──多恵だ。

「え?」

 遥の呟きにわたしは顔を上げた。

「光臣を殺して、女神を隠し持ってるのは多恵だ」 

 遥は迷いなく言い切り勢いよく立ち上がった。

「どうして、そう思うの?」

 わたしは訊くが、遥は雨の中走り去ってしまった。

 遥が空き家の軒先から見えなくなった、まさにそのとき。

 ぱあん、と銃声が炸裂した。

「遥!」

 わたしは青い顔になりながら、遥の後を追う。

 音を頼りに全力で駆けると、通りに人影が倒れているのが見えた。

「遥!?」

 駆け寄り抱き起こす。

 遥ではなかった。

「……多恵」

 生気を失った多恵が、固く目を閉じて倒れていた。

 胸をなにかが貫き、風穴が空いていた。

 風穴の大きさがわずかだが大きい。

 女神の弾丸が使われたのだとわかった。

「多恵、しっかりして、多恵!」

 誰かの必死の呼びかけを聞きながら、意識はすうっとフェードアウトするように遠くなっていった。 



──施設の入口を守る鉄壁の警備員を殺した実行役は私だ。

 遥から、施設に放火する手はずを説明され、私の役目は逃げる際に障害となる警備員を無力化することだった。
  
 『授業』が終わってから、私は部屋に帰りたくないと暴れた。

 暴れたことなら過去に一度ある。

 職員たちが、どう私を制圧するのかはわかっていた。

 すぐに白衣の職員がやってきて、私に注射針を刺した。

 私は抵抗する素振りを見せながら、めちゃくちゃに手を振り回して、白衣の職員の身体に不自然に見えないように気をつけながら手を伸ばし、ポケットを探った。

──あった。

 ポケットの中に何本か、無造作に注射器が入っていた。

 みんなで遊園地に行った夜も、こうして私たちは、部屋に戻ることを嫌がり、睡眠薬を注射された。

 そのとき、同時多発的に暴れる私たちを大人しくさせるため呼ばれた、この白衣の職員が、何本かまとめて注射器を所持していたことを知っていた。

 私は一本、注射器を手にすると服の胸元に隠し抵抗をやめ、薬に抗えず眠りについた。

 次に覚醒めたとき、私の服の胸元から注射器が転がり出した。

 計画は成功。

 『授業』で顔を合わせたみんなに、戦利品を自慢気に掲げてみせると、拍手が沸き起こった。

 そして、決行の日。

 授業が終わり、廊下を歩いていた私は、職員がガラス扉を開けた瞬間を狙い、すれ違うようにエレベーターへと向かった。

 エレベーターの存在は知っている。

 だが、近づいたことはなかった。

 カードキーがないとガラス扉のロックを開けられないからだ。

 しかし、今日は違う。

 私は走ってエレベーターホールに向かい、乗り込んだ。

「待ちなさい!」

 背後から職員の声が追いかけてきたが、構うことなく『下』のボタンを連打する。

 間一髪で職員をかわし、エレベーターが下降する。

 私はへなへなと、その場にしゃがみ込んでしまう。

 でも、まだこれからだ。

 1階についたエレベーターから降りると、目もくらむように明るいエントランスに出る。

 一面ガラスの出入り口の向こう、外に制服姿の大柄な男の人が立っている。

 私は、内側からガラス扉を、とんとん、と叩いた。

 厳しい顔をした警備員が、怪訝そうにガラスのこちらの私を眺め、少しだけ扉を開け、「なんだ?」と言いながら、肩口にある無線機に手を伸ばそうとする。

 そのときだった。

 じりりりりり、とけたたましく警報が鳴り響いた。

「な、なんだ?」

 警備員が、慌てた様子で室内へ入ってくる。

 その隙に、背後から警備員に飛びつき、体勢を崩させると、床に倒れた警備員の、その首元に注射針を突き刺す。

 抵抗する暇もないほどに薬の効果は劇的だ。

 私は、意識を失った警備員を、よいしょ、よいしょ、と引きずって目についた扉を開け、中に押し込める。

 この人、これから死んじゃうんだよな、と少しだけ申し訳ない気分になったが、なんの罪もない子どもを閉じ込める残虐な研究者たちに加担したのだ、死んだって文句は言えないだろうと気持ちに蹴りをつけた。

 このとき、私は初めて、自分が『罪を犯した』という自覚を持った。

 『罪』を理解した。

 あまり気持ちのいいものではなかった。


 私、田所多恵は、棄てられた子どもだったらしい。

 生まれてすぐに児童養護施設に預けられ、そこで実験施設の職員によってさらわれたのだという。

 あの火事から奇跡的に助け出され、私の身元が判明すると、私は家族のもとへ返された。

 カメラを担いだ大人たちに囲まれながら、私は母だという女性に引き合わされた。

──感動の再会。

 世間はそう騒ぎ立てた。

 真っ赤な口紅の、くたびれたような雰囲気の女性が、私の母だった。

 父はいない、そういうことだった。

 母はあからさまに私を疎ましそうに見ていた。

 歓迎されていないことは、肌でわかった。

 大々的に報じられてしまったから、渋々引き取りに来ました、私を蔑む目がそう語っている。

 カメラに囲まれながら、私は母の住むアパートへと連れられて行った。

 山の麓に広がる地方都市の郊外にある、古びたアパートだった。

 外階段の手すりにはさびが浮いていて、玄関扉は開閉するたびぎしぎしと音がする。

「ただいま」

 母が室内へ声をかけたことに、びっくりした。

 てっきり、ひとり暮らしだと思っていたからだ。

「ああ、そのガキか。
 大して可愛くもねえなあ」

 突き当りにある狭い部屋で、あぐらをかいて座っていた、無精ひげの清潔さの欠片もない男が私を値踏みするように嫌らしい視線を走らせた。

 室内は、もくとくとやたら煙っぽくて、臭い。

 男が吐いた白い煙の匂いなのだと気づいた。

「で、どうすんの、そのガキ。
 また養護施設に預けるのか」

 男の言葉に、母が首を横に振る。

「面倒臭いけど、しばらくここに置いておくしかない。
 マスコミが張ってるから、すぐに施設に送り返したら、あたしが叩かれる」

「ふうん、一銭の稼ぎにもならないガキを置いておくのか、面倒だな。
 お前が世話しろよ、お前のガキなんだから。
 それから、今まで通り働けよな、俺は働くつもりないからな」

