何となく名残惜しくなった私は、帰りに一人図書館に寄った。
図書館にはもう誰もおらず、いつもの静けさが保たれている。
この場所に何度も救われた。
頭がいっぱいになった時、ここで目を閉じているだけで楽になれた。
本を読むことがもっと好きになった。
この場所は、私を孤独にしなかった。
そして何より、山宮くんと出会わせてくれた。
この場所がなかったら、全て叶わなかったことなのかと思うとぞっとする。
図書館は来年の夏頃解体工事が行われ、教室棟に新しく小さな図書室ができると聞いた。
解体理由は、利用者の減少だそうだ。
思い出深いこの場所が無くなってしまうのは悲しいけれど、また形を変えて他の生徒達の居場所となってほしい。

「帰らないの?」

後ろから、もう帰ったはずの山宮くんの声が聞こえて振り返る。

「山宮くんこそ」

「奏葉がここにいるのに帰れないよ」

山宮くんに下の名前で呼ばれることにもまだ慣れない。
山宮くんが隣にいることも、名前を呼ばれることもいつか当たり前になってしまう日が来るのだろうか。
それはそれで少し寂しいのはなぜだろう。
それでも私達は未来を生きければいけない。

「山宮くん、いつか言ったよね」

「うん?」

「私が優等生を卒業する時は、一緒にいたいって」

山宮くんは全てを分かったような顔で、優しく頷く。

「ほんとに一緒にいてくれるとは思わなかったけど」

「一緒にいるよ。これから先も」

そう言って二人の手が重なる。

「きっと完全に卒業することはできないけど、今日が一つの分岐点なんだと思う。今日から私は親からの干渉は一切受けない。二日後にはもう家を出て新しい生活が始まる」

「うん」

「でもね、やっぱりちょっと怖いんだ。ずっと一緒にいた人達から離れて、一人で生きるのは」

重なっている手に力がこもる。

「だから、傍にいてほしい」

その言葉の語尾は少し震えていたように感じる。
けれど山宮くんはそれも全て包み込んでくれた。

「俺はここにいる。だから奏葉はこれから安心して自由に生きたらいいよ」

「ありがとう」

明日からは本当の自分で生きられるようにしよう。
けれどそんなに早く人は変われない。時間をかけて変わっていくのだ。
完全に自分のことを認められるのがどのくらい先になるのかも分からない。
もしかするとまた絶望に包まれて、そんな未来も見えなくなってしまう時が来るかもしれない。
それでも大丈夫だと思える。
だって私の隣には山宮くんがいて、山宮くんの隣には私がいる。
この二人で一緒にいれば、いつか実現できる日がきっとくる。

「卒業、できたね」

そう言って、二人で笑った。
いつか二人そろって本当の自分を愛せる日が来るよう、願いながら。