やっぱり桃ちゃん先生って、意味分かんない人だ。そんな失礼なことを思いながら、下駄箱に向かおうと踵を返してようやっと視界に入る。頬を桃色に染めた女子たちに囲まれている、人気者。

 勘違いが加速したのはお前のせいか。何でタイミングよくそんなところにいるかな。

 待ち合わせをした記憶なんて微塵もないのに、思い込みの激しい桃ちゃん先生の目に入ったから一緒に帰る約束をしていると思われたのだろう。

 はいはい、女子にキャーキャー言われて人気者は違いますね。別に羨ましいとかじゃないけれど、嫌味っぽくそんなことを考えながら三枝たちの横を通り過ぎようとした。


 「あ、くるちゃん」


 ――ピタリ。
 名前を呼ばれると、足を止めざるを得なかった。


 「あ、委員長じゃん。もう帰るんだね」
 「また明日!」
 「ばいばーい」


 三枝が名前を呼んだことで、囲いの女子が一斉にこちらを見てくる。睨むような視線は俺を認めると、すぐに柔らかくなった。多分、新たな女子が来たって敵意剥き出しにされたんだろう。

 単純な彼女たちに手を振ってから靴を履き替える。その間、三枝の方は一切見なかった。今、三枝の顔を見たら、訳の分からないむしゃくしゃを全部ぶつけてしまいそうだったから。


 「ねぇ、頼、一緒に行こうよ」
 「去年はよく行ったじゃん、お願い」


 甘えるような声が聞こえてきて、その場から逃げ出すように邪魔者は退散する。校門を通り過ぎて、校舎前の赤信号でハッと我に返った。いつもの何倍ものスピードでここまで歩いてきたらしい。心臓がドクドクと音を立てていて、落ち着かせるように深く息をする。

 何だ、この感情。苦しくてモヤモヤして、ほんの少しの悲しみも入り混じったような、不快な感情。

 ぎゅっと手を握り締め、青信号になるのを確認して一歩踏み出そうとしたところで後ろから急に腕を引かれた。


 「うわっ」
 「お、危ね」


 ぐらりと後ろに揺れる身体。やばい、倒れる! と思ったけれど、いつの間にか聞き慣れてしまった声の主が肩を掴んで止めてくれた。

 元はと言えば、お前が腕を引いたせいなんだけど。
 そう思いながらも、触れられたところが熱を持っていて、その熱が顔に伝わってきたせいで後ろを振り返られない。


 「くるちゃん、大丈夫?」
 「……もういいから離して」
 「あ、ごめん」


 パッと離れた温もりを惜しく思っている自分がよく分からない。さっきまであんなに不快だったのに、いつの間にか溜飲が下がっていた。自分自身の感情に追いつけなくてそのまま固まっていれば、突然綺麗な顔が視界いっぱいに入ってくる。不意打ちに思わず仰け反ってしまった。


 「っ、びっ、くりした」
 「今日のくるちゃん、なんかいつもと違うね」
 「そんなこと、ないけど。つーか、女子たちはどうしたんだよ」
 「あー……、置いてきた」


 気まずそうに頬をかきながら答える三枝の方に向き直って相対すれば、「やっと目が合った」と彼は目尻を下げる。俺の行動ひとつで、どうしてそんな風に笑うのか。疑問は疑問のまま、胸がまた鳴った。


 「くるちゃんと、一緒に帰りたいって思って」
 「っ、」


 何で俺と……?
 そう口を衝いて出そうになった言葉は、咄嗟に飲み込んだ。


 「だめ?」
 「駄目って言ってもついてくるんだろ」


 不安そうにしながらも、あざとく首を傾げる男に言い放てば、パッと花が咲くみたいに破顔する。散歩に行くと分かった時の犬みたいな喜びように釣られて、笑ってしまった。


 「実は、くるちゃんと一緒に帰りたいって思って待ってたんだ」
 「ふーん」
 「ねぇ、もっと興味持ってよ」
 「やだ」


 だって、それどころじゃないんだって。
 胸の鼓動が高鳴って、口元が緩むのをどうにかしようと頑張っているのだから。

 照れ隠しに塩対応を続ける俺に負けじと、三枝の口は止まることを知らなかった。隣に並んで歩くこの時間も不思議といいものに思えてきて、桃ちゃん先生の言う通り、俺たちは傍から見たら仲良しに見えているのかもしれないけれど、なんかもうそれでもいいやと思ってしまった。