「……わかってる。
 頃合いを見て、また養護施設に戻すから」  

──ああ、私って、誰にも必要とされてないんだな。

 どうして生まれてきたのだろう。

 子どもがいらないのなら、産まなければいいのに。

 すると男が、なにかを思いついたように、私を見て手招きした。

 仕方なく従って男のそばに寄る。
 
 間髪を入れずに、ぱんっと、頬を叩かれた。

 手加減を知らない男に叩かれた衝撃で、ついよろける。

 それを見て、男はさらに面白くなったようで、立て続けに私の顔、頭、胸を殴った。

 胸を殴られたときは、息ができなかった。

 男が、黄色く染まった歯を見せて、にい、と笑う。

 畳に倒れ込んだ私は呆然と、信じがたい現実に殴られた痛みを感じる前に、本当に呆然としていた。

 叩かれた頬がじんじんと痛くなり、私はようやく起き上がった。

 頭が、胸が、殴られた箇所が痛い。

 どうして、こんな暴力を受けなればならないのだろう。

 私の父ではないとしたら、この男は何者なのだろうか。

「お前を殴るより面白いな」

 男が言うと、母は私を鋭く睨んだ。

「やめなよ、死んだりしたらどうすんの」

「これくらいで死ぬわけねえだろ」

「子どもだよ、簡単に死ぬよ。
 あたし、人殺しの片棒をかつぐのごめんだからね」

「うるせえなあ、さっさと店行けよ」

「スナックの売り上げだけじゃやっていけないって話したでしょ、生活費入れてよ」

「パチンコで儲けたらな」

「全く、調子のいいことばっかり言って……。
 いい、その子、殺すんじゃないよ」 

 母はそう念を押すと、もう夜だというのにどこかへ出かけていった。

 掃除されていないのだろう部屋には敷きっぱなしの布団とテーブル、脱ぎちらかした洋服が散乱していた。

「ちっ、煙草切れたか。
 おい、ガキ、行くぞ」

 男は立ち上がると、未だ畳に座り込む私の腕を引いて立たせた。

 そのまま外へ連れ出され、暗くなった住宅街を歩き、駅前へとやってきた。

 うるさい!

 私は、耳を塞ぎたくなった。

 やかましい音楽と、目がちかちかするような電飾、じゃらじゃらと鳴る甲高い音。

 看板を見上げると、パチンコと書いてあった。

 男は、慣れた様子でパチンコの前に陣取ると、なにやら操作を始めた。

 銀色の玉を操っている様は、遊んでいるようにしか見えない。

 私は、なにが楽しいのかわからない遊びに興じている男のそばに所在なく立ち尽くしていることしかできなかった。

 騒音に溺れながら、立ち続けること数時間。

 私を、睡魔が襲った。

 今、何時だろう。

 こんなに遅い時間まで起きていることなど経験がない。

 私が船を漕いでいると、舌打ちとともに立ち上がった男が、「おい、帰るぞ」と私の腕を掴んだ。

 ちょっと待ってろ、と言われ、私は、夜でも煌々と明るい店の外で立ち尽くしていた。

 ものの数分で店から出てきた男は、ほら、と私の手に、板チョコを置いた。

「コンビニに来るだけでよせばよかったな。
 また負けちまった。
 煙草も安くないのによ」

 男が、コンビニで買ったばかりの箱から、煙草を取り出して吸い始める。

 とぼとぼと、ふたりで家まで歩いて帰る。

 見上げると、満月が輝いていた。

 昼間は抜けるように青いのに、夜になると漆黒に変わる不思議な空。

 最後に夜の空を見上げたのは、遊園地に行ったときだったな。

 会いたい、みんな、今なにしてるかな? 

 自由になったことは、正しい道だったのだろうか。

 早くも私は心が折れそうになっていた。


 それからの生活を、地獄と表現してもいい。

 満月を見上げながら、甘い甘いチョコを頬張った日が、私の最後の平和な日となった。

 男は、家にいるときには私に暴力を振るうことを日課とした。

 殴られる、煙草の火を押し付けられる、風呂場で頭から熱湯を浴びせられる、食事を与えてもらえない……。

 あざや火傷痕が増え、私は日に日に不潔になっていった。

 男が賭け事をしに外出するときだけは、安寧の時間を過ごせた。

 しかし負けて帰ってくることがほとんどで、うさを晴らすために、また私を殴った。

 男は、私に暴力を振るっているときだけ笑う。

 母の笑った顔を見たことはない。

 母は、いつも明け方に疲れを貼り付けて帰ってくる。

 どうやら、自分のお店を経営していて、一晩中お酒を呑みながら働いているらしい。

 母は、男の内縁の妻という関係らしかった。

 結婚同然らしいのに、母と男が仲が良さそうにしているところを見たことがない。

 どうして一緒にいるのだろうと、不思議に思っていた。

 暮らしぶりは、施設にいたころと、大差ないほど自由のないものだった。

 お酒をたくさん呑んで、眠り込んだ男を見ながら、母が言った。

「あんたを殴れる限り、この人はここにいてくれる。
 あんたを差し出せば、あたしのそばにいてくれる……」
 
 私は、その母の独り言を聞こえなかったことにした。

──もう、ここにはいたくない。 

 その翌日、私は着の身着のまま家から脱出した。

 見上げた空から、粉雪が舞っていた。

 与えられた服も薄くて、とにかく寒い。

 くしゃみをして、ぶるぶる震えながらあてもなく街をさまよった。

 お腹空いたな。

 もう、あの家には帰れない。

 夜になってきて、いよいよ私は焦ってきた。

 どこに行けばいいのだろう。

 そのときだった。

「お嬢さん、どこに行くの?」

 声をかけられ、身体を強張らせた。

 振り向くと、制服を着た警察官が立っていた。

 とっさに逃げようとするが、警察官に立ち塞がれる。

「お母さんやお父さんは?
 一緒じゃないの?」

 うつ向く私に、警察官が笑いかける。

「おうちまで、案内してもらっていい?」

「……いや」

「いや、かあ。
 困ったなあ。
 じゃあ、僕と一緒に交番まで行ってくれる?
 温かい飲み物でも出すよ」

 子どもの私にできる家出はここまで。

 私はうなだれて警察官の後をついて歩いた。

 アパートの玄関前まで送られた私を見て、母が愛想笑いで警察官に頭を下げ、気をつけて面倒を見ますと約束していた。

 皮肉にも、母の笑い顔を初めて見ることになった。

 私が家出したことを知った男は、烈火のごとく怒った。

 自分が行っている虐待が警察に知られれば、逮捕されるからだ。

 その日から、私は一歩も外へ出してもらえなくなり、また向けられる暴力も、苛烈を極めた。

 男にとって、もう私は人間ですらない。

 私にも痛覚があって、傷を負えば血が出るのだということを、忘れてしまったかのようだった。

 私は人形のように、男にされるがまま暴力を受け続けた。

 もう、抵抗する気さえ失せていた。

 一度、アパートを、市役所の職員を名乗る人物が訪ねてきたことがあった。

 私が、小学校に一度も登校しないので、様子を見に来た、と男と玄関先で話している声が聞こえた。

 チャンスだと思った。

 助けを呼べる、最後にして最大のチャンスだと。

 しかし、私が大声を上げる前に、男は扉を閉めて外に出てしまった。

「あんな事件に巻き込まれた子なので、普通の子どもと同じように学校へ行くというのは、難しいんですよね。
 僕たちの方でも努力はしますけど、長い目で見てやらないと。
 本人が行きたい、と思えるようになるまで、待ちたいと思います」

