「女の子はいつでもお姫様よ」
母が昔、幼い私に言った言葉がどうしてこんなにも頭に残っているのかは分からない。
女の子でしょ、そう言われるのが嫌いな人もいるだろうけど、少なくとも私は嫌ではなかった。部活で髪を切っても、筋肉がついても、女の子に生まれたからには、誰でもお姫様になれると思えたから。
誰かに特別女の子として扱われることが、私は少ない人生だった。背も高いし部活動のせいで体格もいい方だからか、男の子といてもそれこそ女の子といる時にも、男らしく振る舞ってしまう。か弱いところを見られたくなかったんだと思う。これも、自分を作っていると言うのかもしれない。
人間は誰しも何かに依存しながら生きていると本で読んだ。恋人依存症、携帯依存症、ゲーム依存症、噂依存症、SNS依存症。
依存と言う言葉は、私に恐怖を与える。その人やものが無いと生きていけない、不安になったり不安定になったりする。時には一人で立っていられないほどに。
学生の頃、恋人が他の女と浮気をしていたのを見てしまったことがある。二人の唇が重なる瞬間。一番見たくない姿なはずなのに、目が離せなかった。私に気づかない二人に怒鳴りつけてもいいのに、私の足は酷く震えて動かない。怒りどころか、彼がその女の元へいってしまうことが悲しく、苦しかった。
どうして私じゃダメなの。
私の何がいけなかったの。
あんなに好きって言ってくれてたのに。
あれは嘘だったの…?
別れを覚悟したその瞬間に、自分が彼に依存していたことに気がついてしまった。依存は、なかなか抜け出せないものだと知っているのに。
恋愛体質だった私は、自分をかごの中に閉じ込めることで自分を守る手段をとった。男の子と二人で会わないし遊ばない、連絡が来ても放置をした。巣箱に閉じ込められた鳥のように、冬眠したクマのように、じっと静かに過ごした。時々、同僚に連れられてハメを外しにいったことはあったけれど、付き合うとかはなかった。
それなのに。
私は今、目の前にいるこの男にものすごく振り回されている。親しみやすく近づきやすい人なのに、時々分からなくなる。それは彼が時々、嘘をついているからだろうか。そんな匂いがした。でも私は、気づいていないフリ、騙されているフリを続けている。
私と言う人間は、好きでも嫌いでもない人に嫌われたくない性格だ。むしろ好かれたい。そんな厄介な性格をしているのだ。好意を抱いてくれた人には尚更で、冷たく足合うなんてこと到底できない。これに関して性別は関係ない。同性から好かれているなと感じると、放って置けないし、嫌われたくないのだ。よくない出来事を招かざるお得なくなることを知っていてもだ。
これも偽りの自分を演じていると言うことなのだろうか。別に好きじゃないのに、「好き」と言ったことがある。でも反対に、好きなのに「嫌い」と言ったこともある。決して嘘ではないけれど、本当の気持ちを隠す癖がついてしまった。
空に出会って彼からの好意が見えた時、私は好かれたいと言う感情に苛まれた。友達を介して話している時も、なるべく好印象を抱いていもらえるように努力している自分がいた。いちいち髪型や服装を気にしていた。
彼に好かれる為にしていることは、好きなアーティストの話をあまりしないこと。「誰が好き?」と聞かれても名前を言うだけ。この人は年上でしっかりしてるとか、この人は一番年下なのに大人しいんだよなんて話はしない。熱中するとつい話しすぎてしまう癖があるからか、「推し」についての質問はドキッとする。だんだんとその存在は世の中で認められてきているみたいだけれど、私はまだ異性に話をするのには抵抗があるのだ。
もう一つは、程よく距離感を保つこと。具体的に言うと、心の内に入れないことだ。会話の流れで話しても、全てを話さないこと。これは逆も然りで、彼の話を掘り下げて聞かないこと。少しの秘密と、少しの我慢。お互いに少しの秘密があるくらいがいいと思うからだ。
「空…」
「ん?」
「あ、違う、空、天気、晴れてるな〜って」
「ああ、なんだ呼ばれたのかと思った」
彼の助手席に座って1時間。今日は天気がいい。遠出なんて滅多にしないけれど、今日は何故か車を走らせている。
1時間もすれば徐々に彼の貧乏ゆすりが止まらなくなっていく。タバコが吸いたい合図だ。彼は私のために、わざわざ迎えに来る前にタバコの匂いを消している。私を乗せている時は、いつも吸わないように我慢してくれているのだ。別に、「タバコの匂いが嫌い」なんて言った覚えはないけれど。
「タバコ吸いたいんでしょ」
「え?いや、いいよ」
「別にいいよ、吸っても」
「まじ?や、でも嫌でしょ、匂いつくし」
「んー、まあ、でもパパも吸ってるし慣れてるよ」
「そうなの?えーじゃあごめんね」
そう言って彼はセブンスターを吸い始めた。
「俺、出てた?」
「何が?」
「吸いたい雰囲気というか」
「うん、貧乏ゆすりしてた」
「わーまじか〜ごめんそれは」
「いいって」
窓を開けてタバコを吸う姿は嫌いじゃない。確かに紙タバコの匂いはいつ嗅いでも慣れないけれど、吸っている姿は好きな方だ。と、言っても、デート相手が喫煙者というのは、彼が初めてだけど。
「もうすっかりクリスマスシーズンだね」
「ああ、クリスマスな〜」
二人でショッピングモールを歩いていると、大きなクリスマスツリーが見えた。
「あ、スノードームだ!」
「ほんとだ、スノードームいいよね」
「うん!私クリスマスプレゼントとかこう言うのがいい」
「え?ハイブラのアクセとかじゃなくていいってこと?」
「え、そう。クリスマスなんだから、クリスマスのプレゼントの方が嬉しいよ」
「へー、変わってるね」
「別に変わってないでしょ」
これが、価値観の違いというやつか。と内心私は思っていた。きっと彼は、今まで付き合ってきた女性に、「ハイブラ」をプレゼントしてきたんだろうなと思った。そんな事を思っていると、彼が言った。
「じゃあ、俺が今度これプレゼントするよ」
そう言って手にしていたのは私がさっき眺めていたスノードームだった。
「え!いいの!」
「逆にこんなんでいいのって感じだよ」
「いいよ十分だよ」
そんな事を言って約束されたクリスマスプレゼント。この時の私はまさか貰わずに終わるとは思ってなかった。