「君はこの世で一番大切なものって何だと思う?」
 「んー、人によって違うだろうから分かんないな」
 「つまらない答えをどうもありがとう」
 「何よ、墨田。モテないからって僻んでるんじゃないよ」


 チャームポイントの眼鏡をキラリと光らせて、墨田が厭らしく笑う。いかにも悪役だろうという皮肉な笑い方に三枝ファンからブーイングが上がった。しかし、既に役に入り込んでいる墨田には全く効果なし。


 「君たちは甘い! この世は金! 金が物を言うんだよ!」


 ……いや、怖ぇよ。普段大人しいのに、スイッチ入ったら人変わりすぎだろ。ヒステリックに叫ぶ墨田にクラス中がドン引きしている。

 文化祭の出し物決めで「金」を連呼する奴なんて、どこの高校を探したって他にいない。桃ちゃん先生もいるんだから、せめて「青春したい」とか「やりがいがある」とか、建前だけでも取り繕えよ。


 「ふふ、私たちが出てきたから演劇をやるって、皆さん思っていたでしょう。いいえ、このクラスに演劇をやらせるなんてもったいない」
 「えー、頼の王子様姿見たかったのに」


 紅野さんの言葉にざわめきが起きる。こんなに二人がノリノリだから、学年に三枠しか許可されていない演劇を取りに行くのかと正直思っていた。

 何にも決まっていないのに、劇の定番、おとぎ話に出てくる王子役を誰が担当するかなんて、それだけはもう話し合いをせずとも既に決まっている。生まれた時から王子様を約束された男、三枝頼。始まる前から期待していたのに、と残念がる女子たちの声が耳に入ったのか、墨田はふんと鼻で笑う。


 「王子様だぁ? 馬鹿馬鹿しい。演劇なんて金にならないだろう。拍手だけじゃ、腹は膨れないんだよ」
 「あいつ、本当に演劇部の部長なんだよな」
 「ねぇ、桃ちゃん先生、墨田を廊下につまみ出して」
 「まぁまぁ、最後まで聞いてあげよう」


 ヒール役に徹することにしたのか、入り込んでしまって役が抜けないのか。墨田の発言がどんどんエスカレートしていくのを、馬鹿だなぁと思いながら見ていた。アレに関わるのは嫌だけど、鑑賞用として見ている分にはどうでもいい。こっちに迷惑が飛んでこなければ、何だっていいのだ。


 「さっき、三枝頼の王子様姿が見れなくて残念って言いましたよね?」
 「うん、言ったけど……、え、何、怖い」


 紅野さんの目がバキバキで、真正面から見つめ合って恐怖を感じるのも無理はない。あんなの、俺だって怖い。


 「もちろん私だって王子様を捨てがたい気持ちは分かります! でも皆さん、去年既にご覧になったでしょう? 眠り姫を口付けで起こす三枝頼の王子様を……!」
 「そうだよ、最高だったからまた見たいって言ってるんじゃん」
 「……執事姿はどうですか?」
 「え?」
 「執事?」


 三枝に対する迸る情熱が彼女を駆り立てるのだろうか。凄まじい熱意にこっちが焼けてしまいそう。

 去年は三枝の存在なんて気にも止めていなかったから、王子様役を既にやっていたなんて知らなかった。ちょっと見たかったなって、残念な気持ちが湧いてくるけれど、もう過去には戻れない。

 すると、紅野さんがぼそりと言った言葉に教室がざわつく。ずっと話のネタにされている三枝はとっくの昔に興味を失ったのか、顔を伏せて寝る体勢に入っていた。