 男は、まともな大人の振りをして、さも私を気遣っている素振りで、室内にいる私に聞こえるよう、わざと大仰な声で職員をねじ伏せた。

 職員も、事件のことを持ち出されては、中々踏み込むことができなかったようで、仕方なく帰っていった。

 私が大きくため息をついていると、戻ってきた男がにやりと笑った。

「助かるチャンスだと思ったか?
 残念だな」

 そして、とどめの一発、とでもいうように私を思い切り蹴り飛ばした。

 私の心は、完全に折れた。

 
 珍しく男が朝から出かけていたとある日。

 お昼どきに母が起きてきて、シャワー中のお風呂の扉を開けられた。

 私はびっくりして、濡れた身体のまま固まってしまった。

 母は、私の身体をなめるように見つめると、とろんとした焦点の合わない目で叫んだ。

「また、あざが増えてる!
 あんた、あの人に色目使ってるんだろ!
 あんたが来てから、あの人はあんたばっかりかまってる!
 あたしの相手なんかしてもくれない!
 あの人に愛されてたのはあたしなのに!
 殴られてたのは、あたしなのに!
 この泥棒猫!恩知らず!」

 ヒステリックに叫ぶと、母は私の頬を張った。

 シャワーの音が規則正しく聞こえ、私は頬を押さえたまま、顔色の悪い母を見つめ返した。

 『あの人』とは、男のことだろう。

 母は、男を好きなのだ。

 突然ふたりの間に割り込んだ私に、嫉妬している。

 実の娘が目の前で殴られているのに、助けてもくれないのは、私を同性として敵視しているからなのだ。

 私が、あの男を取るのではないかと、母は怯えている。

 突然、なにもかもが馬鹿らしくなった。

 大人しく暴力を受けていることも、母に嫉妬されていることも、汚れた部屋に閉じ込められていることも、母にも男にも怯えていることも。

 私は、母を見て嘲ってやった。

「あの男が、どうして私に暴力を振るうと思う? 
 あんたより、私を好きだからだよ。
 あんたはあの男に棄てられたんだ、選ばれたのは私なんだよ。
 だから、暴力のひとつも振るわなくなった。
 あんたに興味がないから。
 あんなくだらない男にすら棄てられるあんたを母に持った私は可哀想だよね」

 母を、あんたと呼び、思いつく限りの罵倒を投げつけた。

 浴室の前で、母は拳を固め、わなわなと震え始める。

「悔しかったらあの男を殺してみな。
 そしたら、あの男は永遠にあんたのものになるよ」

「……この、悪魔……っ」

「なんとでも言えば?
 事実は変わらないんだから」

 そのとき、鍵を開ける音がして、男が帰ってきた。

「あー、ちくしょう、今日も負けた。
 多恵、多恵ー?」

 私はせせら笑った。

「ほら、真っ先に私の名前を呼んだ。
 あんたじゃない、私を。
 私が必要とされている証だよね。
 聞いてみれば?
 私とあんた、どっちが必要とされてるか。
 ま、いちいち聞かなくても答えはわかってるけどね。
 どう、聞いてみる?」

