「人懐っこいね、名前何て言うの?」
 「大福」
 「あはは、ぴったりじゃん」


 滅多に見れない満面の笑みを浮かべながら、撫でる手を止めようとしない三枝を目にして、不意に浮かんできた感情。

 ――俺にもその笑顔を向けてくれたらいいのに……。無条件に触れられる大福が羨ましい。

 あれ、俺は今、何てことを……。ハッと我に返って口元を手で隠そうとすると、がしゃりとリードが音を立てた。じわじわと羞恥心に侵食されて、血が沸騰したみたいに全身が熱くなる。

 それなのに、大福に夢中な三枝はそんな俺の変化なんて気づく気配すらなくて、胸の中をモヤモヤが覆い尽くす。いつも俺ばかりが心を乱されて、その原因の三枝は平然としている。その事実が苦しくて、イライラする。

 口を真一文字に結んだまま、俺は静かに大福の隣にしゃがみこむ。俺も撫でろよ、なんて。そんなことは言えないから、黙りこくって頭を差し出す。顔中が真っ赤に染まっていることぐらい、見なくても分かる。この暑さは夏のせいじゃない。

 そんな俺を確認した三枝の手がぴたりと止まる。ずっと撫でられていたから、大福が「どうしたの?」と不思議そうに顔を上げた。片手で顔を覆いながら、重たくて深い息を吐き出す三枝に心臓がひゅっと跳ねる。

 あーあ、失敗だ。そう強がってみせるけど、本当は涙がこみ上げてきそうで唇をぎゅっと噛み締めるしかなかった。こんなボロボロの姿を、これ以上三枝の目に晒すわけにはいかない。もう帰ろうと立ち上がりかけた時、三枝が俺の手を引っ張って引き止める。そして、恐る恐る手を伸ばし、ぎこちない手つきで俺の頭を撫でた。


 「……くるちゃん」
 「…………」
 「俺が触れてもいいの?」


 なぜだか三枝が泣きそうな声で聞いてくるから、動揺する。こんな羞恥心で溺れそうになっている状態で、目を見ることも口を開くこともできなくて、ただ頷くことしかできない。


 「……そっか」


 感情の読めない短い返事。三枝は何を思ったのだろう。引いたかな、気持ち悪いって思ったのかな。自分から行動しといてあれだけど、……それは嫌だなって強く思う。

 今、どんな顔をしているのか気になるけれど、俯いた顔を上げられない。羞恥心がどうこうとかじゃなくて、あの綺麗な瞳に嫌悪感が滲んでいたらどうにかなってしまいそうだから。

 俺ばかり舞い上がって、動揺して、恥ずかしくて、キュンとして。いつだって三枝は泰然としていることに、また俺だけが泣きたくなってる。そりゃ、時々顔を赤くすることはあっても、あれは単純な羞恥心だ。その瞬間だけのもので、俺のようにずっと引きずっているわけじゃない。

 俺じゃ、三枝の心を動かす理由にはなれないのかな……。なんて、ただの友だちに対しては絶対に思うはずのないことを考えている時点でもう手遅れなのだけれど、どうしても俺はそれを認めるわけにはいかなかった。

 認めてしまったら最後、三枝の傍にはいられない。いつかきっと、ボロが出る。もしもこの感情がバレたら、いつものあの笑顔で「くるちゃん」と呼ばれることはなくなるだろう。だったら、自分に嘘をついて、なんでもないと必死に押し込めるしかなかった。