──倒れた怜奈の後ろに立っていたのは、光臣くんだった。

「光臣!?
 なんで……生きてるの?」

 混乱した遥に、光臣くんが銃口を向ける。

「俺は死神で自分を撃った、それだけだよ」

「し、死んでなかったってこと?」

 そういうことになるな、と肯定しながらじりじりと光臣くんが距離を詰める。

「あんたが殺したの、みんな?」

 にやりと、光臣くんが唇を歪めて笑う。

「ああ。
 あいつらだけじゃない。
 一夜にして村人が消えたあの事件の犯人も俺だ」

「!?」

 遥が息を呑む。

「……女神の弾丸で?」

「そうだ。
 燈日を殺したあの日から、俺は女神に取り憑かれた。
 燈日を殺したあと、歯止めがきかずに村人全員を殺して回った」


──そう、12歳のとき、わたしは光臣くんに殺された。

 光臣くんは恋人なのだと信じて疑わなかったわたしにとって、彼に銃口を向けられたのは衝撃だった。

 小学校で、光臣くんはいじめに遭った。

 彼にはなんの過失もなかったにも関わらず。

 その原因である父と、わたしに恨みを抱いていても、不思議ではなかったはずなのに、わたしは考えもしなかった。

 光臣くんが、殺したいほどわたしを恨んでいるなんて。

「……あんたは女神の弾丸に取り憑かれて、殺人鬼になったってわけ。
 そこまで話すってことは、私を生きて返すつもりはないってこと」

 遥が額に汗を滲ませる。

「話が早くて助かる。
 社会に適合できず、死ぬ根性もなく、自分から飛び込んできたやつなんて、殺されたって文句言えねえよな。
 お前らが死んでも、誰も気にも止めねえよ。
 だから、ここは俺の狩り場なんだよ」 

「私たちを殺すために、ここに連れ出したの?」

「そう。
 女神は気が済むまで使用者に殺戮を求める。
 お前らはいい、カモってこと。
 都市伝説も、俺が流した。
 死にたいんだろう?
 俺が叶えてやるよ、この女神の弾丸でな」

「……どうりで……。
 ここに来る途中で、なんか飲ませたでしょう?
 全員があんなに深く眠り込むなんておかしいと思ったのよ」

「御名答。
 コーヒーに睡眠薬を混ぜさせてもらった」

 遥は、観念したのか、ため息をついて天を見上げる。

 土砂降りだった雨が、少し勢力を落とした。 

「ねえ、死ぬ前に聞いていい?
 燈日を殺したってどういうこと?」

「……は?」

「あんたさっきから、燈日を殺したとか言ってるけど、なんなのそれ?
 燈日ならここにいるじゃん」

 光臣くんが、遥を見て愕然とする。

「……視えるのか?
 お前にも」

「見える?
 当たり前でしょ、高校で毎日見てるんだから」

「お前、女神を使ったわけじゃないよな?」

「はああ?
 全然話が見えない。
 あんたなに言ってるの?」

 遥が次第に苛立ってきて、光臣くんが焦燥の色を濃くする。

「12歳のとき、俺は燈日を女神で撃って殺した。
 女神を使った者にだけ、女神の弾丸に撃たれて死んだやつが幽霊として見える」

「燈日が幽霊?
 あんた、頭大丈夫?」

「だって、お前ら、燈日に話しかけられても無視してただろ。
 あれは、燈日が視えなかったからじゃないのか?」

「……みんな、燈日のことが嫌いだから無視してただけよ」
 
 罰が悪そうに目を逸らす遥に、光臣くんが顔面蒼白になる。


「……嘘だろ……。
 じゃあ、女神って、なんなんだよ……」

 潮時か。

 わたしは口を開いた。

「光臣くん、女神の弾丸なんて、存在しないのよ」

 光臣くんが目を見開く。

「お父さんが作った拳銃は、確かにふたつあったけど、大きさが違うだけで、どっちも死神の弾丸なの。
 ただ、女神と言われた拳銃は、大きいぶん威力が強いから、意識を失ってから覚醒するまで、1時間以上かかる。
 お父さんが遊び心で書き残したメモを本気で信じちゃったのね」 

「そんな、馬鹿な……」

 わたしは、これみよがしにため息をついてみせる。

「おかしいと思わなかったの?
 12歳で死んだわたしが、16歳の姿になってることが。
 さっき、光臣くんが、死んだとみせかけるために自分を撃ったあと、わたしが死神を回収して地下室へとこっそり返しておくなんて芸当ができたことが」