 今の私は、きっと悪魔のような笑顔をしている。

 まるで悪魔が乗り移ったかのように、母を追い詰める言葉が次々と流れ出てくる。

「多恵、多恵ー?」

「どう、怖い?
 現実を知るのが」

 母は無言でキッチンへ行くと、包丁を手に私の名前を呼び続ける男のもとへ向かった。

「おい、なんだよ、急に。
 ……なに持ってんだ、なんのつもりだよ、おい……」

 男の怯んだ声がする。

 もう母は止まらないだろう、私はそう確信した。

「いてえ!
 おい、やめろよ、離せ!
 やめ……、やめろ!
 助けてくれえ!
 多恵、多恵!」

 助けも呼べない、誰からも見棄てられる苦しさを、もっと味わえばいい。

──死ね、死ね、みんな、死んでしまえ。

 男の声が聞こえなくなった。

 母の乱れた呼吸の音だけが浴室まで流れてくる。

 私は、シャワーを止め、バスタオルで身体を丁寧に拭くと、ゆっくりと着替えた。

 首を刺された男は死んだ。

 殺人で母は逮捕された。

 私は、児童養護施設に入れられ、可哀想な子というレッテルを貼られ、そして自由を謳歌した。

 施設にいる私に、遥が連絡を入れてきた。

 ときどき、電話で話すようになり、同じ高校を受験しようと約束した。

 小学校にも中学校にも、1日の休みもなく通った。

 私を、可哀想そうだという人がいる。

 それでいいと、私は満足した。

 可哀想なら、なにをやっても許されるということが、わかったからだ。

『他殺』とは、なんて甘美な響きだろう。

 私は、他殺の愉しさを知った。

 もう、戻れなかった。     



「女神を持ってるの、多恵じゃなかったんだ」

 道端に倒れた多恵を抱え起こそうとしていると、後ろからそう声がした。

 私は、振り向いて「……遥」と呟いた。

 雨に濡れた遥が、わたしたちを見下ろしていた。

「じゃあ、誰が……」

 と、遥が言ったとき、「きゃああああっ」と、耳をつんざく悲鳴が聞こえた。

「英梨の声だ」

 弾かれたように、わたしたちは走り出した。

 施設のそばに隠れていたらしい英梨が、有象無象の亡霊たちに襲われていた。

「掴んで!」

 遥が英梨に手を伸ばす。

 亡霊の子どもたちにずるずると引きづられながらも、英梨の手が遥の手を掴む。  

 力の限り英梨の腕を引きながら、遥が足で子どもたちを押しのける。

 子どもたちが怯んだ隙に、英梨を救出した。

 息を切らしながら座り込む英梨は、涙と雨でぐしゃぐしゃの顔になっていた。

「怖い、怖い、死にたくないよ、死にたくない、誰か助けて……」

 視えない誰かに懇願するように、英梨が繰り返す。

──死にたくない。

 ああ、みんな本当に死にたかったわけじゃないんだ。

 みんな、生きようとしている。

 みんなの中には、まだ希望の灯りが点っている。

 希望を棄てていない彼女たちを、姿の見えない殺人鬼は殺そうとしている。


「ころす、ころす」

 英梨は、子どもから発せられる呪詛に、「いやあああああっ」と叫び髪を振り乱しながら駆け出した。

「待って、英梨!」

 わたしの声に、またも忌々しい銃声が重なって響いた。

「英梨!」

 英梨は、多恵のすぐ横で気を失っていた。

 胸に風穴を空けて。

「女神……」

 わたしは唸るように呟いた。



──ブレーカーを落とし、火を放った実行役はあたしだ。

 遥が立てた脱出計画を聞いて、あたしは胸が高鳴るのを感じた。

 自由を、自分たちの手で掴み取るのだ。

 あたしに割り当てられたのは、事前に光臣がどこに設置されているのかを確認したブレーカーを落とすこと。

 遥が理科の実験をしたとき、掠め取っていたマッチで、できるだけ多くの場所に火を放つこと。

 決行の日、多恵がエレベーターで1階へ向かったことを確かめると、混乱に乗じて2階フロアにあったブレーカーを落とした。

 ふっと吹き消したように、電気が消えた。

 マッチを擦って破ったノートに火を点け、所構わず火の点いた紙を投げつけた。

 煙を察知して、警報機が鳴り響いた。

 今ごろ、多恵が警備員を無力化しているはずだ。

 ばたばたと、暗闇を走り回る足音がする。

 あちらこちらで火の手が上がり、スプリンクラーが作動する。

 それに負けないように、あたしは火を放ち続けた。

 遥が、怜奈を連れてきて、「もう充分、行こう」と言って、階段を指差した。

 フロアのあちこちで、黒い煙と炎が爆ぜ、悲鳴と足音が交錯する。

 あたしたちは、それを見届けると、1階に繋がる階段を駆け下りた。

 エントランスに飛び出すと、多恵が手動で入口の扉を開けていた。

 あたしたちは火事に巻き込まれないよう、施設を出て、様子を伺った。

 ばりん、と窓ガラスが割れる音がして、もうもうと煙と炎が吹き出した。

 あたしたちは、作戦の成功を確信した。

 あとは、物陰に隠れて、生き残ったふりをして堂々と出て行けばいい。

 夜空に舞い上がる火の粉。

 あたしたちは、無言でオレンジに染まる施設を眺めていた。

 自由を、この手で勝ち取ったのだと、勝利を確認するように。



 あたしの両親探しは難航した。

 保護されたあたしが、誰の子どもなのか、わからなかったからだ。

 警察があたしが生まれた病院を特定し、母親が判明した。

 警察の施設で家族が来るのを待っているあたしを、カメラを抱えた大勢の大人が写真に焼き付けていた。

 やってきた家族は、『授業』をしてくれた先生と歳の変わらない男女だった。

 感動の再会。

 両親とあたしが面会する様子が、翌日の新聞でもテレビのニュースでも大々的に報道された。

 母は、あたしは生まれてすぐ病院から誘拐されたのだと、警察に説明したようだった。

 違う、とあたしはとっさに感じた。

 やはり、血の繋がる家族だからだろうか。

 両親は、あたしが生きていたことを、喜んでも嬉しがってもいない。

「竜田さん、家族3人で、こっちに目線もらえませんか?
 みなさん、笑顔で!」

「奇跡の再会だと思いますが、一言コメントお願いします!」

 カメラのフラッシュがたかれ、無数のマイクを向けられた。

 むすっとした表情を崩さなかった両親が、そう記者に言われ、はっとしたように顔を見合わせると、母があたしの肩に手を置いて、真ん中に並べ、不自然な笑みを取り繕った。

 かしゃ、かしゃ、とシャッターが切られる。

 ぎこちない笑みのあたしたちが、紙面を飾った。

 両親が自宅から乗ってきた車に乗り込むと、父は舌打ちしながら煙草をくわえた。

「……ったく、マスコミってのはしつこいな、家までついてくるのかよ」

 父が後ろをついてくる車をちらりと見て、不機嫌全開の声音で言った。

「まさか、生きて帰ってくるとはな。
 お前、本当にちゃんと棄てたのかよ?」

 刺々しい父の声に、苛ついた様子の母が答えた。

「棄てたよ、子どもを買いたがっていた男に売った。
 あのとき、ちゃんとお金ももらったし、サクちゃんだって、こんな大金は初めて見たって興奮してたじゃん」

 サクちゃんと呼ばれた父がため息をついて嘆き続けた。

「売ったその相手ってのが、あの施設の職員だったってことか。
 ついてねえよなあ、全く。
 厄介払いできたと思ったのに、戻ってくるなんてな」

 父は信号で車を停めると、窓から手を出し、灰を捨てた。

「……そうでもないかもよ」

「あ?」

「感動の再会を果たした親子って、マスコミにこんなに注目されてるんだよ。
 それに乗る手はないんじゃないかな。
 理想の親子を演じて、カメラで撮影させれば、出演料もらえるんじゃないの?
 利用しない手はないよ。
 サクちゃんだって、しばらく働かずに悠々自適、この子、金のなる木だと思わない?」 

 父は少し考える様子を見せ、やがて唇の端を吊り上げた。

「なるほどねえ、そりゃいい。
 棄てた子どもが金背負ってきたってか」

 くくっと父が引きつったように笑うので、あたしは不安になった。

 これから、どんな生活が待っているんだろう。

 未曾有の犯罪に巻き込まれ、奇跡の生還を果たし、感動の再会を果たした家族。

 マンションの自宅に帰ってきた様子、夕食を囲む家族団らんの様子、小学校へ通うため奮闘する様子……。

 あたしたちの日常は密着するカメラによって切り取られ、あたしたちは、『理想の家族』を演じた。

 小学校へ通うようになってからも、カメラが追いかけてきて、学校へ馴染めないあたしの姿がテレビに垂れ流された。

 クラスメイトも、あたしの扱いに戸惑っているようだったけれども、カメラを向けられると、作り笑いを浮かべてあたしに親切に接しています、とでもいうようにクラスメイトも教師ですら同じような偽物の笑みをカメラの向こうへとアピールしていた。

