口ごもった聡が、顔を伏せるように俺の肩へぽすっ、と柔らかい猫っ毛を乗せる。

「てかこの状況なに?」
この2年(●●●●)、オレがどんだけ悩んだか臣はわかってないよ」

――――え。

聡は肩に顔を埋めたまま、ずーっとやべぇ夢見たと思ってたんだからな、と不貞腐れた。

「ちょっと聞いてる? 何回も! 今日もおっ、臣とキスする夢見て……いい加減彼女作らないとヤバイって思うじゃん!」

人の首元でぐちぐちぐちぐち。うるさくて、くすぐったくて……きらいじゃない。

聡は口以上に顔がおしゃべりだから、たぶん、当分は頭を上げない。それを知っているズルい俺は、黙って聡を腕の中に閉じ込めた。

本当は何をどう話せばいいのか、そもそも言葉が見つからなかった。
だから、抱きしめることしかできなかったんだ――。


「一応聞くけど、あれ……オレの夢じゃない……んだよ、な?」
「2人して同じ夢見るってあんの?」
「――ざけんな。テキトー言ってはぐらかすなよ」

離せ、と絞り出したような声で聡が俺の腕を払う。

照れ隠しじゃないのは一目瞭然だった。着替え始めた聡が、あからさまにこちらを見ようとしない。

「寝てる聡にキスした。中3の、夏休み」

あのときの聡は、名前を呼んでも起きなかった。
なぜ気づいたのか? そんな些細な質問ですらいまは躊躇ってしまう。適正温度に保たれ続けている空気も、沈黙を埋めるには頼りない雨音も、慣れ親しみすぎたこの景色も、全てが聡の味方みたいだ。

一向に視線を合わせようとしない聡が、ローテーブルとベッドの間に腰をおろす。

「ごめん……わかんねぇよ」

耳のふちを紅く染めていても、俺と並んでベッドには座らない。それでも手を伸ばせば届く位置に留まっている聡は、心のあり様をまんま体現しているようだった。

「好きだって一言で伝わるなら、寝込み襲ったり、弱ってるときにつけ込んだりしてない。片想いは慣れてるし、俺はゆっくり待つよ」
「待てるならこんな事態になってないだろ」

思わず情けない笑いが零れる。まさにそのとおりだ。

「……それに、じいちゃんになるまで答え出ないかも」

意外な発言に面食らっていると、聡がこちらを振り返った。

口元を隠すように手を添えていた俺を見て、整えられた眉の間にシワが寄る。

「なにその反応」
「いや、俺よりずっと先のことまで考えてんのが――」

嬉しくて。そう舌の上まできていたのに、ふと虚しさに遮られた。

「想像くらいするよ。だからイヤなんだろ。いつか終わるかもしんないのに、意味わかんねぇ」
「…………。帰るわ」

聡の言い分に心当たりがありすぎて、うまく言葉にできたのはそれだけだった。

――友だちだから。幼馴染だから。腐れ縁だから。
そんな枕詞とは不釣り合いな感情が、俺にはある。

どうしても。

どうしようもなく。


雨に打たれながら歩いているとどこか悟ったような、もしくは開き直ったような、とにかく自己完結させてしまいたくなる。ただ、2年間も聡を悩ませ続けたのを思えば、今日のことを悔やむ気にはなれなかった。