「だって、俺は女神に取り憑かれて、殺人鬼になって、村人だって全員撃って……」

 光臣くんが手に持っている拳銃に視線を落とす。

「女神にそんな呪いめいた力はない。
 わたしを殺したと思ったことで、光臣くんに眠っていた快楽殺人鬼としての才能が芽生えただけ。
 光臣くん、気が短くて、本当に死んだか確かめずに村を出て行ったでしょう。
 そのあと、わたしや村の人は覚醒めて、自分の足で村を立ち去った。
 女神は撃たれた人間を幽霊に変えると思い込んでいたみたいだから、遺体がなくても不思議に思わなかったんでしょう?」  

 そう、光臣くんも、『他殺』の甘美な快感に取り憑かれた、快楽殺人鬼にすぎなかった。

「……みんな、生きたがってた。
 生きようとした子を殺そうとするなんて、許せない」

 わたしが光臣くんを睨むようにして言うと、光臣くんはわたしを嘲った。

「燈日、お前、あの火事を起こした犯人が許せないって、話してたよな。
 犯人は遥たちだって、わかっただろ、俺を恨むなんてお門違いだ、そうだろ?」

 光臣くんの言う通りだ。

 わたしは、あの火事の犯人がずっと憎かった。

 父がした非人道的な研究を棚に上げて、あの火事さえなければ父が世界中から極悪人のレッテルを貼られることもなかった。

 だから、わたしは遥たちを恨むべきだった。

 けれど、わたしの心は揺らいでいる。

 みんなが、生きたいと願っていたことを知ったからだ。

 自分の人生を人生で切り拓いて生きてきたことを知ったからだ。
 
 父が歪めてしまった人生を、翻弄されながらも彼女たちは生きようとしている。
 
 その姿は高尚で眩しく、生命感に溢れていた。

 彼女たちを傷つけるのは、本意ではない。

 遥たちを恨むことなど、わたしにはできなかった。

 それにわたしが稲原村まできたのは、火事の犯人を見つけるためではない。

 わたしを殺そうとした光臣くんに復讐するため。

 わたしの目的はそれだけだった。

 光臣くんが、わたしを恨むのは当然だとわかりながらも、わたしを殺そうとした彼が、どうしても許せなかった。

 これが、逆恨みというものだということは承知の上で、わたしは光臣くんを殺そうとしていた。

 わたしのことを幽霊だと思っている光臣くんの隙をついて報復するなんて、容易いことのはずだった。

 光臣くんを信じて、そして好きだったからこそ、反動のように膨れ上がる憎悪。

「……怒ってるのか?」

「……怒ってる?
 そう、ね。
 怒ってるのかもしれない。
 わたしは、友達を殺そうとした光臣くんに、怒ってる」

「はっ、友達ね。
 無視されるほど嫌われてたのに、火事の犯人だってわかったのに、あいつらを許すってか。
 ずいぶん丸くなったもんだな、もう少し見込みがあると思ったんだが、残念だよ」

 光臣くんは、地面に落ちていた錆びた包丁を拾い上げる。

 怜奈が落としたものだ。

「悪いが、今度こそ本物の幽霊になってもらう。
 俺は今、殺したくて殺したくてたまらないんだよ。
 別に殺せるなら拳銃じゃなくても構わない。
 手段はいくらでもあるさ」