 誰も彼も、カメラに撮られると、理想の家族、理想の教師、理想のクラスメイトを演じた。

 カメラがないときに、あたしに話しかける人はいない。

 みんな自分がどう立ち回るべきかを一番に考えて、私は優しい人です、と言外にカメラの向こうへ訴えた。

 両親がプライバシーを投げ棄てて密着のカメラを家に入れたことで、我が家の経済は潤った。

 学校では優しいクラスメイトに支えられ、家では家族思いの父が、休日の旅行を提案する。

 悲劇の子どもは、周りの心優しい人間によって、幸せな生活を手に入れた。

 マスコミは、そうありもしない事実を報道し続けた。

 あたしを置いてけぼりにして。

 あたしは次第に苦しくなった。

 真実は違うのに、誰もあたしのことなんかどうだっていいのに、世間には、誤った情報が流れて行く。

 声をあげたくてもあげられない、あたしは『幸せ』なのだと、外堀を埋められ、揺るぎないものになってしまっている。

 こんな環境で育てられたら、不幸なはずはないと、既成事実ができあがっていく。

 誰も、あたしの声を聞いてくれる人はいなかった。

 嘘で塗り固められた環境。

 捻じ曲げられた真実。

 両親によって操作される世論。

 
 夜になると、密着のカメラとスタッフは帰っていく。

 ようやく、あたしに安息の時間が訪れる。

 食後、お酒を飲む両親は、テレビでも観て静かにしていろ、とあたしの存在を迷惑がって畳の部屋へと押し込める。

 寝るまで、あたしは父のコレクションの映画を観て過ごす。
   
 光臣も、脱出計画の参考にしたという映画だ。

 光臣が楽しそうに内容を話していた理由がわかった。

 映画は、面白い。

 あたしが知らない世界を教えてくれる。

 あたしは画面の向こうの世界のとりこになった。

 憧れの俳優さんもできた。

 1日で、一番楽しい時間だった。
 
 そして、映画はあたしにこうささやくのだ。

 自由はその手で掴め、と。

 状況を打開するには、自分が行動し、打ち破るしかないのだと。

 戦え、と。

 その先に、明るい未来が待っている、と。


「あたしはこの色がいいなあ」

 母が、テーブルに広げたカタログを眺めながら、うっとりと言った。

「お前の好きな色にしろよ。
 お前が運転するんだから」

 缶ビールを呑みながら、父がどうでもよさそうに相槌を打っている。

「本当に、車種は好きなのでいいの?」

「予算内ならな。
 好きな車の2台や3台は買える稼ぎはあるだろ」

「本当、英梨がいてよかった。
 密着取材させるだけでこんなに儲かるなんてね」

「娘を溺愛する理想の両親ですってな。
 笑えるよ、全く。
 手記、順調に進んでいるのか」

「うん、お涙ちょうだいって内容に仕上がってるよ」

「お前が文章書くのが得意なんて、知らなかった」

「夢だったんだよねえ、自分の本出すの。
 それより、サクちゃんは?
 来月の講演の準備はどう?」

 母の言葉にビールを呑みながら、父が目を細める。

「作家が書いた原稿読むだけだからな。
 せいぜい理想の両親演じてやるよ。
 地元テレビの取材も入るし、見た目は整えていかないとなあ」

「サクちゃん、昔から人前に出るの好きだったもんね。
 スーツ着て、髭剃れば、
充分なイケメンになれるよ」

 両親が笑い合う。

「英梨さまさまだな。
 これからも頼むよ、金のなる木」

 酔った父が、とろんとした目であたしを見ながら笑う。

 その笑い顔に、寒気がした。

──このままでいたら、あたしは幸せになれない。

 自由は、自分の手で掴み取る。

 虚像の理想なんて、もういらない。

 あたしは、自分の手で幸せになる。

 あの火事を起こしたように。



 母が運転する新車で、あたしたち家族3人は、山道を走っていた。

 母にとって、高級車を乗り回すのは憧れだったようだ。

 マスコミの取材攻撃が落ち着き始めた、秋のとある日。

 高級旅館に泊まろうと、父が言い出した。

 あの施設へ続いた道を思い出させる悪路。

 車はぐねぐねと、細い山道を登っていた。

 車窓から紅葉に染まった木々を眺めながら、あたしは深呼吸した。

 もう、充分美味しい思いはしただろう。

 これ以上、あたしは自分の心が壊れないように、自分の心を守るために、自由を手に入れるために行動する。

 少し離れた位置に、後続の車がいることを確認すると、あたしは行動を開始した。

 カーブでハンドルを操作しようとした母の手を、後部座席から乗り出して手を伸ばし、ハンドルを奪うと、めちゃくちゃに切った。

 車が制御を失い、ぐらりと揺れガードレールが車体を引っ掻く、がりがりとした音が車内に響く。

「馬鹿!
 なにすんだよ!」

「きゃあっ、やめて、落ちる、落ちる!」

 車内は阿鼻叫喚の坩堝となった。

 助手席の父が、ハンドルからあたしの手を離そうとするが、もう遅い。

 車は、ガードレールを突き破って、深い渓谷へと落下していった。

 父と母が断末魔の叫びを上げる。

 あたしも、覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。

 浮遊感。

「きゃああああっ!」

 母の叫び声がする。

 衝撃が駆け巡り、身体中が打ち付けられる。

 上下左右もわからなくなり、ただ重量に逆らわず車は落下していく。

 永遠にも、刹那にも感じる時間を過ごして、やがて車が地面に叩きつけられたことがわかり、車体がバウンドした。

 全身に痛みが走り、舌を噛んだ。

 あたしの意識は、遠くなった。

 無音が世界に訪れた。


 目を醒ましたとき、自分がどこにいるのか、すぐにはわからなかった。

 身体中が痛い。

 身体が動かない。

 ぼんやりと見上げる白い天井、鼻をつく消毒の匂い。

 ああ、ここは地獄ではない、病院だ。

 助かったのだ、あたしは。

 点滴に繋がれた手で、頭に触れる。

 包帯のざらざらという感触がした。

「先生、竜田さんが目を醒ましました!」

 視界の端に、看護師さんの姿が映り、叫び声が聞こえた。

 すぐに足音が近づいてきて、中年のお医者さんが、あたしの顔を覗き込んだ。

「英梨ちゃん、わかる?
 痛いところ、ないかな?」

 痛いところしかないが、あたしは肯定の意味で顎を引く。

「よかった、大丈夫そうだね。
 ここは病院だよ、すぐに良くなるからね」

 あたしは、無理やり喉からかすれた声を絞り出した。

「お父さんと、お母さんは……?」

 先生と看護師さんが気まずそうに顔を見合わせる。

 その反応だけで、あたしは理解した。

「駄目だった、んですね?」

 先生は重々しくうなずいた。

 父と母は死んだ。

 あたしが、殺した。

 自分も助かる見込みのない計画だと思っていた。

 死んでも構わない、そんなやけっぱちのような作戦だった。

「……誰が、助けてくれたの……?」

「後ろを走っていた車の運転手の男性が、通報してくれたのよ」

 思ったとおりの展開に、あたしは笑いを隠せない。

 保険として、すぐに通報してもらえるように、後続の車があることを確かめていた。

 賭けであることは、間違いなかった。

 こうして、あたしは自由を手に入れた。

 マスコミはこの事故を、悲劇と派手に報じた。

 親子水入らずの旅行の途中で起きた、不幸な事故。

 助かったのは、仙道事件の生還者の子どもだけ。

 あたしは、悲劇のヒロインとして同情を集め、親戚だという夫婦が引き取りたいと名乗り出た。

 しかし、人と上手く関係性を構築できないあたしは、同情だけでは乗り越えられないくらいに可愛くない子どもだった。

 すぐに夫婦はあたしに愛想を尽かし、あたしはまた、孤独になった。

 でも、後悔はなかった。

 あたしは新しい感情を知った。

『他殺』とは、こうも甘美なものなのか。

 罪を犯すということは、こんなにも自分を救ってくれるのだと。

 あたしにはもう、超えてはならない一線などなくなった。

 歪んでいると思う。

 おかしいと思う。

 人を殺しておいて、笑っているなんて。

 でも、これがあたしなんだ。

 嘘偽りのない、竜田英梨。

 親戚の家で居心地の悪い毎日を送っているとき、遥があたしを探し出し、連絡してきた。

 遥は、『授業』のメンバーと連絡をとっていると言った。

 あたしが孤独になったことも知っていた。

 同じ高校に進学しよう、そう持ちかけられた。

 みんなとも、そう話しているという。

 引き取り先の夫婦の迷惑にならない程度の頻度で電話してあたしたちはつらい境遇を慰め合った。

