「俺だって、何回も諦めようとしたよ。でも、好きな気持ちってそんな簡単には消えないから。これはもう一生の恋なんだって、最近やっと開き直ったんだよね」
 「……三枝がその子をすごい好きなのは伝わった」
 「ほんと?」
 「うん、俺には未知の世界だなぁ」
 「そっか……。その、くるちゃんは、好きな人とかいないの? あ、もしかして、彼女とかいる?」


 何でそんな恐る恐る聞いてくるんだよって、妙に歯切れ悪く尋ねてきたから、笑ってしまう。気の遣い方が変だよ、お前。彼女なんかいないって分かってるくせに、そんな質問しやがって。癪だから彼女がいるって嘘でもついてやろうか。……なーんて、冗談。


 「……いないよ、彼女も好きな人も」
 「そっ、か……、そっかそっか、そうなんだ」


 何かを噛み締めるように、何の意味も持たない言葉を繰り返す三枝の様子が変だ。


 「もし、くるちゃんに、……ううん、やっぱりなんでもない」
 「なに? 喧嘩なら買うけど」
 「何でそうなるの!? 俺、くるちゃんと仲良くなりたいってずっと言ってるよね!」
 「ふは、お前必死すぎ」


 真顔で冗談言ってみたら、めちゃくちゃ必死に反論されてつい噴き出してしまう。わざわざ立ち上がらなくてもいいじゃん。ここ、図書室なんだけど。なんて笑いながら、「こんな三枝、初めて見たな」と新鮮な気持ちになる。


 「くるちゃんって、そんな意地悪言うんだ」
 「お前にだけだよ」
 「……なにそれ」
 「だってみんなの委員長なんだから、真面目にしておかないと駄目だろ」
 「……俺は?」
 「残念、三枝は副委員長だから別。俺のこと甘やかしてね、副委員長」
 「っ、ずるい」


 にっこりと微笑んでみせれば、三枝は何とも表現のしづらい複雑な顔をして呟いた。だけど、「嫌だ」と拒否しない辺り、もしかすると既にこいつは俺に甘いのかもしれない。

 学校一の問題児と呼ばれた男の手綱を握っている。そんな自覚はないけれど、ほんの少しだけ三枝の扱い方が分かった気がした。


 「まさか三枝と恋話する日が来るなんてな。てか、話の流れでつい聞いちゃったけど、俺に話してよかったの?」
 「うん、くるちゃんには知っててほしかったから。なんか、去年の俺をやっと供養できた気がする」
 「またお前は、何でそんな言い方するかな。大切にしてる恋なんだろ? 胸張ってろよ」
 「……はぁ、そういうところだよ、ほんと」
 「え? なに?」
 「ううん、ありがとうって言っただけ」


 そう言って机に突っ伏す三枝は、そこから動かない。集中力を欠きながら、適当に数学の式を書いているシャーペンの動きを目で追っているようだ。


 「今日で終わりにしないよね?」
 「あー、うん。テスト期間中はここで勉強するつもりだから、勝手にすれば?」
 「……絶対行くから」


 話に花を咲かせて、お互いに勉強なんてちっとも手についてない。この状態で切り捨てられるほど、薄情にはなれなかった。

 三枝が来ても来なくても、俺は別にどうでもいい。一人で勉強する方がきっと捗るだろうし、今日みたいに脱線することもないだろう。……でもまぁ、確かに、三枝がいた方が楽しく感じるんだろうなと思ってしまうのも、これまた事実でしかなかった。