 拳銃を捨て、追い詰められているはずなのに、光臣くんは笑っている。

 その瞳に、殺人鬼の光りを宿している。

 人殺しを愉しんでいる。

 わたしと遥は前傾姿勢になって襲いかかるだろう凶器に対抗しようとする。

 一触即発のぴりぴりした空気が流れるなか、止んだ雨の代わりに、ぱちぱちと、場違いな拍手の音が辺りに響いた。

 光臣くんが、拍子抜けしたように周囲を見回す。


 と、突然、かっと、わたしたちは目のくらむ強烈な光りに包まれた。

 夜間のグラウンドで使うような、LEDの照明がすっかり雨の止んだ村中を照らし出す。

 暗闇に紛れていた黒い車が何台も浮かび上がり、煌々と照明が焚かれ、わたしたちの周りには、数え切れない人がいるのが確認できた。

 驚愕の面持ちでそれを見守る光臣くんが、事態を呑み込めずに棒立ちになる。

 一台の車から、背の高い、ひょろりとした痩せ型の紳士が降りてきて、拍手の主なのだとわかる。

「お父さん……」

 わたしの呟きに、紳士に目を向けた光臣くんと遥があんぐりと口を開ける。

「仙道昭嗣……。
 なんで、逮捕されたんじゃ……」

 遥が、やっとといった様子で言葉を絞り出す。

 光臣くんは絶句している。

 拍手をしながら、わたしたちに近づいてきた仙道昭嗣は、以前見たときよりもしわの深い老人になっていた。

「取り込み中悪いが、失礼させてもらうよ。
 驚かせてしまってすまないね。
 いやはや、良い研究データが取れた。
 今日で一区切りとしよう」

 鷹揚に手を広げ、父が近づいてくる。 

「仙道昭嗣、なんで、あんたがここに?」

「刑務所にいるんじゃないのか、そう言いたいのかな?
 まあ、確かに、あの予想外の火事で、私の存在が公になり、トカゲの尻尾切りのように私は罰せられた。
 しかしね、この実験は、国家プロジェクトなんだよ。
 秘密裏に私は解放され、研究を続けられるよう、政府が環境を整えてくれて、裏で暗躍する手助けをしてくれた」

「……暗躍って?」

 遥が頭を抱えながら呻く。

 事態が呑み込めずキャパオーバー、そんな様子だった。

「観察だよ、君たちの」

「……俺たちを、ずっとあんたは監視していたのか」

 光臣くんも低い声で唸るように言うと、眉を寄せた。

「そういうことになるね。
 感情も善悪も知らない子どもが、社会に放たれたら、どう周りと折り合いをつけるのか、馴染むのか、将来のこの国のために有用な実験データを得るために、あえて君たちを自由にさせていた。
 君たちに感情が宿ってしまおうが、どうでもよかった。
 5歳まで感情を教えずに育った子どもがどう成長するかデータさえ取れればよかったんだよ。
 しかしまさか、生き残った全員が殺人をするなんて思わなかったけどね。
 予期できなかったとはいえ、あの火事で死んだ子どもには、今も申し訳なく思っているよ」

「……全部、全部、あんたの手のひらの上ってことか?」 

「いや、君たちにはきちんと自我があった。
 物事を論理的に考え、どうすれば自分にとって生きやすい環境になるかを知っていた。
 まあそれが、人殺しだったわけだが、光臣のように、自分は無敵だと、慈悲のない殺人鬼なのだと快感を覚えて人格を形成する様は、見ていてとても興味深かったよ」

 光臣くんがなにか反論しようとしたとき、「多恵、みんな!」と遥が民家の軒先から現れた人影に呼びかけた。

 身体を支え合いながら、多恵、英梨、怜奈が姿を現した。

 怜奈はまだ意識が戻っていないようで、ふたりに抱えられている。

「お前ら……生きてたのか」

 光臣くんが忌々しそうに告げる。

「生きてるよ、悪かったわね。
 光臣……あんた本気で私たちのこと殺そうとしたのね。
 むかつくから話しかけないでくれる?」

 多恵がいつもの調子で光臣くんを睨みつける。

「みんな、本当によかった……。
 やっぱり女神の弾丸なんて存在しなかったんだね……」

 すると、遥がはっとなにか思いついたように父を振り向く。

 「幽霊は?
 施設にいたあの子どもたちの亡霊も、あなたたちの仕掛けたことだったの?」

「いや、それなんだが……」

 突然父が、歯切れ悪く言い淀む。

「あれは、私たちが仕組んだことではない。
 信じがたいことに、超自然現象だよ。
 監視カメラにも映っているが、私たちもあれを観ながらぞっとしたところだ」

 わたしたち全員が息を呑む。

 亡霊は、本物の怪異……。

 背筋をつーっと、冷たい指が撫でられた感覚がする。

「まあ、研究所に戻って、詳しく画像を解析して、科学的に説明できるまで研究するけどね、楽しみにしていて」

 父はいたずらっぽく笑うが、あの怪現象を肌で経験したわたしたちはあの怪現象を笑って話すことなど到底できないことだった。

「他になにか聞きたいことはあるかね?
 種明かしならいくらでもしてあげるよ」

「……俺たちは、これからどうなる?」

「どうなる……。
 どうなるんだろうねえ。
 とりあえず、光臣は思想を矯正する必要があるだろうから、病院行きかな。
 他の子は、問題を起こさない限り、我々が監視することはない。
 ただ、まあ、危険な兆候が現れたら、今回、私がこんなところまでやって来たように、すぐに監視を再開する」