 中学校では、目立たないよう空気のように過ごし、受験勉強に没頭した。

 高校に近い下宿先も、自分で探した。

 こうして、あたしは自分で生きる道を切り拓き、高校でみんなと再会を果たした。


──雨は降り止まない。

「……怜奈」

 すぶ濡れになりながらわたしが立ち尽くしていると、遥が言った。

「怜奈、一度も姿を見てない……。
 まさか、女神を持ってるのは、怜奈……?」

 あの怜奈が、仲間を撃つなんて考えられないと思いつつも、もう他に容疑者がいないのも事実だった。

「……探しに行った方がいいかな」

 わたしが反対しようと口を開いたときだった。

「見つけた!人殺し!」

 甲高い声が、そう叫んだ。

「怜奈!」

 遥が警戒も顕に怜奈を睨みつけると、怜奈はなにかを身体の前に突き出した。

「あんたが女神でみんなを殺したんでしょ、白状しなさい!」

 怜奈は、どこかの民家から持ち出してきたのか、錆びついた包丁を震える手に握っていた。

 切っ先をわたしたちに向けると、「女神を渡して!」と金切り声で威嚇する。

「落ち着いて、怜奈。
 私は女神なんか持ってない」

 遥が、なにも持っていないことをアピールするように両手を広げてみせる。

「動かないで!
 もういないのよ、女神を持ってる容疑者が!」

 このままでは、怜奈に遥が刺されてしまう。

 あの錆びた包丁に、どれくらいの殺傷能力があるかは不明だが、仲間内で傷つけ合うのは見たくない。

 しかし、怜奈は普通ではない。

 目が血走っていて、今すぐにでも、駆け出して遥を刺しても不思議ではない。

 どうしよう、わたしは焦った。

 焦った、そのとき。

 ばん、と轟音が暗闇と土砂降りの雨音を切り裂いて鳴り響く。

 一拍遅れて、どさっと怜奈の身体が前向きに倒れた。

「……え」

 わたしと遥は言葉を失った。

 怜奈の後ろに立つ、人物を見たからだった。



──あの火事で、子どもと職員を逃げられないよう、施設に閉じ込めた実行役は私だ。

 多恵がエレベーターで1階へと向かい、英梨が火災を起こし、遥とともに2階フロアを去ってからが、私の役目だった。

 もうもうと炎と煙が上がる中、私は職員を探して、走り回っていた。

 怖いよ、と職員に抱きつき、動きを封じた隙に、職員が首から提げているカードキーを奪った。

 子どもを避難させようとしていた職員は4人。

 全員からカードキーを奪うと、煙に巻かれながら、エレベーターホールとフロアを分断するガラス扉の外へ出て、カードキーでロックする。

 それに気づいた職員が、ガラス扉をめちゃくちゃに叩いて助けを求めるが、私は構わず3階フロアへと向かった。

 2階と構造は違わない。

 3階フロアに続くガラス扉は開いていた。

 職員たちが、子どもを避難させるため、小部屋から子どもを引きずり出している。

 やはり、職員は4人。

 混乱に乗じて、私はカードキーを奪っていった。

 どんどん煙は濃くなる。

 時間との勝負だった。

 警報がけたたましく鳴り響く中、私は全ての職員からカードキーを奪うことに成功した。
 
 エレベーターホールへ出ると、唯一の脱出先であるガラス扉を外からロックし、職員と子どもたちを閉じ込めた。

 あつい、痛い、苦しい、と子どもが訴える声がする。

 1階にいたのであろう大人たちが、階段とエレベーターで2階と3階に駆けつけるのを尻目に、私は火の手が回らないうちに、避難することにした。

 階段を駆け下り、1階へと向かう。

 誰もいないエントランスを突っ切り、玄関扉を抜ける。

 そこにはすでに、みんなが揃っていた。

 ほっと一安心する。

──そうだ、私たちを苦しめた施設の人間なんて、みんな、みんな、死んでしまえばいい。

 そして、私たちが経験したこの7年という歳月も、みんな消えてしまえばいい。

 これからは、普通の子どもとして生きていける。

 失った時を取り戻すのだ。
 


 辿り着いた邸宅は、車窓から眺めたどの住宅よりも、立派なものだった。

 私、足利怜奈の実家は、近所でも有名な富豪だった。

 火事から助け出され、身元が判明した私を迎えにきた両親は、とても上品な雰囲気の優しげな夫婦だった。

 私より1歳年下だという弟も、清潔なシャツと半ズボンで、育ちの良さそうな印象を与える大人しい子だった。

 私たち家族を写真におさめると、マスコミは奇跡の再会を執拗に報じた。

 私は病院から誘拐された子どもだった。

 大富豪の令嬢が誘拐されたとあり、身代金目的の誘拐ではないかと、事件当時、少しマスコミを賑わせたらしい。

 両親は、私の生存を諦め、弟ができた。

 そして、7年越しに再会した家族。

 7年前、世間を騒がせたあの誘拐された子どもが、生きていた。

 マスコミが飛びつかないわけがなかった。

 巻き込まれたのが、『仙道事件』だったことが、さらに世間の好奇心を煽った。

 小綺麗なスーツ姿でマスコミの前に出てきた両親が、感極まっている様を、カメラのフラッシュが襲った。

 ぱりっとしたスーツ姿の運転手が運転する大きな車に乗り込み、そうして、帰ってきたのが、この豪邸。

 古めかしくて、でも厳しい門が自動で開き、車は滑るように玄関の正面に停止した。

 車内から除き見ると、広い庭は柔らかそうな芝生が敷き詰められていて、背の高い木々が並ぶ他に、名前はわからないけど可憐な花が色鮮やかに咲き誇っていた。

「お帰りなさいませ、旦那様、奥様、坊ちゃま」

 細かな模様が細工されたおしゃれな玄関扉を開けると、年配の女性が深々と頭を下げて私たちを、いや、家族を迎えた。

 しわが深い彼女は、私を見るなり、「まあまあ!」と目を丸くして優しく微笑んだ。

「お初にお目にかかります、怜奈お嬢様。
 わたくしは、家政婦の早苗と申します。
 お嬢様がお生まれになる前から働かせていただいておりますが、あのようなことになってしまって……。
 ご無事の帰還、お待ちしておりました、どうぞ、中へ」

 早苗さんが並べてくれたスリッパに足を突っ込んで、真っ白い床をぱたぱたと歩くと、高い高い天井の、目もくらむような明るさのリビングに案内された。

 大型の画面、コの字型のソファ、壁一面の本棚。

 本棚が、施設を去るときに目にした『リビング』を思い起こさせる。

 骨董品、絵画、賞状、トロフィー、謎のオブジェ……。

 部屋にはこれでもかと、装飾が施され、吹き抜けの天井では、扇風機のような羽根が回転していた。

 リビングの横には、10人は座れそうなダイニングテーブルがある。

「怜奈お嬢様、飲み物は、なにがお好みでしょうか?」

「……飲み物?」

 飲み物と言われて思いつくのは、水と牛乳以外ない。

「紅茶に抹茶ラテ、オレンジジュースや炭酸飲料にスポーツドリンク、色々ご用意できますが」

「オレンジジュースでいいわよね」

 戸惑っている私に、母が助け舟を出してくれた。

 私はとりあえずうなずいておいた。

 レースのテーブルクロスにオレンジ色の飲み物が置かれる。

 そっと口をつけると、「甘い!」とつい言ってしまった。

 美味しい。

 私はすぐに飲み干してしまい、そんな私をみんなが見つめていることに気づいて、急に恥ずかしくなってしまった。

「もうすぐ夕食もご用意できます、少しお待ちくださいね、お嬢様」

 オレンジジュースのおかわりを注ぐと、早苗さんはキッチンへと消えていく。

「では、私は席を外させてもらうよ、怜奈、夕食を楽しんで」

 帰ってきたばかりだというのに、父がかばんを持って、廊下へ出ようとする。

「あなた、怜奈が帰ってきたのよ?
 こんなときくらい、一緒に夕食を摂れないの?」

 母が、急に刺々しい声になったことに、私は驚いて両親の遣り取りを緊張の面持ちで見つめてしまった。

 すぐる、という名前だという弟は、静かに椅子に座って私と同じオレンジジュースを飲んでいた。

「仕事なんだ、仕方ないだろう。
 早く帰れるようにするから」

「どうだか。
 私がなにも知らないとでも思ってるの?
 どうせ今夜もあの女のところに泊まるんでしょう、馬鹿にしないで」

「あの女?
 誰のことだ。
 子どもの前だ、やめないか」

「またとぼけて!
 あなたが浮気しているのはひとりやふたりじゃないでしょうに。
 知ってるんだから、私。
 あなたは外面だけはよくて、家族を持ったのだって体面を気にしてのことなんでしょう。
 だから怜奈が誘拐されたときも、今も、なんとも思わない、家族なんて二の次、そういう人よね、あなたは!」

