いつだったか、外堀を埋めるのも大事だ、とクラスの女子たちが言っていた。そんなセリフが頭を過ぎるほど、密かに聡を想っていたときとはもう状況が違う。
「昨日、聡と喧嘩した」
隣を歩く成弥を意識しながらも、独り言のように切り出す。
「よくしてるイメージだけど?」
「違う。仲直りできるやつじゃなくて、なんていうか、すれ違った」
「へぇ」
成弥は笑みを浮かべただけで、根掘り葉掘り尋ねてこない。
会話が途切れても腹を探るような沈黙ではなく、静かな秋風を心地よく感じた。
事の顛末には触れないままカフェへ着くと、俺はパンプキンカレーを、成弥は真っ黒なよくわからないドリアを頼んだ。
「で? お前の願いはなに?」
なんの前置きもなく話を振られ、4人席の向かいに座っていた成弥をきょとんと見やる。すぐに聡の話題だと腑に落ちたが、また引き戻されたのは意外だった。
「聡にお前を推せばいいの? それか、俺が雅臣を好きなフリして焦らせるとか」
完全に楽しんでやがる。
成弥の不敵な笑みには、総数800名規模の頂点にそぐう絶対的自信が透けていた。
「……もし聡から相談されたら、のってやって」
「は? それだけ? それで聡が俺になびいたらどうすんの」
冗談とわかっているが、絶対にありえない、とは言えない。成弥と聡は1年から同じクラスだし、俺たちが絡むようになったのも聡を介してだった。
――でももしそうなったとしても、こいつに勝てばいいだけのこと。
「俺が事前に頼んどけば、いざ相談受けたときスルーしにくいだろ」
まじめな話、この類の悩みは人を選ぶ。誰彼構わず話せるわけじゃない。
成弥はぽかんと目を丸くしたのち、ははっ、と笑ってコップの水を飲んだ。
「聡が心配だって素直に言えよ。そしたら俺も、めんどくせぇし放っとこう、とは思わないかも」
いつもの軽いノリで言われると、どこまでが本心か読めなくなる。でもこのテキトーさがちょうどいい。関心を持たれ過ぎるのは苦手だ。……たぶん成弥も。
「てかさ、このあとは解散でいい? そのシケたツラが続くなら女の子の誘いにも乗れないじゃん?」
――――まじかよ。
思いがけない指摘を受け止めきる前に、若い女性の店員が料理を運んできた。ハロウィン限定メニューを頼んだからか、木製トレイの上には料理とコーヒーと、ジャック・オ・ランタンがデザインされたメッセージカードまで添えられている。
【お会計の際は、ぜひ合言葉を! 『トリックオアトリート』】
この謎メッセージを一目見て、話題の矛先が替わった――と、気が緩んだ。
「まぁ、お前が感情豊かなのは聡と一緒のときくらいか」
タチ悪すぎ。追い打ちをかけてきた成弥はこちらには目もくれず、カードを摘んで興味深そうに眺めている。
「……そんなわかりやすい?」
「さあ? バレバレならお前らの創作マンガとか出回ってるかもな」
「そんなん誰が読むんだよ」
一瞬だけしおらしくなった心を立て直し、俺はカレーを頬張った。
最近最終回したマンガ談義の傍ら、ふと嫌気が差す。
既に何度もカレーを口に運んでいるのに、具材がジャガイモではなくカボチャだと今更気づいた。ついでにさきほどの成弥の心境を代弁すると、わかりやすいか訊いた時点で、“わかりやすいに決まってる”。……はぁ。
気晴らしで成弥と出かけたつもりが、結局頭の中は聡のことばっかりだ。
「昨日、聡と喧嘩した」
隣を歩く成弥を意識しながらも、独り言のように切り出す。
「よくしてるイメージだけど?」
「違う。仲直りできるやつじゃなくて、なんていうか、すれ違った」
「へぇ」
成弥は笑みを浮かべただけで、根掘り葉掘り尋ねてこない。
会話が途切れても腹を探るような沈黙ではなく、静かな秋風を心地よく感じた。
事の顛末には触れないままカフェへ着くと、俺はパンプキンカレーを、成弥は真っ黒なよくわからないドリアを頼んだ。
「で? お前の願いはなに?」
なんの前置きもなく話を振られ、4人席の向かいに座っていた成弥をきょとんと見やる。すぐに聡の話題だと腑に落ちたが、また引き戻されたのは意外だった。
「聡にお前を推せばいいの? それか、俺が雅臣を好きなフリして焦らせるとか」
完全に楽しんでやがる。
成弥の不敵な笑みには、総数800名規模の頂点にそぐう絶対的自信が透けていた。
「……もし聡から相談されたら、のってやって」
「は? それだけ? それで聡が俺になびいたらどうすんの」
冗談とわかっているが、絶対にありえない、とは言えない。成弥と聡は1年から同じクラスだし、俺たちが絡むようになったのも聡を介してだった。
――でももしそうなったとしても、こいつに勝てばいいだけのこと。
「俺が事前に頼んどけば、いざ相談受けたときスルーしにくいだろ」
まじめな話、この類の悩みは人を選ぶ。誰彼構わず話せるわけじゃない。
成弥はぽかんと目を丸くしたのち、ははっ、と笑ってコップの水を飲んだ。
「聡が心配だって素直に言えよ。そしたら俺も、めんどくせぇし放っとこう、とは思わないかも」
いつもの軽いノリで言われると、どこまでが本心か読めなくなる。でもこのテキトーさがちょうどいい。関心を持たれ過ぎるのは苦手だ。……たぶん成弥も。
「てかさ、このあとは解散でいい? そのシケたツラが続くなら女の子の誘いにも乗れないじゃん?」
――――まじかよ。
思いがけない指摘を受け止めきる前に、若い女性の店員が料理を運んできた。ハロウィン限定メニューを頼んだからか、木製トレイの上には料理とコーヒーと、ジャック・オ・ランタンがデザインされたメッセージカードまで添えられている。
【お会計の際は、ぜひ合言葉を! 『トリックオアトリート』】
この謎メッセージを一目見て、話題の矛先が替わった――と、気が緩んだ。
「まぁ、お前が感情豊かなのは聡と一緒のときくらいか」
タチ悪すぎ。追い打ちをかけてきた成弥はこちらには目もくれず、カードを摘んで興味深そうに眺めている。
「……そんなわかりやすい?」
「さあ? バレバレならお前らの創作マンガとか出回ってるかもな」
「そんなん誰が読むんだよ」
一瞬だけしおらしくなった心を立て直し、俺はカレーを頬張った。
最近最終回したマンガ談義の傍ら、ふと嫌気が差す。
既に何度もカレーを口に運んでいるのに、具材がジャガイモではなくカボチャだと今更気づいた。ついでにさきほどの成弥の心境を代弁すると、わかりやすいか訊いた時点で、“わかりやすいに決まってる”。……はぁ。
気晴らしで成弥と出かけたつもりが、結局頭の中は聡のことばっかりだ。