◇◇
「委員長、元気ない?」
「え、そんなことないけど」
体育館への移動中、隣を歩くジャージ姿の螺良が突然顔を覗き込んでくる。適当にはぐらかしてみるけれど、じいっと猫目に見つめられれば、その圧に思わずたじろいでしまう。
「頼のせい?」
「っ、ちがう」
「……委員長は嘘が下手だなぁ」
出された名前に思わず足を止めてしまう。必死な声で否定すれは、数歩先で振り向いた螺良が俺の顔を見て困ったように笑った。
違うんだよ、螺良。悪いのは全部、俺だから。三枝はむしろ被害者なんだ。勘違いしている螺良にそう言いたいけれど、そしたら何もかも全て話さなくちゃいけなくなる。
「ほんとに、なんでもないんだ」
「……分かった、今回は口出ししない」
納得してませんとはっきり顔に書いているのに、ため息ひとつでそれを押し込んだ螺良は、俺なんかよりずっと大人だった。
「でも、委員長に一つ言っておく」
「……はい」
「俺はずっと委員長の味方だから。何かあったら、委員長の代わりに俺ががつんと言ってあげる」
怒られるのかと思って身構えていると、振ってきたのは正反対の俺が今一番欲しかった言葉。螺良のあたたかい優しさが身に染みるけど、ありがとうを言うのは気恥ずかしい。
「……螺良がモテる理由が分かった気がして、なんか悔しい」
「おい、どういう意味だよ」
「そのまんまだよ」
「いや、余計タチ悪いな」
さっきまでしんみりしてたくせに、とぼやく螺良の姿に笑みが溢れる。
「でも、螺良がいてくれてよかったって、心から感謝してる」
「いや、急に真面目にならないで」
何だよもう、と頭を搔く螺良の耳はちょっぴり赤く染まっている。揃いのジャージを着て、俺たちはこんなところで何やってるんだろうって思ったら何だか急におかしくなって、二人で同時に吹き出した。
重たい感謝も軽い口調で受け止めてしまう器の大きさに、螺良の本質を見た気がした。流石サッカー部のエースで、クラスのムードメーカー。螺良がいるだけで、明るくなれる。
空はさっきまであんなに雨が降りそうだったのに、雲の隙間から日差しが降り注いでいる。螺良って、やっぱり太陽みたいだ。
すると、始業五分前を知らせる鐘の音が聞こえてくる。顔を見合せた俺たちは、「やばい」とほぼ同時に走り出した。ずっと感じていたモヤモヤは、いつの間にか綺麗さっぱりなくなっていた。
三枝のことは、考えないようにする。
そしたらいつか、この愛を忘れて、静かに消えてしまうだろうから。
前を走る螺良を必死に追いかけながら、俺はそんな答えを出した。今はまだこれが正解なのか不正解なのかは分からないけれど、いつか必ず正解になると信じるしかなかった。