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授業を終え、寮に帰る前にふりかけを買いに行こうと校門を出たときだった。
「サクちゃん」
女の人の声で呼ばれ振り向くと、校門のそばで、けいこ姉さんが立っていた。
「けいちゃん」
ぼくはびっくりて駆け寄った。
「元気?」
「うん」
「一週間でしょ。大丈夫かなって思って」
久しぶりに会うけいちゃんは、いつも通りちゃんとした格好をしていた。これから宝塚を観劇しにいっても大丈夫、みたいな気合いの入り方をしていた。なんというか、育ちのいい人なのだ。
「どこかで話、できない?」
けいちゃんはあたりを見まわした。
「このへんはあんまり」
学校以外はのきなみ住宅で、店となると駅のほうに行くしかない。続々と帰り道を歩く生徒たちにじろじろ見られるのも嫌だなあ、とぼくは思った。
女の人と一緒に歩いている姿なんて、男子校生には刺激が強すぎる。けいちゃんをねばっこい目で見られるのも嫌だった。
「父兄の方だろ、寮の応接室を使えばいい」
志村先輩がぼくたちに割りこんできた。
となりの稲葉さんがちょっと顔をしかめていた。
「ねえ、やっぱり戻ってもいいんじゃない?」
応接室に入るなり、けいちゃんは言った。
寮に通しているあいだ、みんな知らん振りをしていたけれど、確実に興味津々、けいちゃんがタイプか否か判断しようと横目でしっかりサーチしているのがわかった。
「だって、始まったばかりだし」
「べつに気を使わなくったっていいのよ。それにお父さんたちだって」
「うん、ほんとうにごめんね」
無理を言って、寮のある学校に入りたい、と言ったのだ。頑張れば家から通える距離だし、なんなら車で送り迎えくらいしてくれるだろう。
「汚いわね、埃っぽいし、それに」
言わなかったが、多分すえた男臭い匂い、と言いたかったのだろう。何度もけいちゃんはハンカチで鼻を拭った。
ぼくは応接室の窓を開けて換気した。
「ここで過ごして大学受験大丈夫なの?」
「絶対迷惑かけないし、現役で大丈夫。そもそもここ、偏差値もカリキュラムも悪くないって、知ってるでしょう」
「でも、やっぱり環境よくないかもしれない」
そのとき、応接室のドアが開いた。厳しい目つきをした三船先輩が、お盆にお茶を二つ載せている。
「おけいはん」
三船さんはお茶をぼくらの前に置いて、切り出した。ところでなんで、はん? 京都?
「は? 誰ですか、あなた」
けいちゃんはなんだこの男は、と目を細めた。けいちゃんの周りにいないタイプの男性なのだ。よく言えばワイルド、ぶっちゃけガサツなけだもの。
「あ、同室の三船先輩」
ぼくが代わって紹介した。
「あのさあ、理由とか知んないけど、男が決めたことに女がしゃしゃってくんなって」
三船さんが睨みをきかせていった。
「先輩」
ぼくは止めた。
「お言葉ですが」けいちゃんはおしとやか風だが、売られた喧嘩は買うタイプだ。「そう言う考え方って古いと思いますけど」
二人が睨み合っているあいだにいる自分。最悪。
「じゃあ言い方変えるわ。人が決めたことに人がしゃしゃんな。そもそもあんた家族だろ。一大決心したやつの気持ち、汲んで応援してやれよ。血ぃ繋がってんなら」
「サクちゃん、今日は帰るわ」
けいちゃんが立ち上がった。
「おい逃げんな」
三船先輩はあくまで戦えと煽ってくるが、けいちゃんは「失礼します」と去っていった。
「三船さん」
ぼくは三船さんの前に立ちはだかった。
「なんだよ」
ぼくは、言うべきか迷い、しかし、目の前の野獣になにをされてもいい、と覚悟を決めた。
「ガチでうざい」
ぼくが言い放つと、三船さんが止まった。
