「……臣、もう少し見たらご飯行こーよ」
「臣って呼ぶな」

俺が冷ややかに睨み上げても、成弥は何事もなかったように買い物へと戻った。

成弥は気まぐれに、俺をからかうように『臣』と呼ぶ。
……おそらく、バレている(●●●●●)

もちろん成弥に打ち明けたことも、逆に確認されたこともない。“暗黙の了解”というには頼りない、空気の読み合い。友人の勘。お互いそんなところだろう。

聡本人ですら先週のブラジャーの一件があるまで、それこそ俺がキスしても夢だと勘違いするほど、長年まったく気づきもしなかったのに――。


初めて聡を特別視したのは、たぶん小2の夏ごろ。
友人たちとサッカーをしていたとき、誰かが俺の側でぼそりと聡の悪口を言った。

『菊池のおかげで勝ててんのに、エラそうにしすぎ』

無性に腹が立った。もちろん友人として。

一緒に遊ぼうと周囲を巻き込むタイプの聡は、周りからは仕切っているように見えたのだろう。でもそれは俺にとって、自分にはない聡の良さとして映っていた。
聡と楽しく遊べるなら、他の友人たちは切り捨ててもいいと思った。


――――そういえば。

なんで聡にはキスのことがバレたんだ?

ふと改めて疑問に思ったものの、心当たりが一切ない。というより俺にとっても白昼夢のような出来事で、見当がつかない。

当時を振り返るとリアルな感覚が蘇り、俺は頬杖を口元までずらした。

遠目にショップ袋を提げた成弥が見えると、さすがに体裁優先で取り澄ます。

「飯さ、いつもんとこでどう? ハロウィンメニュー2週間限定だったじゃん?」

成弥が言ういつものところとは、高校近くにあるカフェのことだ。カフェとはいっても内装はほぼファミレス。家が逆方向の俺たちにとって、“とりあえず”で学校帰りに寄ることが多い。

ハロウィンまであと10日ほど。その期間のうちにまた行くかも、そのときに腹が減っているかもわからない。

俺は軽い気持ちで、スツールから腰を上げた。



カフェは最寄り駅から見て高校の裏側にある。電車を降り、駅通りを抜けて少しずつ人の往来が減ってきたころ、制服姿の生徒と数名すれ違った。そして街の喧騒も、高校へ近づくにつれて部活動に励む声で溢れていく。

校門へとのびる桜並木の手前で信号待ちしていると、これまではバラバラに鳴っていた管楽器の音が途絶え、吹奏楽部の軽快なメロディに替わった。

どれもこれも帰宅部には無縁の青春。とはいえ、シラけるほど遠い存在ってわけじゃない。
……もし聡がいなかったら、心象はガラリと違ったかもしれないけど。

「聡やってっかなー」

グラウンド横の道を歩きながら、木々の隙間を覗くように成弥が身体を揺らす。

「いねぇよ。今日は昼まで」
「あ、そ。じゃあ呼ぶか」
「好きにすれば。どうせ来ねぇよ」

最後の一言は余計だった。無意識とはいえ、意味深すぎるだろ。

「まぁ、そっか。部活早く終わんなら予定入れるよな」

――――なんだそれ。

正直、拍子抜けした。でもよくよく考えれば、自然な会話の流れに思えてくる。

成弥は訊かない。そして俺も、打ち明けるきっかけを必要としてこなかった。