そして、やってきた最後のリレー。ここで一位を取れば、二年C組の優勝が決まる。最後ぐらいクラスのテントで見守ろうと運営テントから戻ってきた俺は後方に立つ。どのテントも前は三枝目当ての女子たちでぎゅうぎゅうだった。

 すると、座って待機している第六走者の螺良がアンカーの三枝のTシャツの裾を指差して何か話しかけている。話の内容までは分からなかったが、目を丸くした三枝が慌てたように裾を引っ張って確認しているから、あのメッセージがバレたのだと察する。じいっと裾を見つめていた三枝は、螺良に何か言われたのか、顔を赤くしていた。

 本番前にそんな腑抜けた顔をして大丈夫かと少し心配していると、ピストルの音が響いてリレーがスタートする。それに気を取られて、真剣な瞳がこちらを見ていることには気づかなかった。

 第一走者から三番目につけているから、まずまずの出だしと言えるだろう。しかし、どのクラスも足の速いメンバーが揃っていて、なかなかその差は縮まらない。

 三位をキープしたまま、螺良にバトンが渡る。さすがはサッカー部のエース。見事なまでの瞬足を見せつけて、あっという間に二位に躍り出た。「螺良、かっけー」と呟く声があちこちから聞こえてきた。

 そして、そのまま順位を維持してアンカーの出番がやってくる。パチンと、待機している三枝と目が合った気がした。さっきまでとは打って変わって、真面目な表情をした三枝がバトンを受け取り、走り出す。


 「頑張れ……!」


 両手を祈るように握り締めながら、思わず漏れたのは小さな応援の声。こんなに離れていて耳に届くはずがないのに、三枝のスピードがぐんと上がった気がして期待してしまう。

 少しずつ一位との差が縮まって、ゴールまで残り十メートルというところで三枝が一位に躍り出た。有言実行、やる時はやる男だ。悔しいけど、そんな三枝をめちゃくちゃかっこいいと思った。

 割れんばかりの歓声の中、宣言通り一位でゴールした三枝を大喜びのリレーメンバーが取り囲む。知らず知らずのうちに、緊張のあまり息がうまくできていなかったようで、優勝に歓喜するクラスメイトの姿を見ながら深く息を吸い込んだ。


 「頼、めっちゃかっこよかった」
 「やばい、かっこよすぎて泣ける」
 「やっぱり好きだよ」


 前方からそんな声が聞こえてきて、なんだか胸がざわついた。学年で一番かわいいと言われている女子だって、三枝の虜だ。勝ち目なんてない……、待って、勝ち目って何の? 何の気なしに浮かんできた感情に戸惑いを隠せない。自分自身が分からなくて視線をうろうろと彷徨わせていると、三枝が視界に入る。向こうもこっちを見ていたようで、今度はばっちり目が合ったと確信した。

 あ、と思った瞬間に屈託のない、太陽にも負けないほど煌めいた笑顔を浮かべる三枝が大きく手を振る。それに応えようとして右手を挙げるけれど、途中で止めてしまった。俺って、三枝の前でどんな顔をしてたんだっけ。やけに心臓の音がうるさく聞こえる気がして、でもそれが三枝のせいだとは思いたくない自分がいる。

 認めたくない感情、抑えられない心臓の高鳴り。これはきっと、体育祭で浮かれているからだと言い聞かせる。ドキドキと未だに胸の奥がうるさいのは、ギリギリの戦いに緊張していたから。それしか、ありえない。

 境界線は引かれている。最初は随分遠くにいたはずなのに、気づいたら俺はその一歩手前まで来ていた。