「お疲れさま、空くん」
バスケの練習が終わったあと、六花が僕にタオルを差し出しながら、こう尋ねた。
「ねえ。明日が何の日か、わかる?」
「何の日って……ああ、明日は土曜日だよな」
停学中だから曜日はほとんど気にしてないけど、土日は別だ。六花とより長い時間を過ごせる日だから、ちゃんとチェックしている。
だが、六花は僕の答えを聞いて、不満そうに口を尖らせた。
「そういう意味じゃないよ。明日はね、私たちが出会ってから、ちょうど一週間目の記念日なの!」
言われてみれば、六花が毎日バスケのコーチをしてくれるようになって、今日で五日だ。僕たちが出会ったのはこの前の土曜日だから、確かに明日でちょうど一週間……って、そんなことよりも、そう言って微笑んだ六花の顔があまりに嬉しそうで、可愛くて、僕は思わず見惚れてしまった。
そんな自分が照れ臭くなって、ついぶっきら棒に問い返してしまう。
「普通、記念日って年ごとに祝うものじゃないか?」
「うん、そうだね。変だったかな……ごめんなさい」
余計なことを言ってしまったのか、六花の表情が途端に暗くなった。
「いや、女の子は記念日を大事にするって聞くしな。ごめん、僕が悪かった」
「ううん、空くんは悪くないよ」
慌てて謝ったが、今度の微笑みはさっきとは打って変わって弱々しい。ここは話題を変えた方がいいだろうか。でも、いったい何の話を……。
焦ってギュッと握りしめた手に、さっき六花に渡されたタオルがあった。
「それにしても、六花の家のタオルはいいな。フワフワして、花のような香りがする」
「別に普通だよ」
「そうか? うちのタオルはペラペラで、時々変な臭いがするぞ」
変なところで力説したのがおかしかったのか、六花はくすくすと笑った。
その笑顔を見てホッとする。もっとも、さっき言ったことは嘘じゃない。だって六花の家のタオルはデザインも色もおしゃれで、うちのとは全然違うタオルに見えるから。
「まあ毎日使ってたから、タオルには多少詳しいかな。選び方もあるけど、手入れにもちょっとしたコツがあってね。たっぷりの水で洗って、洗ったあとはしっかりと振ること。そうすると、織り目が立ってフワフワになるの。干す時は、風通しの良い日陰でね。匂いに関しては、うちはハーブの袋を一緒に干してるんだ」
六花は人差し指を立てて、得意げに説明する。
「ただタオルを洗って干すだけで、そんなに手間をかけるのか? 僕は女の子が使うものだから、自然にいい匂いになるんだと思ってた」
「あはは、そんなわけないって」
そう言って笑った直後に、六花の目がキラリと光った。
「ん?“女の子が使うものだから”って、どういう意味?」
「そりゃあ、六花自身が、その……」
ついうっかり口を滑らせそうになって、慌ててあさっての方を向く。
「え? 今、なんて言ったの?」
視線を逸らしたはずなのに、その先に笑顔の六花がいた。
本当に意地が悪い。僕の目の動きを追って移動したんだろう。
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
「私自身がいい匂いだってこと?」
「ちゃんと聞こえてるんじゃないか!」
思わず出てしまった大声に、六花の楽しそうな笑い声が重なる。
「ごめんごめん。私、コロンとか香水はつけてないから、シャンプーの匂いかな。あ、もしかしたら服の匂いかも。クローゼットに、アロマサシェを入れてるから」
「アロマ、サシェ?」
「ハーブやアロマを入れた香り袋のことね。私はレモングラスがお気に入りなんだ」
六花の口調はポンポンと弾むようで、表情は相変わらず得意げだ。その楽しそうな様子に僕もつい気持ちが浮ついて、またも口を滑らせてしまった。
「レモングラスって、レモンみたいな匂いなんだろ? でも、六花の匂いはもっと……」
そう言いかけると、六花が突然、白けたような表情になった。
「空くんのエッチ」
「いや、それは……」
さっきまでとはまるで違う、少しかすれた声でそう言いながら、六花が慌てる僕を上目遣いで見る。その右手がゆっくりと、ピンク色のジャージの胸元へと動いた。
ジッパーを下げる手元を、ついまじまじと見てしまう。ジャージの下から現れた白いTシャツを、六花は指で摘まんで匂いを嗅ぐ仕草をしてから、もう一度僕の顔を見つめた。
「嗅いでみたい?」
「えっ、いいのか?」
思わず聞き返してから、しまった、と気づく。その時にはもう、六花の明るい笑い声が辺りに響いていた。
