そんなある日、ちょうど定期考査が近づいてきたときのことだった。


 「あ、枢木」
 「何でしょう?」
 「実は、一つ頼みがあって……」


 SHR後、掃除当番に割り当てられていたため、教室の掃き掃除をしていると桃ちゃん先生に声をかけられた。

 満面の笑みを浮かべているのは、何かよからぬことを頼もうとしている証拠だ。去年、面倒事を押し付けてくるときに何度も見た表情だから、瞬時に察して身構えてしまう。げんなりしているのが顔に出ていたのか、桃ちゃん先生は苦笑して首を横に振った。


 「違う違う、そんなに悪いことじゃないから!」
 「桃ちゃん先生のそれは当てにならないんですよ」
 「くぅ……、自業自得だから何も言えない……」
 「まぁ、いいですよ。話ぐらいは聞きます」


 先生と生徒の立場が逆転しているのは、きっと傍から見ても気のせいではない。大袈裟にため息を吐いてから、居住まいを正す。


 「枢木って、三枝と仲良いだろう?」
 「いや、」
 「今年の三枝はやる気みたいだからさ、定期考査前に勉強見てやってくれないかな」


 いつの間に仲良い判定されるようになったんだ。俺は友人未満の関係だと思っていたのに、周りからはそう思われていなかったのが何となく居心地が悪い。

 否定の声も聞こえないほど、桃ちゃん先生には俺たちが仲良く見えているのか。お願い! と手を合わせる桃ちゃん先生の目は真っ直ぐで、そこに濁りはなかった。


 「はぁ……、今回だけですよ」
 「枢木!」
 「もし三枝が来なかったら、俺も次の日から教えるのやめますからね」
 「それは大丈夫! 絶対行くと思うから! 三枝には俺から伝えておくね」


 何を根拠にそこまで三枝のことを信頼しているのか、と思ったけれど、そういえば桃ちゃん先生ってこういう人だった。疑うことを知らない、純粋な善人。

 問題児って、そんな簡単に治らないと思うけど。そんな偏見を抱きながら、教師なのにバタバタと廊下を走っていく桃ちゃん先生の後ろ姿を見送った。