成弥と別れた帰り道、物思いにふける時間は十分にあった。


小学3年か4年のころ、公園で遊具から落ちた女の子がいた。俺は大人を呼ばなきゃと辺りを見回してオロオロしていたのに、聡は真っ先に女の子に駆け寄った。

――大丈夫? どこがイタイ? 動ける?

女の子に向けられた聡の声は、俺まで落ち着くほど優しかった。どんなに記憶がおぼろげでも、まだ少し幼くて丸みのある声色だけは、いまでも鮮明に覚えている。

忘れられないといえば、中学のとき、男子たちの陰口を聞いたあとの聡もそれだ。

『なんであんなやつがモテんだよ、顔が綺麗なだけじゃん』

――なぁ臣、あいつら自分で褒めてんのに気づいてないな。

その発言が天然か気遣いかはわからない。ただ、気まずい雰囲気が聡の笑顔で一掃された。キレイな顔だと言われて動じなくなったのも、これがきっかけだった。

それからもうひとつ。ストーカーじみた女子が現れたときの聡のアホな提案は、頭にこびりついているどころか、もはや武勇伝だ。

――オレと靴箱入れ替えてみない? どれだけ臣のことが好きか確かめよ。

犯人がいつ気づくかと試すうちに、俺の靴箱はクラスメイトたちが日替わりで使うようになり、気味悪い贈り物のウワサも抑止力として広まった。
聡が事情を話し、協力を求めたから成せたこと。俺じゃ到底無理な解決法だった。


電車のドア窓をぼんやりと眺めていると、成弥の言葉が頭を過ぎる。
――俺の願いはなんなのか?

正直なところ、よくわからない。

誰に頼まれなくても、俺は聡を友だちだと思ってる。でも一方で、聡との思い出は自慢話をしている感覚になる。それくらい遠い存在だ。



家に着くと、特にやることもなく自室のパソコンを起動する。あっさりと帰ってきたわりには、時刻は16時半になろうとしていた。

俺と聡はまるで違う。それはお互いのゲーム環境も同じ。俺は家庭用ゲーム機を持っていないし、聡は自分のパソコンを持っていない。だからこそそれぞれの家に行く意味も、楽しみもあった。

でも、PCオンラインゲームは1台のパソコンで2人同時に遊べない。

今日やる予定だったシューティングゲームは、元々PCゲームとして配信されていた。それが家庭用ゲーム機(コンソール)版として正式リリースしたのは、昨日の午前0時。ようやく2人で遊べるはずだった。

「おねがいします」

ヘッドセットをつけて、ランダムに選出された仲間へ敬意を払う。

挨拶を返してくれる人、ボイスをオフにしてテキストで反応する人、それぞれのスタイルでメンバーが揃うのを待つ。世界的な大会も催されるビッグタイトルなだけあって、遊び方も飛び交う言語も様々だ。

1ゲームが終わると、また新たなマッチングを待つ。

『おねがいしまーす』

最後の一枠が埋まった直後、ヘッドフォンから聞こえた声にどきりとした。

……いや、気のせいかもしれない。

『ライト、小屋の裏に敵ツー』
「プッシング」
『サイドワン! ロー、ロー!』

声の聞き分けはできるが、俺のヘッドセットは格別いいものじゃない。それでも似ている。世界規模なら、聡とそっくりな声の主がいる可能性もあるけど……。

「あざました。GG」

1ゲームが終わってもよし次、とはなれず、俺は飲み物をとりに席を立った。