自信たっぷりに断言すると、臣はゆっくりと身体を返し、どこかの大仏のごとく立て肘をついて頭を支えた。

「いや、違くて。俺をおんぶできんの?って話」
「はっ!? ……で、できる」

答えるまでに一瞬躊躇った。その間があまりにも意味深に思えて、顔が熱くなる。

「つかいちいち勘違いするような言い方すんな! オレは態度を変えるつもりないからなっ!」

カーテンで雑に臣の視線を遮ってから、保健室を出る。

臣は単に身長差をからかっただけだ。173センチのオレが、180センチの臣を背負えるのかって。それをオレが、勝手に想像してみただけで――。

怒りに似たもどかしさを踏み潰すように、保健室から足早に離れていく。

微かな足首の痛みでシップのことを思い出したが、戻る気にはなれなかった。



放課後、スポーツバッグを肩に提げて保健室まで来ると、腰に両手を添えて限界まで息を吐いた。そしてゆっくり呼吸を整え、トントン、と胸の中央を拳で叩く。

――いつもどおりやれば大丈夫。
試合の前は、必ずこうやって自分に暗示をかけている。

普通に。ふつうに。

「おっ、聡!」

ドアに手を伸ばしかけたオレを呼んだのは、ついさきほど、教室で一度挨拶を済ませた成弥だった。その歩き姿にあった違和感(●●●)を、成弥がするりと肩から外す。

「これよろしく」
「……臣の?」
「そ。2組の子から預かった」

2つのうちの1つ。成弥はまだ、学校推奨のスクールバッグを肩に持っている。

今日が雨じゃなかったら、この役目はたぶん成弥だった。たとえ帰り道が別方向でも、事情を知れば臣を家まで送り届けただろう。
それを今は、当たり前にオレにバッグを渡す。なにも訊かずに。

「じゃーな」
「あっ、おう! また明日」

今日がもし晴れていたら、オレは部活ではなく、臣と帰ることを選んだだろうか。

スッキリしないままドアを開けると、臣はベッドの上で上半身を起こし、ぼーっと固まっていた。焦れったくも行き場のない手で、肩口から下がる2人分のバッグの紐を握る。

「臣、帰るぞー」

入り口から声をかけたオレは、臣があくびをしながら動き出したのを確認して踵を返した。

昇降口で臣を待ちながら、空を見上げる。雨の勢いはだいぶ落ち着いているものの、仄暗い。部活終わりのような、日暮れを過ぎた色みたいだ。

臣が隣に並ぶと、傘を開いて下校の流れに加わる。
校門を出て駅までは友人たちといくらか会話を交わしたが、電車を降りたころには、お互いに何も喋らなくなっていた。

車が水を踏みながら走る音と、雨粒を弾くビニールの音が沈黙を埋める。オレにとって傘の内側は、考え事にはピッタリな空間だった。

「そういえば、昼休みに保健室来たのってなんで?」
「ん? ああ、体育のときバスケですっ転んでさ」

ははっ、と笑いながら、右足を蹴り上げて水を散らす。

「足?」
「うん。右の足首」

視線を足元へ向け――次の瞬間、天地がひっくり返った。
臣の足がオレの頭上にある。黒く濡れたアスファルトも、そこに開いたまま落ちている臣の傘も。