「あれから一年経って。そろそろ許してくれと伝えたら、朔さんが就職すると言い出したと聞きました」
「だ、だってずっと昔の夢に縋ったままじゃ居られないと思って。父を、安心させないと」
ずるずると、夢を上手く捨てられない自分ではダメだと何度も言い聞かせた。だからこの春の佳き日に、――私は夢からちゃんと目覚めて、芽生えかけた自分の想いにもしっかりと蓋をしようとしたのに。
「あの人が朔さんを心配しなくなることは、きっとこれからもありません。そして、昔から貴女が言葉を紡ぐことを、本当は誰より応援しています」
『朔。お前メニュー表の裏に、なんか書け』
ぶっきらぼうな言葉が木霊する。我慢できず次から次へと溢れていく涙を止められない。しゃくり上げてしまう不恰好な自分を、新座さんがまるで大切なものに触れるかのように、そっと抱き締めてくれた。
「あの時、ほんとは、嬉しかったです」
「え?」
「ミョウガ頼んでくれた時。久しぶりに言ってもらったんです。素敵な文章ですねって。すっごく嬉しかった」
「朔さんに変な印象抱かれないよう緊張しながら言ったら、顰めっ面されて凹んだんですけど」
「気を抜いたら泣きそうだったから」
「親子揃ってツンデレ過ぎるな」
はは、と声を出して笑いながらもっと抱き締めてくれる新座さんの背中に私も腕を回す。
「今回の春キャベツも、良かった」
【繊細な春キャベツは育てるのも一苦労だそうです。なんとか寒い冬を越しても、食べ頃は五月上旬までという、ほんの一握りの限られた時間。でも丁寧に作られたキャベツの柔らかな甘みはきっと、春が連れてくる優しさそのものです。(中略)生で素材の味のまま食べるのが最高に美味しい春キャベツ、梅おかかを合わせて、さっぱりとお口直しにもどうぞ】
「俺からしたら朔さんも春キャベツみたいなもんなので」
「何ですかそれ」
「「柔らかな甘みは春の優しさそのもの」って、朔さんでしょ」
「…接客に文句ばっかりだったのに」
「初めて話した日、帰ろうとしたら椅子にかけてたジャケットが無くて。そしたら朔さんが、奥から出してきた。「ニオイが付くと思ったので」って、態々裏返して皺がつかないように綺麗に畳んであって。そういう気遣いも照れた笑顔も可愛かった。俺ちょろいんで」
どこか歯切れ悪く伝えた彼は、ぎゅうとまた腕に力をこめて私の肩に顔を埋める。