「こんなこともあろうかと、実は勝手ながら衣装を用意してたんです!」
「えー、紅野さん準備万端じゃん」
「委員長専用って、すごいね」
「見たい見たい!」
「なに? 委員長もホールになるの?」
「そうだよ、今から準備するからもうちょっとだけ今のメンバーで耐えてて」
「了解! 委員長ありがとね、めちゃくちゃ助かる!」
「うん……」
キッチンメンバーから煽てられている紅野さんは「ふふふ」と怪しい笑みを浮かべている。怖い。めちゃくちゃ怖い。何を企んでいるかは分からないが、キッチン担当の俺がホールをやるかも分からないのに、それでも自費で衣装を用意してるってやばすぎる。
思わず後退りすれば、背中が誰かにぶつかった。振り返ればキッチンにやってきた螺良で、一瞬で状況を把握したらしい。ぽんと背中を叩いて、爽やかに笑ってキッチンを出ていく螺良に「待ってくれ」と必死に縋りたくなる気持ちをなんとか抑えて、その後ろ姿を見送った。
残された俺は、魔女のように笑っている紅野さんと対峙する。キッチンの隅でこちらを見ないようにしながらパフェを作り続けている男子メンバーからは、絶対に関わりたくないオーラが放たれているし、女子メンバーは俺の気持ちなんて露知らず、どんな衣装かとワクワクしている。方々から見捨てられた俺は、ここまできたら覚悟を決めるしかなかった。
「じゃあ、出しますよ。心の準備はいいですか?」
「……どうぞ」
「ふふ、じゃーん!」
楽しそうな明るい声を合図に、ブランドの紙袋から出てきたのは、淡いブルーを基調としたメイド服。レースやリボンがふんだんに使われているそれは、絶対に男子高校生が着るものでは無い。なぜか無駄に高いクオリティに「おぉ!」と感心した声が上がるけれど、俺だけは「は?」と我が目を疑っていた。
「めっちゃかわいい!」
「これ、紅野さんが作ったの?」
「ええ、夜なべして作りました」
「天才じゃん」
いや、使わなくていいところでその才能を使うな。そう言ってしまいたいけれど、ぐと堪える。反対しているのは俺だけで、周囲から上がる賞賛の声に紅野さんは鼻高々。
「これを俺が着るんですか……?」
「はい、もちろん」
「あの、俺に拒否権は……」
「委員長がホールやるって言ってくれたんだよね。男に二言は?」
「…………ありません」
いや、あるに決まっているだろうが! いっそ、そう叫んでしまいたかった。けれど、恐ろしいほどにニコニコしている女子たちに囲まれて主張できるほど、俺のメンタルは強くなかった。
そもそも俺からしてみれば、誰も反対意見を唱えていないことが恐怖極まりない。どこか別世界に迷い込んだみたいだ。何でみんな平然と受け入れてるんだ。だって、メイド服だぞ!? 俺なんかに似合わないし、普通に考えてありえないだろ。
「でも俺、男だし、それ入んないでしょ」
「そのあたりは抜かりなく、ちゃんと対応しているので安心してください」
「いや、何でだよ」
何で俺のサイズを把握しているんだ。口をついて出たツッコミを気にすることなく、紅野さんはホールを担当しているクラス一のギャル・光好さんを呼び出す。
「私がホールを担当するので、代わりに委員長のヘアメイクをお願いしてもいいですか?」
「オッケー! 任せて、委員長。とびっきりかわいくするね」
「ヨロシクオネガイシマス……」
突然呼び出されたにも関わらず、すぐに受け入れてしまう光好さんのノリの良さが恨めしい。
ホールになるなんて、軽い気持ちで言うんじゃなかった。しかし後悔先に立たず、今更この場から逃れることなんて、メイク道具を持った光好さんが目の前に立ちはだかっている状況でできそうになかった。