「監視って、燈日にさせるの?
 今までみたいに」

 遥がわたしに視線を向ける。

「燈日が、私たちのことを逐一父であるあなたに報告でもしてたんでしょ」

「その通り。
 君たちが通う高校の校長を、我々の息がかかった人間にすげ替えて、燈日が君たちに近づけるようにしていた。
 光臣に怪しまれないよう、学校に燈日の籍は置かず、しかし君たちに近づけるよう取り計らってもらった。
 こういうと親バカかもしれんが、燈日は君たちの監視役をすることに葛藤していた。
 君たちと、仲良くなりたい、友達になりたいと、本当は思っていたのに、父である私の命令をきいてくれた」

 遥がしゃがみ込んで、「だから燈日のことは嫌いだったのよ」と呪詛のように呟いた。

「みんなにひどいことしたって、反省してる。
 許してもらえるとも思っていない。
 でも、わたしの気が済むから言わせてほしい、本当にごめんね」

 わたしが頭を下げると、誰かが舌打ちした。

 遥だとわかった。

「でも」

 この声も遥のもの。

「私たちを殺そうとした光臣に、怒ってくれた。
 無視し続けた私たちを、友達だと言ってくれた。
 私たちのこと、本気で心配してくれていたことも、わかってる。
 今日のことで、私は、自分が生きたいんだって、初めて気がついた。
 死にたくない、まだ。
 当たり前に学校に通って、放課後は遊んで、受験を乗り越えて大学に行って……。
 そういう人生を、今は送りたいって思ってる。
 燈日も、もしよかったら、そんな人生を送る私のそばで、一緒に大人にならない?」

「……!」

 言葉を発せないわたしに、遥が苦笑いしながら、多恵たちを振り返る。

「ねえ、どうかな、みんなは、燈日が一緒じゃ駄目?」

「それは……」

 多恵が口ごもる。

「あたしは構わないけど。
 燈日はそんなに悪いことしたわけじゃないし」

 英梨の言葉に、わたしの瞳から、涙が溢れ落ちる。

「私も、燈日にはひどいことしたって思ってるから、仲直りできたらって思ってる。
 燈日のお父さんのことは許せないけど」

 多恵の言葉に、みんなが疲れたように小さく笑う。

「仙道昭嗣のことは許せないけど、仙道燈日のことは友達として受け入れる。
 仙道昭嗣、どう?
 こんな結論で構わない?」

 遥の声には張りが戻り、みんなの顔には笑顔が戻る。

「私のことは好きなだけ恨んでくれ。
 その代わり娘のことは……」

「しつこいなあ。
 燈日は友達!
 悪いのは父親。
 燈日は悪くない。
 一緒に遊園地で遊んだ友達のまま。
 これで納得でしょ」

 多恵が割れてしまった眼鏡を撫でながら少し苛立ったようにぴしゃりと断言する。

「燈日は?
 燈日はどうしたい?」

 父がわたしの顔を覗き込んで、優しい声で問う。

 わたしは年甲斐もなく、しゃくり上げて泣き出してしまった。

「み、みんなといたい……。
 許されるなら、友達になって、学校へ行って、勉強して……。
 わたし、そんな生活していいのかな……?
 みんなと生きて、そんな幸せになって、いいのかな?」

 雨に冷やされたわたしの身体を、誰かが抱きしめた。

 涙を拭って目を開けると、遥がわたしを抱きしめながら、ゆっくり背中を撫でてくれていた。

「これからは、正式に高校に入って、一緒に青春しよう。
 光臣のことなんか忘れて、彼氏でも作ってさ。
 燈日だって、失われた時間を取り戻す権利はある。
 人生、楽しんじゃおう」

 遥の言葉に苦笑いしてしまう。

「まだ、光臣くんのことは忘れられないかな」

「大丈夫、高校に行けば男なんて山ほどいるんだから。
 高校じゃ無理なら大学で見つければいい。
 まあ、光臣を同じ高校に誘った私にも責任はあるわけだし、光臣みたいなクズに引っかからないように、ちゃんと私が見ててあげるから」

