間違ってません」
「たとえ僕が男じゃなくて、人ではなくても?」
「黄昏さん自身であれば、それでいいんです」
「それは詭弁じゃなく?」
「そう言うのなら、本当の黄昏さんを見せてください」
いよいよ黄昏さんは困惑したように視線をそらした。じっとミエが見つめるので、観念したようにため息をつく。
「かつて大きな戦いがあったのを知ってる?」
「その、抽象的すぎてわかりません」
「ああ、ごめんね。……ある種族が自身の自由の尊厳をかけて二極に分かれて大きな戦争をしたんだ」
「どこで?」
黄昏さんは黙って人差し指を立てる。
「……空?」
「正確には、天、だね」
「天?」
イダテンはへろへろの体に鞭を打って双子の盛大な食欲に歯止めをかけるのに精いっぱい。面倒見がいいために、気になるのだろう。そういえば、キツネを助けて捕まったのだってそれが原因かもしれない。
それでも徐々に大人しくなって、双子はついにそこで眠りに落ちた。
「ふう、手間をかけさせてくれる」
イダテンは額の汗を拭く仕草をした。その手前に、ミエはゼリーをことんと置く。
「お疲れ様です。残しておいたので、どうぞ」
「ああ、ありがたい。ミエは優しいなあ。あいつとは大違いだ」
あいつ、とは黄昏さんのことだろう。ミエは苦笑を零して、店の中を見回した。
「あれ?いない」
黄昏さんがどこにもいない。おかしい。さっきまでいたはず。きょろきょろと見回すと、イダテンがスプーンをくわえたまま天井を指さした。
「屋根の上だろう」
「いつの間に……」
「ああしてたまに星を見てるのさ」
探しに行こうとミエが動く。
「待て、俺も行こう」
―――いいんだけどなあ。
とは正直に言えないので、曖昧な笑みを浮かべるに留める。それで察してくれるとありがたいのだが、全く気つく様子がない。
同伴するマスコットだと思えばなんとか……。
「黄昏時に星を見る黄昏、か」
いや、無理がある。ちょっと喧しすぎる。
ミエはきっぱりお断りしようと振り返った。
「つまんなーい」
「おもしろくなーい」
「何だと⁉」
いつの間にか目を覚ましていた双子が口々にイダテンをなじる。しきりに眠たい目を擦っている。少しばかりわざとらしく見えるのは、気のせいだろうか。
「ああもう、お前たち。寝るならちゃんと布団で寝ろ。一人ずつ運んでやるから。悪いな、ミエ。そういうことだから、一人で行ってくれ。屋根裏につながる階段から、外に出られるから」
「はい。ありがとうございます」
最後のありがとうは、半分は双子に対して。なんというか、聡い子どもたちだ。
言われた通り屋根裏に上がって天井の扉を開くと、外の空気に当たった。
「ミエさん」
すぐ傍に、黄昏さんが座っていた。手を差し出して、ミエを引っ張り上げてくれる。控えめに、ミエは隣に腰を下ろした。
「今日はお疲れ様」
月明かりに照らされた微笑みは、いつもより余計に優しげに見える。
「黄昏さんこそ、お疲れ様です。あの親子、仲直りできて本当によかった」
「ミエさんのおかげだよ」
「私なんて別に。お菓子作ってただけですし」
「それが大事なんだよ」
静寂が訪れる。何を話したらいいのか、いざ意気込んできたものの、さっぱり頭に浮かんでこない。手持無沙汰に両膝を抱えて空を見る。明日も快晴の兆しか、満天の星空が眩しいほど。それが余計に静けさを意識させる。
先に沈黙を破ったのは、黄昏さんだった。
「僕たちも仲直りしようか」
「え?」
目を丸くして、ミエが訊き返す。
「いや、喧嘩してたわけじゃないから仲直りとはちょっと違うね」
「黄昏さん……?」
いつもとは違う躊躇いを含んだ声色。ミエは急に緊張しだした。
「ミエさんは本当によく頑張ってるよ。最初は普通じゃないことをあんなに怖がっていたのに。でもやっぱりミエさんは普通の女の子として、自分のことを大切にしたほうがいいと思う」
「どういう意味、ですか?」
「僕のことが好きになりかけているでしょう?」
包み隠さずにまっすぐ問われ、ミエは固まった。やはりばれていた。けれどそんな、はっきり訊いてこなくても。どうしようかと、答えられずにいると、黄昏さんはそれを回答と捉えた。
「僕はミエさんの言うところの、普通ではない。きっと傷つく。だからだめだよ」
「……だめなんて」
「ごめんね、こんな言い方して」
正直だからこそ、そんな言い方しかできない。もっと優しい言葉を選んであげられればいいのに、と思ってもどうしても曲げられないのだ。
「じゃあどうして、頼ってほしいなんて言うんですか?」
「それは、わからない」
「自分のことなのに、わからないんですか?」
黄昏さんは苦笑を零した。
「随分辛辣だなあ」
「だってそうじゃないですか。私のこと避けようとしたくせに、頼られたいなんて自分勝手。都合よすぎます」
せっかく自分の気持ちでちゃんと向き合おうと思っていたのに、自分が普通であることを逆手に取られてしまうなんて。
「嫌です」
「ミエさん」
「私が好きになれないなら、それでいいです。それを理由に納得します。でも、私が普通で、自分が普通じゃないからだめなんて理由になりません。そんなの私の心持ち次第じゃないですか」
「ミエさん、怒ってる?」
「怒ってません!」
大声で言い放つ。怒っていないなんて嘘。無性に腹が立つ。
はじめて見るミエの態度に、黄昏さんは扱い方を計りかねているようだ。
「私普通を捨てたんです。自分自身でちゃんと考えたいから、周りの普通に振り回されるのはもうしないって決めたんです。それなのに、否定するんですか?」
「否定するつもりなんてない。ミエさん、言っている意味がわかってる?僕は見た通りでしかないんだよ」
「黄昏さんが見た通りの人なら、私はやっぱり間違ってません」
「たとえ僕が男じゃなくて、人ではなくても?」
「黄昏さん自身であれば、それでいいんです」
「それは詭弁じゃなく?」
「そう言うのなら、本当の黄昏さんを見せてください」
いよいよ黄昏さんは困惑したように視線をそらした。じっとミエが見つめるので、観念したようにため息をつく。
「かつて大きな戦いがあったのを知ってる?」
「その、抽象的すぎてわかりません」
「ああ、ごめんね。……ある種族が自身の自由の尊厳をかけて二極に分かれて大きな戦争をしたんだ」
「どこで?」
黄昏さんは黙って人差し指を立てる。
「……空?」
「正確には、天、だね」
「天?」