仲良くなり何度も夜を過ごして、ある時こう言われた。

 「いつかそういう君が見たいと思ってた」
 「心の内側に入れたらいいなって思ってた」

 外っ面だけ堅く厳格に見せている私を見透かしていたらしい。彼はちゃらんぽらんに見える性格とは逆に、かなり人を観察している人だと思った。この言葉を言われたくらいから、私の彼を見る目が変わった気がする。勿論、いい方に。

 私たちの関係はすごく謎だった。よく言うセフレという関係でもない気がする。世の中にある人間の関係値を表す言葉で当てはまるものがない。
「好き」と言われて、「私も好き」なんて浅はかな答えはできない。彼には彼女がいるからだ。彼が私に近づいてきた時、「もう何日も会ってなくて、別れそうだ」と言っていた。そんなのセフレを作りたい人の誘い文句だと、相談した友達はみんな言っていたから、彼のその言葉は信じていない。

でも、彼が言う「好き」と言う言葉が嘘だとも思えない。現に、彼の親友から、「あいつ本気で悩んでる」って聞いてしまったから。
どうやら、彼と彼女は依存関係らしい。共依存と言った方がいいだろう。何度も別れては復縁してを繰り返していて、好きと言う感情が恋愛なのか分からない状態だった。そんな中、私に対する気持ちが芽生えて、彼は酷く混乱していた。「こんな気持ち初めて」と嘆いていたらしい。

そんなの私だって初めてだった。そもそも、浮気なんて断固反対だったのに、一線を踏み越えてしまっている時点で、「初めて」なのだ。私はずっと言い訳をしていた。弱っていたから、乗ってしまった。彼氏も好きな人もいないから、遊ばれるんじゃなくて私が遊んであげてるの。気持ちなんて全くない。

「会いたい」なんて言ったら、私が悪者になる気がした。もう既に大概かもしれないけれど、自分から発信するのとされるのとでは天と地の差だと思った。だから、「最近会ってないね」とだけ送る。
 寂しいんじゃなくて悲しい。寂しくはないんだ。なんて細かいことを気にしている自分が嫌になった。
 彼女になんてなりたくない。所詮そんな肩書は意味を無くすものだから。無理を強いる存在にならないほうがいい。このまま、ずっとこのままでいられたら、どんなにいいか。そんな無責任な事をあの時は本気で思っていた。

 それでもたまに、意地悪をしたくなる。「会いたい?」と聞いてみた。めんどくさい女の出来上がりだと分かっていながら、それでも送った。今まで同じ事を彼から聞かれていたではないか、これでやっとウィンウィンだろ?とも思った。そして、「会いたいよ」と言いなさいと、そんな命令じみた事を思った。そうすれば、「うん、良かった!」と明るく返し、最近抱いていた不信感や嫌悪感を無かったことにしてやると、何もかも飲み込み、騙されてあげようと本気で思っていた。好きだと言われた言葉も、寝てたごめんと言われた言葉も、いつのまにかおはようとおやすみを言わなくなった私たちも全て信じてやると思った。
最高の悪友になろうぜ、あなたがこれを始めたんでしょと、そう思った。

 初めから分かっていた事なのに、いざ「もう会うのはやめよう」と一方的に言われると、イラつくものだ。この関係は終わりが来ると分かっていたし、理解して始めた事なのになかなかに頭にきた。
 彼から滲み出る嫉妬心が心地よかった。独占欲が自分を必要としてくれていると勘違いしていたからだ。その日々が無くなるからイライラしているのか、自分を守る言葉ばかり吐く彼から、つい最近まで私をお姫様のように扱ってくれた彼が見当たらないからイライラしているのか分からない。ただ、もうどちらでもいいと言うのが本音だった。来るもの拒まず去るもの追わず。昔からこの言葉が好きだ。まさに今この瞬間がこれだと思った。

「このまま会わない方がいいと思った」

 彼から言われた最後の言葉を見た時に、最初に感じたのは怒りではなく失望感だった。私の気持ちを訳そうものならば、「あなたが始めたこの物語に、私を巻き込んでおきながら、そんなつまらない結末にするつもり?」だ。私は始めた時から、いつまでも気高いマインドでいようと決めて、これまで彼と過ごしてきた。そのお陰か、「私を巻き込んでおきながら」と言うフレーズが悠々と飛び出した。そして自分はまだ自分を保てていると確信した。

 あーあ、だから言ったんじゃん。
 だから嫌だって言ったよね。
 あれ、言ってなかったっけ。
 …言えなかったんだっけ。
 

 彼と過ごしたのは期間にして一ヶ月と少し。そんな短期間で少しでも彼を好きと言う感情が芽生えるなんて思っていなかった。彼女がいる人を好きになるなんてありえない。そう思ってた二ヶ月前の私はもうどこにもいなかった。

 彼に褒めてもらったネイルを新しくして、彼に褒めてもらったメイクを変えて、彼に褒めてもらったヘアスタイルを変えた。自分でも分かりやすいと思ったけれど、それで良かった。これでいいと本気でそう思った。

 彼との最後の会話が終わった時、外は大粒の雪が降っていて、辺りは真っ白の世界で包まれていた。それはそれは、綺麗だった。