 身体を離すと、遥と多恵、英梨がわたしの手を握ってくれる。

 わたしはまた熱い涙を流してしまう。

 「あー、いい夢見たなあ」

 背後で横になっていた怜奈が、むくりと起き上がって呑気に伸びをする。

 緊張感に欠ける間延びした声に、みんなが一斉に笑った。

「えっ、なんか明るくない、眩しい。
 なんかあったの?
 幽霊は?殺人鬼は?」

「もう終わったよ、怜奈。
 帰るよ、ほら」

 多恵が空き家の玄関口に寝かされていた怜奈の腕を掴んで起こしてやる。

「さて、家まで送って行こう。
 土砂崩れで塞がっていた道路も、通れるだろう」

 気がつけば、空の端っこが白み始めていた。

 長い夜だった。

 悪夢のようでもあり、夢が叶った夢のようでもあった。

「ひとりにつき一台、車を手配した。
 快適な乗り心地を約束しよう。
 さあ、みんな乗って、ああ、光臣は私と一緒に来てもらう。
 私の研究所管轄の病院に行ってもらうからね」

 父が、村に乗り付けた高級外車の列を見遣りながらわたしたちをうながす。

「燈日」

 父がわたしを呼ぶ。

「もう、これはいらないね」

 そういうと、父はいつの間にか手にしていた『死神の弾丸』をわたしに見せた。

 遥たちが、こちらを見ている。

 わたしはうなずいた。

「うん、もういらない」

「そうか、わかった。
 この拳銃は私が破棄しておくよ。
 お前は先にマンションへ帰っていなさい」

「わかった」

 光臣くんに『殺されて』から、わたしは麓の街に父が借りたマンションに住んでいた。

 学校にも行かず、父の目の代わりとして、光臣くんや遥たちの行動を見張る役割を与えられ、事細かく報告をしていた。

 だから、みんながどれだけ苦しんで生きてきたか、よく知っていた。

 みんなの苦しみに、わたしも苦しめられた。

 同時に学校生活への憧れも尽きなかった。

 なぜ、わたしは他の子どもと同じ青春を送れないのかと、苦悩することもあった。

「燈日、これからはお前も、女子高生として、思いっきり羽根を伸ばしなさい。
 友達と過ごしなさい。
 時間を無駄にしてはいけないよ、若さとは貴重な武器だ」

「もう、報告はしなくていいの?」

「ああ。
 研究は失敗といっていい。
 私たちのやり方ではこの国に平和はもたらせないとわかったからね。
 政府も、二度と同じ実験は行わないだろう。
 これだけ派手に失敗したのだからね」

 わたしはその言葉に、ほっとし、父に促されるまま、車へと歩いていく。

「燈日、明日空いてる?
 みんなで遊びに行こうよ。
 どうせ転校してくるのは夏休み明けでしょ。
 高2の夏、満喫しない手はないよ。
 いいよね、みんな?」

 怜奈を除く全員がうなずいた。

「はえ?
 もう燈日と仲直りしたの?」

 呆ける怜奈に、多恵が「燈日と一緒はいや?」と訊くと、怜奈は「そんなことないけど」と不思議そうにみんなを見回す。

「よかった、仲直りできたんだね」

 怜奈の言葉にわたしたちは笑いを洩らした。

「そう、仲直りできたんだよ、今となっては、どうして燈日を恨んだんだろうって、燈日を無視してたのが大昔のことみたい」

 多恵の言葉が嬉しい。

 仲直り、友達。

 頭を見せ始めた嵐のあとの朝陽が、わたしたちを照らし出す。

「あーあ、疲れた、眠い、お腹空いた、シャワー浴びたい」

 遥が嘆く。

 新しい日の始まりを告げる朝陽を橙に染まりながら同じ景色を見て、鳥のさえずりを聞きながら、わたしたちは誰からともなく笑い合った。

「来るんじゃなかったよ、こんなところ」

 英梨が伸びをしながらぼやいた。

「でも、悪いことばかりじゃなかったね」

 遥が言うと、怜奈が顔をしかめる。

「悪いことばかりだよ。
 幽霊に襲われるわ、嵐に遭うわ、殺人鬼に追われるわ……。
 生きた心地がしなかったんだから」

「まあ、確かに。
 でも、燈日と仲直りはできたし、自分がこんなに生きたいんだって、気づくことができた」

 遥は、清々しい笑みを浮かべ、言った。

「さてと、帰ろうか、私たちの住み心地最悪の家へ」

 わたしたちを取り巻く環境は変わらない。

 家にも学校にも、わたしたちの居場所はない。

 それでも、今はひとりではない。

 支え合える仲間がいる。

 それが、どれだけ心強いか。

 色々あったけれど、強固な絆を、わたしたちは手にした。  
  
 好きなことは好き、悲しいときには悲しい、寂しいときは寂しいと言える、本音をぶつけ合える友達。

「じゃ、明日ね」

 そう約束を交わすと、わたしたちを乗せた車は走り出し、旧稲原村をあとにした。