朝の挨拶とお喋りで賑わっている教室で、オレは席につくなり机にうなだれた。
「はぁぁぁ」
なんて言うんだろ、こういうの。
今年のインターハイ予選、準決勝で負けて出場権を逃した。その翌朝くらい気が重い。
臣と一緒に登校するようになって、10年と数ヵ月。新年度を迎えてクラス替えがあるたびに、臣と離れると残念だった。でもいまは、別クラスでよかったとホッとしている自分がいる。
臣が訳わかんねぇこと言うから……。
昨日のことを思い返し、元を辿れば自業自得かもしれないと気づく。
いや。元の元は、臣がキスなんてするからだ。
突っ伏したまま、窓の外へ目を向ける。
白っぽく煙った空に、雨粒が短い線を無数に描いている。
今日は間違いなく部活は休みだ。こんな日は1時間くらい身体を動かして帰るが、病み上がりなら直帰したほうがいいことくらいオレでもわかる。
……臣のせいで、一緒に帰ろうって誘いにくくなったじゃん。
「お前らなんかあった?」
クラスメイトの成弥からそう訊かれたのは、4限目の体育へ向かおうと教室を出てすぐだった。
心の中で質問を復唱して、隣を歩く成弥を見る。
周りの生徒たちもみんな同じジャージなのに、一人だけスポーツブランドのイメージモデルみたいだ。男のオレでも、イケメンの完成形ってあるんだなと感心する。
「なんかって?」
「んー。“なにか”わかってたら、わざわざ触れねぇよ」
階段を下りながら、背後でキャッキャとはしゃぐ女子の声がした。一軍男子が陰で囁かれるのとは毛色が違う。すれ違っただけで芸能人のように扱われるのは、先月の文化祭でミスターコン2連覇を果たしたこのキングしかいない。
今年も圧倒的票数だったらしいので、女子はもちろん、オレを含めた相当数の男子が成弥に投票したのだろう。
――成弥は男子に告白されたことある? 付き合った経験は?
そんなことさすがに訊けない。口に出した瞬間、オレと臣の間に何があったか、成弥なら察してしまう気がする。
「べつに、臣とはフツーだけど?」
「ふーん。……雅臣となんて言ってないけどね、俺は」
ハッと反射的に振り向くと、成弥も遅れてこちらを見返した。眉間にシワを寄せるオレに対して、成弥はふはっ、と吹き出してから声も立てずに笑う。
「臣のジャージに騙された」
胸元の刺繍へチラリと視線を流す。
成弥は【菊池】の文字を見せつけるように、ひらりと両腕を広げた。
「似合う?」
「誰のでも一緒じゃん」
「ジャージ借りに行ったらさ、なんか雅臣が不機嫌で」
「腹でも減ってたんじゃない?」
オレが適当な理由をつけると、成弥はしょーもねぇな、と笑顔で話を終わらせた。
――――なんでだよ。
おかしいじゃん。なんで雅臣が不機嫌になんの?
臣と成弥は仲が良い。高校からの付き合いでクラスも違うが、昼休みも放課後もよく一緒にいる。2人が並んで居ると女子がより一層沸くので、必然的にその親密さも耳に入ってくる。
臣は口数が多いタイプではないし、表情も豊かじゃない。でも、成弥が不機嫌だと感じたなら、それは本当に不機嫌だったということだ。