あまりに一瞬の出来事だったせいか、腹にある圧迫感で、臣の肩に担がれたんだと理解した。
「ちょっ、臣!? なに――」
「おんぶしようとしても拒否るだろ。だせぇポーズでずーっと待たされんのやだし」
「オレだってやだよ! 歩けるって! 下ろせ、ヘンタイッ!」
背中を叩いても動じない臣は、わかりやすくため息を吐いた。
「もう少し大事にしろよ。サッカー、3年も抜けて最後の1年だろ。また俺ん家に駆け込んで泣く羽目になるぞ」
呆れたような臣の声で、強張っていた身体から力が抜ける。
ここまでの道中、ぼんやりと考えていたことにひとつ答えが出た。
もし今日晴れていたら、オレは臣とは帰らなかった。きっと臣は黙って先に帰り、オレは部活のあとに苦情の電話をしたんじゃないだろうか。
「おろせ。……お……おんぶ、させてやる」
なんだそれ、と笑った臣は、オレを下ろして自分の傘を閉じた。
スポーツバッグを斜めに掛け直すと、臣の背中に半ば投げやりに覆い被さる。
オレの傘に2人で入って、なんでこいつは平然とおんぶできるんだよ。
――――悔しい。
悔しすぎて泣きたくなる。
小学2年の夏休み、サッカーを始めたきっかけは臣だった。公園で遊んだ帰りに臣が言ったんだ、下手なやつとやってもつまんねぇからもうやめる、って。
だからオレは、また一緒にサッカーができるように、クラブに入って練習した。
臣は要領がよくて、何でも卒なくこなす。当の本人はひけらかさず、涼しい顔で。初対面でこそ女の子と見間違ったが、知れば知るほどカッコイイやつだと思った。
幼稚な劣等感や嫉妬を乗り越えて、いまの腐れ縁があるのに――。
「ねぇ臣、体調は?」
「……まあまあ」
――それって“いい”寄りの? 悪いほう?
そんな疑問が脳裏に浮かんだとき、スマホが鳴った。臣の、着信音だ。おそらくブレザーのポケットのなか。
「とってやろうか?」
「いい。どうせ成弥だろ」
「なんでわかるんだよ、見てないのに」
オレの突っ込みに臣は答えなかった。
着信も絶えてしまい、また沈黙が戻ってくる。
ふと視線を上げると、見知った住宅地に違う世界が広がっていた。
オレの身長と大差なかった塀の中に、赤い屋根の犬小屋が見える。いままで意識したことがなかったが、街灯の電灯部分は半透明のガラスで覆われていたらしい。
これは、臣がいつか見る可能性はあっても、オレにはなかった景色だ。
高校に入って周りの人間も変わり、改めて思った。男女ともに一目置かれ、いまや学校のキングと並ぶことで絶対的なカーストを確立している臣の、その横に対等に立てる。この腐れ縁は、オレの自信だ。
臣のしなやかに伸びる黒髪を見つめ、ペシッと叩く。
「なんだよ」
「……なんか、ムカついた」
「はぁ?」
成弥から臣のバッグを手渡されたとき、嬉しかったんだよオレは。周りは臣と成弥が一緒にいることを当然のように思っていても、その成弥自身が、オレと臣の親しさをわかってくれている。
でも裏を返せば、そんなに臣を理解してるんだなと、ちょっと悔しかった。
――――こんなの、オレも片想いじゃん。
「ちょっ、臣!? なに――」
「おんぶしようとしても拒否るだろ。だせぇポーズでずーっと待たされんのやだし」
「オレだってやだよ! 歩けるって! 下ろせ、ヘンタイッ!」
背中を叩いても動じない臣は、わかりやすくため息を吐いた。
「もう少し大事にしろよ。サッカー、3年も抜けて最後の1年だろ。また俺ん家に駆け込んで泣く羽目になるぞ」
呆れたような臣の声で、強張っていた身体から力が抜ける。
ここまでの道中、ぼんやりと考えていたことにひとつ答えが出た。
もし今日晴れていたら、オレは臣とは帰らなかった。きっと臣は黙って先に帰り、オレは部活のあとに苦情の電話をしたんじゃないだろうか。
「おろせ。……お……おんぶ、させてやる」
なんだそれ、と笑った臣は、オレを下ろして自分の傘を閉じた。
スポーツバッグを斜めに掛け直すと、臣の背中に半ば投げやりに覆い被さる。
オレの傘に2人で入って、なんでこいつは平然とおんぶできるんだよ。
――――悔しい。
悔しすぎて泣きたくなる。
小学2年の夏休み、サッカーを始めたきっかけは臣だった。公園で遊んだ帰りに臣が言ったんだ、下手なやつとやってもつまんねぇからもうやめる、って。
だからオレは、また一緒にサッカーができるように、クラブに入って練習した。
臣は要領がよくて、何でも卒なくこなす。当の本人はひけらかさず、涼しい顔で。初対面でこそ女の子と見間違ったが、知れば知るほどカッコイイやつだと思った。
幼稚な劣等感や嫉妬を乗り越えて、いまの腐れ縁があるのに――。
「ねぇ臣、体調は?」
「……まあまあ」
――それって“いい”寄りの? 悪いほう?
そんな疑問が脳裏に浮かんだとき、スマホが鳴った。臣の、着信音だ。おそらくブレザーのポケットのなか。
「とってやろうか?」
「いい。どうせ成弥だろ」
「なんでわかるんだよ、見てないのに」
オレの突っ込みに臣は答えなかった。
着信も絶えてしまい、また沈黙が戻ってくる。
ふと視線を上げると、見知った住宅地に違う世界が広がっていた。
オレの身長と大差なかった塀の中に、赤い屋根の犬小屋が見える。いままで意識したことがなかったが、街灯の電灯部分は半透明のガラスで覆われていたらしい。
これは、臣がいつか見る可能性はあっても、オレにはなかった景色だ。
高校に入って周りの人間も変わり、改めて思った。男女ともに一目置かれ、いまや学校のキングと並ぶことで絶対的なカーストを確立している臣の、その横に対等に立てる。この腐れ縁は、オレの自信だ。
臣のしなやかに伸びる黒髪を見つめ、ペシッと叩く。
「なんだよ」
「……なんか、ムカついた」
「はぁ?」
成弥から臣のバッグを手渡されたとき、嬉しかったんだよオレは。周りは臣と成弥が一緒にいることを当然のように思っていても、その成弥自身が、オレと臣の親しさをわかってくれている。
でも裏を返せば、そんなに臣を理解してるんだなと、ちょっと悔しかった。
――――こんなの、オレも片想いじゃん。