「なんとでも言え!
 そんなに私が気に入らないのなら、さっさと出て行けばいい。
 それをしないのは、私の資産を好き勝手使えなくなるのが嫌だからだろう。
 私のことを言えないだろ」

「話を逸らさないで!
 あなたはいつもそう、うんざりだわ」

 父は唇を歪めると、母の横をすり抜けて出て行ってしまった。

 私は困り果てて、おろおろとするばかりだ。

 父の背中を睨んでいた母は、ぱっと表情を変えると、私に笑いかけた。

「ごめんねえ、怜奈、騒がしくて。
 あなたは、パパみたいになっては駄目よ。
 ママの言うことを聞いていれば、必ず上手くいくから。
 いいわね?」

 母──ママの笑顔には、反論を一切許さない圧力のようなものがあって、怖くなって私は何度もうなずいた。

 夕食前に案内された私の部屋は、施設の小部屋の2倍の広さがあった。

 お姫様が住むような部屋だと思った。

 純白で細かい花の模様が入ったベッド、純白で猫足の学習机、純白のクローゼット、クローゼットの中のおしゃれな子ども服……。

 見渡す限り、ママの趣味が詰まった部屋に、私は尻込みしてしまう。

「毎日服はこの順番で着るのよ。
 筆記用具も揃えてあるからね」

 ママは机の上を指差す。

 なにからなにまで、必要なものは、完璧に揃えられていた。

 正直、私の好みではない。

 鉛筆の一本に至るまでママの趣味が詰め込まれた部屋に、早くも私は息苦しさを感じていた。

「時間割りはここに貼ってあるからね、この通りに行動するのよ」

 机の前の壁には、紙に描かれた円グラフがあり、就寝時間、起床時間、勉強の時間から習い事の時間、食事の時間、読書の時間、お風呂の時間に至るまで、分刻みのスケジュールが厳格に定められていた。

 これを、毎日守るというのか?

 私の不安そうな表情に気づいて、ママはにっこりと、あの圧を感じさせる笑顔を浮かべてみせた。

「大丈夫よ、すぐるだってきちんとスケジュール通りに生活できているんだから、怜奈もすぐ慣れるわ。
 いい?ママの言う通りにすれば、なにも問題は起こらないの。
 さ、お夕食を食べにいきましょう」

 部屋の電気を消すとママは、さっさと出て行ってしまった。

 私は暗くなった自分の部屋を振り返って、暗澹たる気持ちになった。


 9月の新学期から、私は小学校へ通い始めた。

 そこは、いわゆるお金持ちの子女が通う学校のようで、クラスメイトは、ブランド物の服を着て、気品溢れる育ちの良い子どもばかりだった。

 中でも、足利というのは、教師からも一目置かれる存在のようで、私は教師たちから丁重な扱いを受けていた。

 私が巻き込まれた事件のことを知っているはずだが、クラスメイトは誰もそのことを訊いてきたり、茶化したりはしなかった。

 よく教育されていると思った。

 勉強には、なんとかついていけたが、中々友達を作るというのは難しいことだった。

 ママが作ったスケジュールにも、苦しめられた。

 満点のテストを持ち帰ると、ママは機嫌が良いのだが、90点を下回ると、烈火のごとく怒り出す。

 私の全人生、全人格を否定するような、そんな怒り方をした。

 不甲斐ない点をとった日は、睡眠時間を削られて、勉強を強いられる。

 塾にピアノ、水泳に英会話、慣れない外の生活を送るだけで大変だというのに、ママは私に次から次へと習い事をさせる。

 当然ついていくことができず、ママの満足のいく成績を出せなかったときは、気が済むまで詰られた。

 すぐるも似たようなものだった。

 どうしてすぐるが、常に無表情で、喜怒哀楽に乏しいのか、私はすぐに理解した。

 ママの思い通りにならないと怒られるという怯え、または人格を否定されすぎて、心が壊れてしまっている、そんなところだろう。

 パパは、ほとんど帰ってこなかった。

 ママの言う通り、浮気をしているのかもしれない。

 気に入らなければヒステリックに叫び散らすママの相手を毎日していれば、逃げ出したくもなるよな、と私はパパの方に同情した。

 疲労困憊になりながら毎日をこなしていたある夜。

 私とすぐるは、同じ学習塾から帰途についていた。

 駅前のコンビニの前まできたとき、お姉ちゃん、とすぐるが私を呼んだ。

 珍しいこともあるな、と驚く私に、すぐるがコンビニを指差して見せた。

「面白いこと、教えてあげる」

 そういうなり、すぐるは私の手を引いて、コンビニへと入って行った。

 愛想の悪い店員の目から逃れるように、お菓子が陳列されているコーナーに行くと、チョコレート菓子を無造作に掴み、いくつかまとめてズボンのポケットに入れる。

 そのあまりの大胆な行動に、私は目を疑った。
 
 万引き、というのだったか。

 お金を払わずに商品を盗む行為。

 犯罪だ。

 すぐるは、店員と監視カメラの死角に行くと、さらに数個、お菓子をかばんの中に詰め込む。

「行こう」

 すぐるがまた私の手を掴んで早足で店を出る。

 駐車場を突っ切って、コンビニから離れた位置から、店内を眺め、店員に動きがないとことを確かめると、見たこともないような、満面の笑みを浮かべてみせた。

「やったね、成功」

 いたずらが成功して喜んでいる純粋な子どものように、すぐるは笑った。

「……すぐる、こういうのって、いけないんじゃないの?」

 すると、途端にすぐるは唇を尖らせて、仏頂面になって言った。

「日頃の鬱憤を晴らしてるだけだよ。
 別に、誰も傷つけていない。
 僕たちはママの言いなりになって、頑張ってるんだから、このくらい許されるだろ。
 お姉ちゃんもやってみたら?
 スリル満点で、達成感があるよ」

 一切罪悪感を感じていないとばかりに無邪気にそういうすぐるの神経が理解できなかった。

「……なんだ、お姉ちゃんて意外とつまらないんだね。
 教えるんじゃなかった」

 すぐるは戸惑っている私に冷たい視線を送ると、青に変わった信号を渡って行ってしまった。

 私が動けないでいると、横断歩道を渡った先で、盗んだお菓子を嬉しそうにすぐるが頬張っているのが見えた。

 ああ、やっぱりすぐるは歪んでいる、壊れている。

 あんな生活を生まれてからずっと強要されていれば、あんなふうになるのも当然なのかもしれない。

 私は、見なかったことにして、すぐるの後を追った。
 

 冬の足音が聞こえ始めた秋が深まったとある日。

 突如として私はクラスメイト全員から無視されるようになった。

 理由がわからない。

 なにか、みんなに嫌われることをしたのかと、私は思い悩んだ。

 しかし、ママに相談することはできなかった。

 自分の子どもがいじめられているなんて、ママのプライドが許さないのではないかと考えたからだ。

 お上品だと思っていたクラスメイトの裏切り。

 いじめは密かに、静かに進行していった。

 持ち物を壊されたり、汚されたり隠されたりすることはない。

 ただ、目に見えない幽霊のように、あるいは空気のようにクラスメイトから無視される。

 私も私で、もともと人間関係の構築が下手だから、こちらから話しかけたりはできなかった。

 どうして私をいじめるの?