その場のすべてが凍りつき、二人とも、動けなくなった。
授業を終え、寮に帰る前にふりかけを買いに行こうと校門を出たときだった。
「サクちゃん」
女の人の声で呼ばれ振り向くと、校門のそばで、けいこ姉さんが立っていた。
「けいちゃん」
ぼくはびっくりて駆け寄った。
「元気?」
「うん」
「一週間でしょ。大丈夫かなって思って」
久しぶりに会うけいちゃんは、いつも通りちゃんとした格好をしていた。これから宝塚を観劇しにいっても大丈夫、みたいな気合いの入り方をしていた。なんというか、育ちのいい人なのだ。
「どこかで話、できない?」
けいちゃんはあたりを見まわした。
「このへんはあんまり」
学校以外はのきなみ住宅で、店となると駅のほうに行くしかない。続々と帰り道を歩く生徒たちにじろじろ見られるのも嫌だなあ、とぼくは思った。
女の人と一緒に歩いている姿なんて、男子校生には刺激が強すぎる。けいちゃんをねばっこい目で見られるのも嫌だった。
「父兄の方だろ、寮の応接室を使えばいい」
志村先輩がぼくたちに割りこんできた。
となりの稲葉さんがちょっと顔をしかめていた。
「ねえ、やっぱり戻ってもいいんじゃない?」
応接室に入るなり、けいちゃんは言った。
寮に通しているあいだ、みんな知らん振りをしていたけれど、確実に興味津々、けいちゃんがタイプか否か判断しようと横目でしっかりサーチしているのがわかった。
「だって、始まったばかりだし」
「べつに気を使わなくったっていいのよ。それにお父さんたちだって」
「うん、ほんとうにごめんね」
無理を言って、寮のある学校に入りたい、と言ったのだ。頑張れば家から通える距離だし、なんなら車で送り迎えくらいしてくれるだろう。
「汚いわね、埃っぽいし、それに」
言わなかったが、多分すえた男臭い匂い、と言いたかったのだろう。何度もけいちゃんはハンカチで鼻を拭った。
ぼくは応接室の窓を開けて換気した。
「ここで過ごして大学受験大丈夫なの?」
「絶対迷惑かけないし、現役で大丈夫。そもそもここ、偏差値もカリキュラムも悪くないって、知ってるでしょう」
「でも、やっぱり環境よくないかもしれない」
そのとき、応接室のドアが開いた。厳しい目つきをした三船先輩が、お盆にお茶を二つ載せている。
「おけいはん」
三船さんはお茶をぼくらの前に置いて、切り出した。ところでなんで、はん? 京都?
「は? 誰ですか、あなた」
けいちゃんはなんだこの男は、と目を細めた。けいちゃんの周りにいないタイプの男性なのだ。よく言えばワイルド、ぶっちゃけガサツなけだもの。
「あ、同室の三船先輩」
ぼくが代わって紹介した。
「あのさあ、理由とか知んないけど、男が決めたことに女がしゃしゃってくんなって」
三船さんが睨みをきかせていった。
「先輩」
ぼくは止めた。
「お言葉ですが」けいちゃんはおしとやか風だが、売られた喧嘩は買うタイプだ。「そう言う考え方って古いと思いますけど」
二人が睨み合っているあいだにいる自分。最悪。
「じゃあ言い方変えるわ。人が決めたことに人がしゃしゃんな。そもそもあんた家族だろ。一大決心したやつの気持ち、汲んで応援してやれよ。血ぃ繋がってんなら」
「サクちゃん、今日は帰るわ」
けいちゃんが立ち上がった。
「おい逃げんな」
三船先輩はあくまで戦えと煽ってくるが、けいちゃんは「失礼します」と去っていった。
「三船さん」
ぼくは三船さんの前に立ちはだかった。
「なんだよ」
ぼくは、言うべきか迷い、しかし、目の前の野獣になにをされてもいい、と覚悟を決めた。
「ガチでうざい」
ぼくが言い放つと、三船さんが止まった。
その場のすべてが凍りつき、二人とも、動けなくなった。