ザッと砂利が靴底を削る。

 立ち止まった私を振り返った倫は、今どんな顔をしているのだろう。私自身は傷付いた顔をしてるというのに。


 私が大石田町を離れることを倫太郎に打ち明けたのはつい最近の話で、推薦が決まって全ての手続きが終わった後だった。それは倫太郎への執着と私自身の逃げ場を無くすためだった。そんな私をお母さんも花織さんも一言、不器用な子、と。そうでもしなきゃ私は私のやりたいことと倫太郎を天秤にかけて、最後は倫太郎を選ぶと思ったから。私の大事なものが彼一人になってしまうことが怖くて、ピアノを好きだと思えなくなる日が来るんじゃないかって、漠然とした不安が常にあった。

「倫が大切じゃないわけじゃない。分かってよ」

「分かってる。今のは八つ当たりだ」

月の助け船か、雲間から覗く光がゆったりと辺りを照らして、青白い穏やかな光が私と倫太郎の輪郭を形作っていった。一段と明るい今日は満月だ。

 鍛練と情熱、倫太郎の身体を見るといつもそれらを感じることができる。彼は所謂、才を持つ人間。

「野球、本当に辞めるの…?」

 きっと倫太郎がそれを決めてからいろんな人に尋ねられたはず、その度に自分の決意が一種の諦めに似ていることに彼自身気がついているから、私に笑んだ倫太郎はどこか寂しそうだった。


 倫太郎の父親が倒れたのは去年の暮れ。

父親といえど若くに結婚し、20代前半で子供を設けたというから未だ倫と並んでも兄弟に見えることもある。そして元々十年前に癌を患っていたらしくそれが再発、今は市内の病院に移り闘病生活を送っている。
袴田家は大きな米農家のため倫太郎の父親が動けなくなった今、跡を継ぐのは倫太郎か大阪の商社で働く倫太郎の五つ年の離れたお兄さんのどちらかになる。ただ、農家を継ぐのが嫌でここを出ていった彼のお兄さんに直ぐに戻ってこいと呼び戻すのはあまりに非現実的で、倫太郎もその家族もそれを理解していた。

将来的に家の跡を継ぐ、が高校卒業と共に跡を継ぐに変わったわけだ。それが奇しくも倫太郎から野球を取り上げる結果となる。

 甲子園で勝ち進むことは叶わなかったけれど、一年生から県選抜にも選ばれていた。名のある大学からスポーツ推薦の話も来ていたのに倫太郎は自分の情熱を切り捨てることを決めた。
 
 私が同じ立場なら、倫太郎と同じように家族に寄り添えただろうか。

「私だけ、」

ここから居なくなろうとしてる。あまりにもズルい、そんな気がして訳も分からず泣きそうになった。

「お前は頭が良いしそれに正しい。間違ってるのはいつも俺の方だ」

「それでもいつも格好いいのは倫の方だよ」

 今この時だけは、このちっぽけで静かな故郷にいるのは私と倫太郎だけ。

私を引き留めることは誰にも出来ないし、倫太郎の決意を覆らせることも誰にも出来ないのだとしても、お互いに干渉し合えるのはお互いだけという事実が何よりも心地よい。


「今日は一緒にいたい」


 見上げたら、綺麗な瞳が落ちてきそう、頭上の満月よりとっても綺麗。細められた目の隙間から微かに熱を感じて、看病のため倫太郎の母親は明日まで家を留守にしていることや、門限には厳しくない自由人な母の姿が頭をよぎった。


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