「……くるちゃんはずるいよなぁ」


 うーんと考えていれば、俺の言葉を聞いた三枝が机に突っ伏しながらもごもごと呟くけれど、ほとんど何を言っているのか聞こえなかった。


 「なんて?」
 「学校には来てたんだよ、俺」
 「そうなんだ」
 「そう。屋上とかも行ったけど、三階の空き教室にいることがほとんどだったかな」
 「へー、そこで何してたの?」


 ただの好奇心で尋ねると、三枝は昔を懐かしむように柔らかな笑みを浮かべた。たっぷりの沈黙の後、瞳に甘さを孕んだまま、ただ俺だけを見据える。


 「…………好きな子を見てた」


 あまりの衝撃発言に、再び口をポカンと開けたまま何も言葉を返せない。


 「ふは、すごい顔」
 「いや、だって、そりゃ驚くだろ」
 「ごめんごめん」


 笑われてからようやく口を閉じることには成功したけれど、脳の処理は追いついていない。動揺していることぐらいバレバレなはずなのに、吹っ切れた三枝は話を止めようとしなかった。


 「俺に好きな人がいるのって、そんなに変かな」
 「いや、お前だったら彼女の一人やふたりいてもおかしくないだろうけど」
 「それはそれで心外だなぁ」
 「……告白とかすればよかったじゃん」


 そう言うと、三枝は寂しそうに視線を落として首を振った。


 「見てるだけでいいって、思ってたから」
 「え?」
 「そりゃもちろん面と向かって話したりしてみたかったけど、そんな気持ちより恐怖の方が大きかったんだよね」
 「恐怖……?」
 「好きにもいろいろあるんだよ」


 好きなのに、話しかけることの何が怖いのだろう。恋愛初心者の自分にはよく理解できなくて、三枝が複雑な感情を抱いていることしか分からない。


 「当時は抱えてる感情が好きだけじゃ収まらなくて、暴走しそうだったから。相手を怖がらせて傷つけるぐらいなら、離れてた方がいいでしょ」
 「……それでも、そんなに好きならいっその事、言っちゃえばよかったのに」
 「そうかもね。でも、それが俺にとっての愛の形だったんだよ」