悪意のあるお題じゃないとは思うけど、心のモヤモヤは増すばかりで繋がれたままだった手を強引に振りほどく。このままだとよくないことを言ってしまいそうで、三枝に背中を向けて運営テントに走り出した。


 「っ、待って」


 慌てた声と足音が後ろからついてくる。このまま放っておいてくれればいいのに。全力疾走で逃げようとするも、体力がなさすぎて運営テントまで来ると自ずと足が止まってしまった。


 「何だよ、追いかけてくんな」
 「そんな顔してるくるちゃんを放っておけない」
 「っ、お前のせいだろ」
 「そうだよね、ごめん」


 普段なら「これがいつも通りの顔ですけど」って言えたはずなのに、今日はそれができなかった。素直に謝られると、俺ばかりが子どもじみたことで拗ねているみたいで恥ずかしい。


 「でも、今は言えない」
 「…………」
 「言えない代わりに、最後のリレーで一位を取ってクラスを優勝させるから、それで許してくれないかな?」


 ここまで言うほど、絶対にお題を知られたくないのだろう。俺も大概頑固なところがあるけれど、三枝も案外似たもの同士だ。


 「馬鹿にした訳じゃないんだな?」
 「それは絶対に違う」
 「……、後ろ向いて」
 「え?」
 「早く」


 三枝に譲る気がないと分かったから、俺が折れるしかなかった。しょうがないなと息を吐き、背中を向けさせる。その命令に大人しく従った三枝だが、今から何が行われるのか、そわそわしているのを隠しきれていない。


 「じっとしてろ」
 「え、何、怖いんだけど」


 手に取ったのはすぐそこに置いてあった、飾り気のない真っ黒の油性ペン。三枝のTシャツの裾を少し引っ張って、そこに小さく「勝て」とだけ記す。俺は別にいいけど、人気者のお前に何も書いてないのはもったいないから。書き終えて、その場所をぽんと軽く叩く。


 「はい、もういいよ」
 「何したの?」
 「内緒」


 お前だって言わなかったのだから、俺がやり返したっていいだろう。脱いだらすぐにバレるけど、今はこれでいいや。何も反論してこないあたり、三枝も俺が譲ったと理解しているのだろう。


 「ほら、もう自分のテント戻れ」
 「くるちゃんのテントでもあるんだけど」
 「俺はまだここにいるから」
 「……、絶対リレーは見ててよ」
 「はいはい、分かった」


 渋々歩き始めた三枝の肩が落ちている。意外と感情が分かりやすくて、おもしろい。


 「一番取れよ」
 「っ、うん!」


 その背中に軽く声をかければ、ぱあっと笑顔になった三枝が振り返って手を振ってくる。その様子が犬にしか見えなくて、思わずくすくすと笑ってしまった。