――腹が減ってただけ。
そんなわけない。

少なくとも今朝は、多少ぎこちなくはあったが普段どおりにしていた。お互いに。
それが逆に、臣は気に食わなかったのだろうか――。


臣のことを考えれば考えるほど、沼にハマっていっている気がする。その危険さを思い知ったのは、2クラスが男女毎にバスケ対抗マッチをしている最中だった。

元宮(モトミヤ)っ!」

いきなり顔面へ飛んできたパスを避けてすっ転んだオレに、敵味方も関係なくみんなが寄ってくる。

「ごめん! 大丈夫か!?」
「へーきへーき。オレこそゴメン」

笑いながら立ち上がると、ピリッと静電気のような痛みが右の足首に走った。
小学2年からサッカーをやっているからわかる。大した事ない。

「聡。俺とこーたい」
「あっ、おう!」

コート外から声をかけてきた成弥が、入れ替わり際にオレの肩を叩く。

「お前、今日ボーっとしすぎ」

思わず振り返ったものの、既に成弥はバスケ勝負に溶け込んでいた。

そんなにか? 訊けなかった疑問を、自分のなかへ戻す。
それなりに自覚はあったが、指摘されるほどだとは思わなかった。

壁際に座って観戦しながら、足首を動かして痛みを確認する。オレの側では、3人の女子が成弥を見ながら楽しそうに喋っていた。

臣のことを考えるのはもうやめる。オレは幼馴染でいたい。ずっと。
この先も変わらずにいたいのだから、余計なことは考えず、これまでどおりにすればいいだけ。単純なことだ。

「しかもさ、菊池くんのジャージ着てるとか。マジでヤバイ」
「……臣のジャージだったらなんか違うの?」

なんとなく会話が気になり、女子たちに声をかけた。

オレはあまり意識したことがないが、別クラスという障壁がピタリと3人を静まらせる。

「えー? だって究極のカップリングじゃん。めっちゃ想像はかどる!」

最初に口を開いた女子は、声を弾ませながら身を乗り出した。
途端に他の2人が、やめなって、と止めに入る。

「べつにいーよ。訊いたのオレだし、そういうのあんま抵抗ない」

そう告げると、戒めていたうちの1人も手のひらを返すように会話へ加わった。

友人たちがネタにされていても、やっぱりモテるんだなとしか思わない。どっちがどっちとか、そんな深淵にまで首を突っ込むつもりはないが、上澄みくらいは理解できる。

身長180センチと無駄にデカくて、しなやかな黒髪が様になる顔立ちの雅臣。その臣と大差ないスタイルに華やかさが備わった、我が校のキング・成弥。
2人が一緒いたら絵になる。そこだけは完全同意だ。


授業が残り5分となり、先生から解散の号令がかかる。成弥たちと合流したオレを追ってきたのは、唯一会話に乗り気ではなかった女子だった。

「元宮くんごめんね。あの子、最近カレシと別れてからああなんだよね」
「いや、まじで大丈夫だよ」

あの子が“どの子”かわからないが、確認することでもない。笑顔で受け流したオレのなかに残ったのは、付き合えば別れがついてくる、というリアルだけだった。



体育館から戻っている途中で、成弥たちと別れて保健室へと向かう。シップは貰っておいたほうがいいだろう、念の為に。