ガラス製のカップが棚にあった気がする。プリンカップではないが、代用はできるはず。あとは卵、牛乳、砂糖。材料はこれだけでいい。双子に持ってきてもらったもので足りる。

まずは、カップの底に砂糖と水を火にかけて焦がしたカラメルを入れる。透明な砂糖水が一定の温度と時間を超えると急に黄金色に変わる瞬間、カウンター越しで双子は「わあ」と声を上げた。椅子の上に膝立ちになって覗き込んでいる。

次にプリン液。材料を混ぜてから茶こしでカップに流し入れる。気泡やあらをなるべくなくすためのひと手間なのだ。
固めるには加熱が必要。オーブンでもいいが、自分の慣れ親しんだものではないと失敗してしまいそう。プリン液は実は繊細なので、ちょっとでも時間配分や温度が異なると全く固まらない。

鍋に容器を並べ、半分の高さまで水を注ぐ。蒸し焼きにするのだ。てっぺんから中の様子が見えるし、火の調節もしやすい。湯気から微かに漂う甘いにおいが店内を包み込む。その間も、双子は口々に「まだ?」「まだ?」とミエに訊ねる。
何度目かの「まだ?」を聞いたミエは、ようやく火を止めて蓋を開けた。

「もういい?」

早くも手を伸ばしてきた二人。ミエはちょっと笑って首を横に振る。

「まだ。粗熱を取ってから」
「いつ取れるの?」
「うーん。二、三十分は冷蔵庫に入れておかないと」
「ながあい。今はだめなの?」
「やけどしちゃうよ」
「ふうーん」

ぷん、と頬を膨らませる。
やっぱり簡単ですぐに食べられるホットケーキにすればよかったかな、と苦笑を零す。待ちきれないと騒ぐかと思ったが、双子は意外にも大人しく椅子に座り直した。じっと待つつもりらしい。

「絵本読んで待っていたら、あっという間だよ」

ミエが言うと、双子は座ったばかりの椅子から立ち上がり、備え付けの本棚を物色し始めた。並んだ背表紙から、抜き取っては戻し、抜き取っては戻し。たまに中を覗くが、これじゃないと首を傾げてまた戻す。そのうち時間になるんじゃ、と眺めているとようやく一冊が決まったようで、それをミエに見せた。

「『ねむいねむいねずみ』?」
「好きだねえ、それ」

黄昏さんが横から口を挟んだ。
とろんとした目つきの灰色ネズミが赤い風呂敷を背負いながら夜を歩いているイラストが表紙。ミエにははじめましての本だったが、愛嬌のあるタッチには見覚えがある。

「『やっぱりおおかみ』と同じ作者だよ」
「あっ、やっぱり?」
「読んで」

双子がせがんだ相手はミエではなく黄昏さんだった。
好きだね、と呆れ半分だったのだから、相当読み聞かせているはず。けれど黄昏さんは嫌な顔一つせず受け取ると、双子を自分のほうに招き寄せて本を開いた。
低く優しい声だった。抑揚はあまりなく、せりふに感情はあまりこもっていない。にもかかわらず、穏やかで凪いだ気分になる。双子に読み聞かせているのだが、ミエも思わず聞きほれてしまった。

―――冷たい人。

確かにミエはそう感じた。けれど、こんなにも優しい声の人を、どうして嫌えるだろうか。

―――何か理由があって、ああいうことを言ったのかもしれない。

その理由はわからない。ただ無感動にはねのけるはずがないことは、今ではほぼ感覚的にではあるがわかるのだけれど。
同じ絵本を二周読み終えたころ、約束の時間が過ぎた。
冷蔵庫の中からプリンを取り出し、双子の前にそっと見せた。その瞬間、ねむいねむいねずみのような目つきがぱっと開いた。

「プリン!」

二人は同時に叫ぶ。

「食べていいの?」
「柔らかいから、スプーンから落とさないようにね」

そう言い終わる前に、二人はスプーンいっぱいにプリンをすくっていた。しばしふるふるさせてから、慎重に口に運ぶ。そして目を見開き、うっとりと閉じた。

「おいしーい……」

まるでとてつもなくおいしいお菓子を食べたかのような表情。素朴なプリンだが、こうも喜ばれるとミエは嬉しさ半分恥ずかしさ半分になる。
あっという間に二人はプリンを空にした。もうなくなった空っぽの容器を見つめ、寂しそうに項垂れる。

「まだあるから、そんなにしょげないで」

冷蔵庫からまた二つ取り出すと、双子は同じように目を輝かせた。
結局二人は三つずつ平らげ、一つをお土産に持って帰った。丸窓の外はもう夜。夜道に子ども二人で大丈夫かとミエは心配したが、双子は大丈夫と頷くとぱたぱたと小走りで来た道を辿っていった。家の周囲に外灯はなく、一寸先はもう暗闇。双子はその闇の中に溶けて消えた。
見えなくなるまで見送り、ミエも帰る支度を整える。

「送るよ、ミエさん」

黄昏さんは言った。が、ミエは笑みを浮かべて首を横に振る。

「大丈夫です。一人で帰れますから」
「夜道で一人は危ないよ」
「私を送ったら帰りは黄昏さんが一人じゃないですか」
「僕こそ大丈夫。ミエさんが変な奴に遭遇したら大変じゃないか」
「こんな暗い森の中、変な人も気味悪がって入りませんって」

そうじゃなくて、と黄昏さんは言いかけた。あまり重く捉えていないミエには何を言っても無駄な気がして、これ以上引き留めるのをやめた。ミエはそれに気がつかなかった。

「危ないと思ったら、すぐ逃げるんだよ」
「わかってます。じゃあ」

まだ引き止める口実を探ろうと黄昏さんはミエを窺うが、ミエはもう帰り道を歩きだしていた。その背中を見送り、黄昏さんは小さくため息を吐いた。