「何って、別に話してただけだけど」
 「へぇ、こんな人も通らないところで?」
 「はぁ? お前、何でそんな不機嫌なの?」
 「…………」


 どうしてそんなに棘のある言い方をするのだろう。意外と人当たりはいいイメージがあったから、こんな風に冷たい声を出されたのは初めてに近い。だけど、そんな態度を取られる理由に心当たりがなくて、不機嫌な三枝に釣られて俺まで不機嫌な返答をしてしまう。すると、三枝はぐと唇を噛み締めて黙り込んだ。


 「あの、三枝くん」
 「なに」


 震える声で間に入ろうとしてくれた絵上さんにまで、そっけない態度を取る三枝。いつもこいつを取り囲んでいる女子とは違って、話すのも初めてなのだろう、緊張しているのが伝わってくる。


 「実は、委員長に三枝くんのことを相談していて……」
 「俺?」
 「そう。クラスメイト全員で担当を決めてそれぞれのTシャツに何か描こうって決まったんだけど、その、」
 「あー、ごめん、大体分かった」


 気を遣って言葉を選びながら説明する絵上さんを制止した三枝は、顔を手で隠しながら大きく息を吐いてその場にしゃがみこんだ。


 「察したかよ、勘違い野郎。絵上さんに謝れよ」
 「本当にごめんなさい」
 「そんな、私は全然」


 がばりと頭を下げる三枝を前に、恐縮しきった絵上さんが首を横にぶんぶん振る。


 「俺の担当で悩んでたんでしょ?」
 「……うん」
 「じゃあ、俺はくるちゃんでいいじゃん」
 「は?」


 そうするのが当然みたいな顔をして、一人納得し始める三枝にツッコもうとすると、ぱあっと顔を輝かせた絵上さんがそれに賛同する。


 「確かに! それが一番いいかも!」
 「いや、何で俺……」
 「ねぇ、くるちゃんの担当も俺でいい?」
 「うーん、できるだけシャッフルしたいんだけど、三枝くんが描く側でも揉めそうだもんなぁ……」
 「でしょ」
 「じゃあ、委員長と三枝くんはお互いのを交換という形で……」
 「はーい」


 俺抜きで勝手に話がまとまっている。妙な疎外感を感じるけれど、無事に落とし所を見つけてほっとしている絵上さんに「三枝は嫌だ」と反論する気にはなれなかった。


 「じゃあ、私、戻るね。委員長も話聞いてくれてありがとう」
 「あ、うん」


 ぱたぱたと足音を響かせて、絵上さんは教室に戻っていく。その後ろ姿を見送って、俺も戻るかと足を進めようとした時、三枝に手を掴まれた。


 「なに?」
 「その……、怒ってる?」
 「ふは、何でお前がそんな顔してんだよ」
 「だって、勝手にいろいろ決めちゃったし」
 「なんか勘違いしてキレたりもするもんな」
 「……っ、弁解の余地もございません」


 絵上さんの前では余裕綽々だったくせに、小学生男子かって言いたくなるほど、しょんぼりとした様子に思わず笑みが溢れた。普段の数倍しおらしい姿が新鮮で、いつもなら気にせずぐいぐい来るくせに、そんな態度も取れるんだなぁと感心さえしてしまう。

 皺が寄ったままになっている三枝の眉間をぐりぐり指先で押すと、俯いていた視線が上がって、ビー玉みたいな目と目が合った。


 「不安になるぐらいなら俺の名前出すなよ」
 「……後悔はしてないよ」
 「ふふ、かわいいとこもあるんだな、お前」


 そう言いながら乱れたところを直してやろうと髪を撫でつければ、むと唇を尖らせていた三枝が息を飲んだ。

 チャラいと思ってたけど、案外ピュアなところもあるんだよなぁ。そのギャップが女子にはたまらないのだろう。俺だって、なんかちょっと心をくすぐられるかんじがしたし。


 「しょうがないから、クラスTシャツは俺らで交換な」
 「ん」
 「変なの描くなよ」
 「描かないよ、……描くわけないじゃん」


 ぼそぼそと呟かれた言葉。
 調子狂うなぁ、なんて頬が弛む。へこたれている三枝は、ほんのちょっぴりかわいく見える。三枝のこんな姿をクラスメイトは知らないと思うと、謎の優越感が芽生えた。