どうしようもない。
 そんな言葉がぴったりの甘くて苦い感情を持つようになって、どれだけの時が過ぎただろう。

 最寄り駅まで、およそ二十分。
 人混みをかき分けて、俺は定位置につく。
 
 電車に揺られながら、単語帳と睨めっこしている見慣れた姿。時々眠気に負けるのか、こくりと船を漕ぐのもご愛嬌。同じ制服を着た彼は、欠伸を噛み殺しながらページを捲る。

 かわいいなぁ……と頬がゆるむのもしかたない。
 毎日同じ姿を見つめているのに、彼はちっともこの視線に気づきそうにない。

 そういう鈍感なところも愛おしいと思ってしまうのだから、恋というのは恐ろしく不毛だ。だってそうだろう。何をしたって、同じ感情に行き着くのだから。

 ――俺に、気づいてほしい。
 幾度となくそう願ったのに、だけどやっぱりバレたくないとも思ってしまう天邪鬼。

 彼のことを目で追っていると、二十分なんてあっという間に過ぎてしまう。時計の針の進むスピードが、もう少しだけ遅ければいいのに。誰か電車止めてくれないかな。

 そんなことを考えているからか、神様は意地悪で、今日も今日とてきちんと定刻通りに電車は駅に到着した。

 単語帳に集中していた彼はハッと顔を上げる。周囲を警戒している小動物のようにキョロキョロと辺りを見回し、外の看板で学校の最寄り駅であることを確認するとバタバタと降車していく。

 胸が鳴る。熱が上がる。
 けれど、この衝動だけは電車の中に置いていく。

 この感情は、誰も知らなくていい。
 そう、君でさえ……。