「残念でした、だめに決まってるじゃない。やっぱり空くんってエッチだね。身の危険を感じちゃうなぁ」
「……六花が煽るようなこと言うからじゃないか」
「ごめん。だって空くんをからかうと、楽しいんだもん」
さっきとはまるで違う六花の表情。そう、あれはやっぱり彼女のイタズラ……と呼ぶには少々度が過ぎた、悪ふざけだったんだ。
「まあ六花になら、からかわれてもいいけどな。でもそんな無防備だと、いつか本当に襲われるぞ?」
実際、六花がさっきジャージの前を開けた時はドキリとした。薄いTシャツの上から、胸の形がはっきりと見えたから。
「大丈夫、空くん以外にはこんなことしないよ」
「六花は僕をどうしたいんだよ……」
あっけらかんとした返事に思わずため息をつくと、六花は人差し指をピンと立てて、悪戯っぽく笑った。
「言ったよね、私の虜にしたいって」
「だから、それは何のために?」
「うーん、そうだなぁ。運命を殴り飛ばすためかな?」
「そんな説明じゃ、ちっともわからないぞ」
あはは……と六花がまた明るく笑う。そんな彼女の顔を見て、僕はこれ以上追求するのをやめた。
六花の言葉はいつも肝心なところが抽象的で、結局ははぐらかされてしまう。きっと僕がバスケで勝つまでは、本当のことを教えてくれないんだろう。
気を取り直して、今度は僕から六花の方に向き直る。さっきの彼女との会話から、ちょっと思いついたことがあった。
「なあ、六花。さっき、明日は僕たちが出会って一週間目の記念日って言ったよな」
「うん」
「じゃあそのお祝いに、明日は一緒に出かけないか? 僕が奢るよ」
六花にからかわれた時とはまた違った緊張感を覚えながら、思いきってそう提案すると、六花はぱぁっと顔を輝かせた。
「ほんと? 行きたい! あ、でも午前中は用事があるから、午後からでいい?」
「ああ、もちろん。用事が済んで準備ができたら連絡してくれ」
「ありがとう、空くん。楽しみにしてるね」
六花の嬉しそうな笑顔にまた見惚れてしまいそうになって、僕はさりげなく視線を逸らしながら頷く。
初デート以来、毎日のように会っているけど、それは全てバスケの練習だ。明日は正真正銘のデートだと思うと、僕も何だか急にソワソワしてきた。
バスケの練習が終わったあと、六花が僕にタオルを差し出しながら、こう尋ねた。
「ねえ。明日が何の日か、わかる?」
「何の日って……ああ、明日は土曜日だよな」
停学中だから曜日はほとんど気にしてないけど、土日は別だ。六花とより長い時間を過ごせる日だから、ちゃんとチェックしている。
だが、六花は僕の答えを聞いて、不満そうに口を尖らせた。
「そういう意味じゃないよ。明日はね、私たちが出会ってから、ちょうど一週間目の記念日なの!」
言われてみれば、六花が毎日バスケのコーチをしてくれるようになって、今日で五日だ。僕たちが出会ったのはこの前の土曜日だから、確かに明日でちょうど一週間……って、そんなことよりも、そう言って微笑んだ六花の顔があまりに嬉しそうで、可愛くて、僕は思わず見惚れてしまった。
そんな自分が照れ臭くなって、ついぶっきら棒に問い返してしまう。
「普通、記念日って年ごとに祝うものじゃないか?」
「うん、そうだね。変だったかな……ごめんなさい」
余計なことを言ってしまったのか、六花の表情が途端に暗くなった。
「いや、女の子は記念日を大事にするって聞くしな。ごめん、僕が悪かった」
「ううん、空くんは悪くないよ」
慌てて謝ったが、今度の微笑みはさっきとは打って変わって弱々しい。ここは話題を変えた方がいいだろうか。でも、いったい何の話を……。
焦ってギュッと握りしめた手に、さっき六花に渡されたタオルがあった。
「それにしても、六花の家のタオルはいいな。フワフワして、花のような香りがする」
「別に普通だよ」
「そうか? うちのタオルはペラペラで、時々変な臭いがするぞ」
変なところで力説したのがおかしかったのか、六花はくすくすと笑った。
その笑顔を見てホッとする。もっとも、さっき言ったことは嘘じゃない。だって六花の家のタオルはデザインも色もおしゃれで、うちのとは全然違うタオルに見えるから。
「まあ毎日使ってたから、タオルには多少詳しいかな。選び方もあるけど、手入れにもちょっとしたコツがあってね。たっぷりの水で洗って、洗ったあとはしっかりと振ること。そうすると、織り目が立ってフワフワになるの。干す時は、風通しの良い日陰でね。匂いに関しては、うちはハーブの袋を一緒に干してるんだ」
