戻って真っ先に目についたのは、画面の右下にあったフレンド申請のポップアップ表示だった。半信半疑で承認すると、間髪入れずにパーティの誘いが届く。
俺は確信をもって、ボイスチャットの設定をパーティのみに切り替えた。

『なんで名前ちがうの?』

第一声から“宿題やった?”のノリで尋ねられ、フッと口元が緩んでしまう。もし人違いだったらとは思わないのか、こいつは。

『てか臣、ランクも落ちてるじゃん』
「あー、まぁ。地味に凹むから触れんなよ」

このアカウントは、聡と一からやりたくて先月のうちに作り直した。でも正直に言ってしまうと、聡がまた深読みしかねない。

ろくな言い訳ができなかったが、笑い声が漏れ聞こえてほっと胸を撫で下ろす。

「お前こそヘッドセット買ったの?」
『だって臣と遊ぶなら必要じゃん? だから昨日――』

聡の声が途切れたのは回線の問題じゃないだろう。

昨日鉢合わせたとき、聡はスポーツバッグの他に、もうひとつ紙袋を提げていた。それが何なのか訊く間もなく別れたが、ひとりで先に帰った聡は、どんな気持ちだっただろうか。

「……やる?」
『おうっ!』

聡の声が弾んでいる。その顔は見えないのに、つられて俺まで微笑んでしまう。

聡への想いを自覚したときから、拒絶される可能性はずっと頭の片隅にあった。でも傷つけるとか、悲しませるとか、怒らせるとか、そんな結果は想像になかった。

もういい。恋だ友情だと曖昧な境で悩んですれ違うくらいなら、友だちとして割り切る。そもそもこだわってはないし、どんな関係でも聡が大事なのは変わらない。

「聡いくぞ。スリー、ツー、ワン」
『ナイス臣っ!』

ろくに休憩も挟まず、2ゲーム、3ゲームと重ねていく。

成弥と一緒にいると、波長が合うと感じることが多々ある。ただ、息を合わせるとなると聡が1番だ。共に過ごした月日を、肌で実感する。

一度吹っ切れてしまうと、いつかの日のように、聡と遊ぶのがただただ楽しかった。



『んんっ』

伸びでもしているのか、聡の息遣いが耳をくすぐる。

時刻は20時になろうとしていた。とてつもなく早い3時間だったのに、それ相応の満足感と疲労感もある。

思えば、聡とこんなに長々と通話したのは初めてだ。

……明日になれば、またいつもどおり顔を合わせる。登校ついでに聡の家のチャイムを押して、おはよ、と言い合うことになる。
この恋心を引きずらないためにも、いまのうちにしっかりと切り替えたい。

「聡。なんでキスのこと気づいた?」

さらりと訊いた反動か、沈黙が緊張を煽る。
ヘッドフォンに閉塞感を覚えるほど、耳に神経が集中していく。

『……なんとなく、臣に名前呼ばれた気がしてた』

聡の声が聞こえると、相槌の代わりに、ついため息が零れてしまった。

『意識がはっきりしたら、その、キスした気がして。でもそんなわけないし、夢だと思ってた。なのにこの前、臣が夢と同じ呼び方したから』

この前というのは、ブラジャーの一件があったときだろう。それまでの2年間、幾度となく名前を呼んだはずなのに、なんで?

「……そんな違う?」
『違う。声だけでわかるくらいには、全然ちがう。……下心ある』