昼休みになりあちこちから聞こえた生徒の声は、管理棟側にある保健室へ近づくにつれて薄れ、徐々に静けさが勝っていった。
「しつれーしまーす」
声をかけながらドアを横へ引く。そこにはなぜか、雅臣がいた。
ウォーターサーバーの側に立っていた臣が、紙コップを傾けたまま横目にこちらを見る。
しん、と先生からの返事はなかった。唯一半端にカーテンがしまっている最奥のベッドも、誰の影もない。
さりげなく保健室へ入り、さりげなく尋ねる。
「臣、なにやってんの?」
「サボり」
紙コップをゴミ箱に捨てた臣が、“誰か”の痕跡が残っているベッドへと向かう。
思わず、離れていく臣の腕を掴んだ。
「……もしかして、体調悪い?」
無表情で振り返った臣の、その前髪の隙間にある切れ長な瞳をじっと見返す。臣は数回瞬きをすると、ふと表情を緩めた。
「わかってんなら寝かして」
あ。ぱっと手を離し、ダルそうに丸まった背中についていく。
「なんでわかった? サボりって言っても納得しないの、お前くらいだよ」
広がっていた茶色い毛布を足元へと剥いだ臣が、ベッドの上にあぐらをかいて座る。その傍らでオレは、どこかホッとしながら隣のベッドに腰掛けた。
「オレだって、てっきり朝のことで不貞腐れてんだと思ってたよ」
「なんの話?」
「いや、臣が機嫌悪いって聞いてたから」
「……成弥?」
首をわずかにかしげ、臣が訝しそうに目を細める。
そうだよ。成弥が言っていたから、本当のことだと思った。でもいま頷けば成弥に余計なとばっちりが行きそうで、オレは視線を下げた。
「朝の、オレの態度が気に食わなかったのかなって……」
「それで俺がヘソ曲げてるって? 成弥にもバレバレなくらいに? 俺はどんだけお前のこと好きなんだよ」
鼻で笑われてはじめて、アホらしい考えだったと実感する。
成弥から聞いたのは4限目の前だ。朝の出来事をそんなに何時間も引きずっているなんて、ホントに、どんだけオレのことを――。
「なぁ……まじでオレの風邪うつした?」
「んなわけねぇじゃん。たぶん、雨に濡れたから」
あ……。わざわざ、訊かなければよかった。
昨日、部屋を出ていく臣から目を逸らして打ち消した迷いが、罪悪感となって返ってきた。でも自分が悪いとも思えず、きゅっと胸が苦しくなる。
やっぱり傘を貸してやればよかった。
友だちなら、幼馴染なら、そうしたはず。できたはず。
「ほっといていーよ。ちょっと楽になったら帰るわ」
軽い口調で、オレに背を向けて臣が寝転がる。
臣はオレの見舞いに来るのに、オレは放っとくの? それって、なんか、イヤだ。
「……放課後まで寝てなよ。一緒に帰ろ」
変な誤解がないように、言うべきことは言う。
「臣が途中でぶっ倒れたら誰が背負うんだよ」
「お前がおんぶしてくれんの?」
「おー。ヨユーで走れる」
「しつれーしまーす」
声をかけながらドアを横へ引く。そこにはなぜか、雅臣がいた。
ウォーターサーバーの側に立っていた臣が、紙コップを傾けたまま横目にこちらを見る。
しん、と先生からの返事はなかった。唯一半端にカーテンがしまっている最奥のベッドも、誰の影もない。
さりげなく保健室へ入り、さりげなく尋ねる。
「臣、なにやってんの?」
「サボり」
紙コップをゴミ箱に捨てた臣が、“誰か”の痕跡が残っているベッドへと向かう。
思わず、離れていく臣の腕を掴んだ。
「……もしかして、体調悪い?」
無表情で振り返った臣の、その前髪の隙間にある切れ長な瞳をじっと見返す。臣は数回瞬きをすると、ふと表情を緩めた。
「わかってんなら寝かして」
あ。ぱっと手を離し、ダルそうに丸まった背中についていく。
「なんでわかった? サボりって言っても納得しないの、お前くらいだよ」
広がっていた茶色い毛布を足元へと剥いだ臣が、ベッドの上にあぐらをかいて座る。その傍らでオレは、どこかホッとしながら隣のベッドに腰掛けた。
「オレだって、てっきり朝のことで不貞腐れてんだと思ってたよ」
「なんの話?」
「いや、臣が機嫌悪いって聞いてたから」
「……成弥?」
首をわずかにかしげ、臣が訝しそうに目を細める。
そうだよ。成弥が言っていたから、本当のことだと思った。でもいま頷けば成弥に余計なとばっちりが行きそうで、オレは視線を下げた。
「朝の、オレの態度が気に食わなかったのかなって……」
「それで俺がヘソ曲げてるって? 成弥にもバレバレなくらいに? 俺はどんだけお前のこと好きなんだよ」
鼻で笑われてはじめて、アホらしい考えだったと実感する。
成弥から聞いたのは4限目の前だ。朝の出来事をそんなに何時間も引きずっているなんて、ホントに、どんだけオレのことを――。
「なぁ……まじでオレの風邪うつした?」
「んなわけねぇじゃん。たぶん、雨に濡れたから」
あ……。わざわざ、訊かなければよかった。
昨日、部屋を出ていく臣から目を逸らして打ち消した迷いが、罪悪感となって返ってきた。でも自分が悪いとも思えず、きゅっと胸が苦しくなる。
やっぱり傘を貸してやればよかった。
友だちなら、幼馴染なら、そうしたはず。できたはず。
「ほっといていーよ。ちょっと楽になったら帰るわ」
軽い口調で、オレに背を向けて臣が寝転がる。
臣はオレの見舞いに来るのに、オレは放っとくの? それって、なんか、イヤだ。
「……放課後まで寝てなよ。一緒に帰ろ」
変な誤解がないように、言うべきことは言う。
「臣が途中でぶっ倒れたら誰が背負うんだよ」
「お前がおんぶしてくれんの?」
「おー。ヨユーで走れる」