六花は人差し指を立てて、得意げに説明する。
「ただタオルを洗って干すだけで、そんなに手間をかけるのか? 僕は女の子が使うものだから、自然にいい匂いになるんだと思ってた」
「あはは、そんなわけないって」
そう言って笑った直後に、六花の目がキラリと光った。
「ん?“女の子が使うものだから”って、どういう意味?」
「そりゃあ、六花自身が、その……」
ついうっかり口を滑らせそうになって、慌ててあさっての方を向く。
「え? 今、なんて言ったの?」
視線を逸らしたはずなのに、その先に笑顔の六花がいた。
本当に意地が悪い。僕の目の動きを追って移動したんだろう。
「……いや、なんでもない。忘れてくれ」
「私自身がいい匂いだってこと?」
「ちゃんと聞こえてるんじゃないか!」
思わず出てしまった大声に、六花の楽しそうな笑い声が重なる。
「ごめんごめん。私、コロンとか香水はつけてないから、シャンプーの匂いかな。あ、もしかしたら服の匂いかも。クローゼットに、アロマサシェを入れてるから」
「アロマ、サシェ?」
「ハーブやアロマを入れた香り袋のことね。私はレモングラスがお気に入りなんだ」
六花の口調はポンポンと弾むようで、表情は相変わらず得意げだ。その楽しそうな様子に僕もつい気持ちが浮ついて、またも口を滑らせてしまった。
「レモングラスって、レモンみたいな匂いなんだろ? でも、六花の匂いはもっと……」
そう言いかけると、六花が突然、白けたような表情になった。
「空くんのエッチ」
「いや、それは……」
さっきまでとはまるで違う、少しかすれた声でそう言いながら、六花が慌てる僕を上目遣いで見る。その右手がゆっくりと、ピンク色のジャージの胸元へと動いた。
ジッパーを下げる手元を、ついまじまじと見てしまう。ジャージの下から現れた白いTシャツを、六花は指で摘まんで匂いを嗅ぐ仕草をしてから、もう一度僕の顔を見つめた。
「嗅いでみたい?」
「えっ、いいのか?」
思わず聞き返してから、しまった、と気づく。その時にはもう、六花の明るい笑い声が辺りに響いていた。
「残念でした、だめに決まってるじゃない。やっぱり空くんってエッチだね。身の危険を感じちゃうなぁ」
「……六花が煽るようなこと言うからじゃないか」
「ごめん。だって空くんをからかうと、楽しいんだもん」
さっきとはまるで違う六花の表情。そう、あれはやっぱり彼女のイタズラ……と呼ぶには少々度が過ぎた、悪ふざけだったんだ。
「まあ六花になら、からかわれてもいいけどな。でもそんな無防備だと、いつか本当に襲われるぞ?」
実際、六花がさっきジャージの前を開けた時はドキリとした。薄いTシャツの上から、胸の形がはっきりと見えたから。
「大丈夫、空くん以外にはこんなことしないよ」
「六花は僕をどうしたいんだよ……」
あっけらかんとした返事に思わずため息をつくと、六花は人差し指をピンと立てて、悪戯っぽく笑った。
「言ったよね、私の虜にしたいって」
「だから、それは何のために?」
「うーん、そうだなぁ。運命を殴り飛ばすためかな?」
「そんな説明じゃ、ちっともわからないぞ」
あはは……と六花がまた明るく笑う。そんな彼女の顔を見て、僕はこれ以上追求するのをやめた。
六花の言葉はいつも肝心なところが抽象的で、結局ははぐらかされてしまう。きっと僕がバスケで勝つまでは、本当のことを教えてくれないんだろう。
気を取り直して、今度は僕から六花の方に向き直る。さっきの彼女との会話から、ちょっと思いついたことがあった。
「なあ、六花。さっき、明日は僕たちが出会って一週間目の記念日って言ったよな」
「うん」
「じゃあそのお祝いに、明日は一緒に出かけないか? 僕が奢るよ」
六花にからかわれた時とはまた違った緊張感を覚えながら、思いきってそう提案すると、六花はぱぁっと顔を輝かせた。
「ほんと? 行きたい! あ、でも午前中は用事があるから、午後からでいい?」
「ああ、もちろん。用事が済んで準備ができたら連絡してくれ」
「ありがとう、空くん。楽しみにしてるね」
六花の嬉しそうな笑顔にまた見惚れてしまいそうになって、僕はさりげなく視線を逸らしながら頷く。
初デート以来、毎日のように会っているけど、それは全てバスケの練習だ。明日は正真正銘のデートだと思うと、僕も何だか急にソワソワしてきた。