 誰にも聞けないなか、私はどんどん追い詰められていった。

 勉強にも身が入らなくなり、習い事でもミスを連発した。

「どうしてこんな点数しか取れないの!
 こんな出来の悪い子どもなんていらないのよ!
 ピアノの先生からも、怜奈さんはなにかあったんですか、なんて連絡がきたのよ。
 ママに恥ずかしい思いはさせないで頂戴!」

 ママは、早苗さんに、私に夕食は与えないよう指示をして、私を部屋へ押し込むと、外から鍵をかけた。

「勉強しなさい!」

 扉の向こうからママの声が飛んでくる。

 怒っています、とアピールするかのように、どすどすと足音を立てて、階段を下りて行った。

 私の目からは、自然と涙が溢れ出していた。

 地獄だ、と思った。

 私なりに、できる限りの努力はしてきたつもりだった。

 ママの期待に応えようとしてきたつもりだった。

 こんな生活、もう耐えられない。

 あの施設にいた方が、ずっとましだった。

 みんなが、いた。

 みんなが、『授業』が懐かしい。

 
 寝不足と空腹感をごまかしながら、重い身体を引きずって学校へ向かった。

 学校もまた、地獄だった。

 しかし、この日は少し違った。

「足利さん……」

 私を、誰もいない女子トイレで呼び止めたのは、クラス委員の大山さんだった。

「あのね、どうしてみんなから無視されるようになったか、知ってる?」

 クラス委員をつとめ、正義感の強い大山さんは、私が無視されていることに、胸を痛めている様子で、これまでも、なにか私に言いたげに何度か目が合ったことがあった。

「……知らないけど」

「あのね、クラスメイトの浅川さん、いるでしょ。
 この間から休んでる」

「……ああ」

 私は、かろうじて記憶に残っている浅川さんの顔を思い出しながら曖昧にうなずく。

「浅川さんのママ、死んじゃったの、自殺だって」

「……え」

「でね、遺書が残されてたの」

「……いしょ……?」

 大山さんは、スマホを取り出すと、私に画面を見せた。

 SNSに書き込まれた文章を目で追う。
 
 浅川さんのママのアカウントらしい。

『ママ友の幹子(みきこ)さんのいじめに耐えられません。
 幹子さん、私がいたらないばかりに、いつもいらいらさせてごめんなさい。
 あや、パパ、勝手なママでごめんね、さようなら』

「幹子さんって、足利さんのママのことだよね。
 足利さんのママが、浅川さんのママをいじめて、自殺させた……。
 みんな、自分のママから聞いて知ったの。
 浅川さんのママ以外にも、いじめられてたママがいたみたいで、みんな怒ってる。
 足利さんのママが自分のママをいじめたから、復讐で、みんなで足利さんをいじめようって、そう決まったみたい。
 私は、足利さんをいじめるのは違うと思うって、言ったんだけど」

 私は、画面から視線を剥がせずにトイレの出入りで立ち尽くしてしまった。

 大山さんが気の毒そうに私を見ている。

 ママの性格上、自分の思い通りにならない人を攻撃することは充分考えられる。

 いじめるなんて、最低だ。

 ママがいる限り、私はいじめから逃れられない。

 ショックを受けながら帰宅したが、ママがいじめをしていたこと、そのせいで私までいじめられたことを話す気にはなれなかった。

 ママがヒステリックに叫ぶ姿を見るのはもううんざりだった。

 そしてついに、私に限界が訪れた。


 ママとすぐると、パパのいない夕食を終え、お風呂から出ると、入れ違いに早苗さんが掃除するためお風呂へ入っていくのをなんとなく眺めていたとき、早苗さんが持っている掃除道具に目を奪われた。

『混ぜるな危険』

 そう書いてある薬品を混ぜると、有害な毒が発生する……、そんな知識が頭をかすめる。

 部屋に戻った私は、パソコンで検索した。

 塩素系の漂白剤や洗浄剤と、酸性タイプの洗剤や洗浄剤を混ぜるとガスが発生し、死の危険がある。

 手に入れられない代物ではない。

 私は一計を案じた。

 珍しく憔悴した様子のパパが帰ってきて、食事を終えるとさっさと寝室に行ってしまった。

 ママも、日付けが変わるころに寝室へ入って行った。

 早苗さんが帰ったことを確認し、今日こそが作戦を決行するにふさわしい日だと、私は決断した。

 すぐるの部屋に向かい、寝ぼけ眼のすぐるを両親の寝室へと入れる。

 ストックしてあった塩素系の漂白剤と、酸性タイプの洗浄剤をバケツにどぼどぼと注ぎ、混ぜた。

 つん、と鼻をつく消毒のような匂いに、袖で鼻と口を覆う。

 目が痛くなってきたので、慌ててボトルの中身すべてをバケツに注ぐと部屋を出た。

 すぐに起き出して、作戦が失敗する公算の方が高いと思っていたけれど、誰かが部屋から出てくる気配はなかった。

 息を詰めて時間が経過するのを、自分の部屋のベッドに潜り込んで待っていた。

 1時間、2時間……眠れない夜が過ぎていく。

 物音に耳を澄ませたまま、緊張した時間を経て、空が白み始めたころ、私は作戦の成功を確信した。


 末期の胃がんだと診断された父が起こした無理心中事件。

 私は警察の人に聞いて初めて、父が病気であることを知った。

 なんという偶然だろう。

 無理心中の強固な理由が、私の知らないところで出来上がり、状況が信ぴょう性を裏付けてくれた。

『仙道事件』で生き残った私をまた巻き込むのは忍びない、だからパパは私を殺すことはしなかった。

 私がなにも発信していないにも関わらず、世間はそう解釈した。

 莫大な遺産を手にした私は、早苗さんとふたりで暮らし始めた。

 ママが死んだとあって、私をいじめる子どもはいなくなった。

 私は自由と平穏を手に入れた。

 家族が死んだのに笑っている。

 自分で自分は歪んでいると思う。

 だって、『他殺』とは、なんて耽美な響きなんだろう。

 魅力的なんだろう。

 私のもとに遥から連絡が来たのは、冬の終わりの日のことだった。 
 
 『授業』のみんなと連絡を取り合っているという。

 同じ高校に進学しようと約束しているとも。

 私は、すぐに賛同し、目標を定めた。

 なににも縛られることなく私立の中学校で3年間を過ごし、無事に高校へ合格し、みんなと再会を喜び合った。