ゲームをする。宿題をする。そんな理由や用事がなくても互いの部屋を行き来するようになったのは、いつ頃からだろうか。
少なくとも俺は、校門を出てからこの数年を顧みるくらいには、“学校帰りに見舞いに寄る”のが大義に思えた。
「入るぞー」
いつもの要領で、ノック代わりに声をかけながらドアノブを捻る。
小中高と続く腐れ縁は11回目の秋を迎え、いまや部屋へ踏み入るのに躊躇いも気遣いもなくなった。ここへ来る途中で寄ったコンビニの自動ドアよりも、開閉がすんなりと軽い。
「おー臣、買い出しさんきゅーっ」
「……普通に元気じゃん」
白いスウェット姿の背中にぼそりと呟き、ローテーブルとベッドの間に腰を下ろす。風邪でくたばっているはずのアホは、布団を足元に追いやり、スマホを片手に寝転んでいた。
「あれ? 鍵開いてた?」
「丁度おばさんに会った。今から出勤だって」
「あーそうそう、急に夜勤になったとかで」
……そうそう? そんだけか?
おばさんが出ていったのは10分前とかだぞ。こちとら買ってきたもんを冷蔵庫に入れ、直後、降り出した雨に気づいて洗濯物を取り込み、今やっとココだぞ?
何を期待しても無駄だと知りつつ、自嘲ぎみにため息を吐いてベッドへ寄りかかる。
テレビに繋がれたままのゲーム機。マンガしか並んでいない本棚。開けっ放しのクローゼット。使われていない可能性すら感じる、整頓されすぎた勉強デスク。
この定位置から見る景色は、突発的にお邪魔してもいつも変わらない。
「おばさんから伝言。飯の準備するヒマなかったから、姉ちゃんが帰ってきたら何か頼めって」
「おー」
生返事の傍らで、いったい何に夢中になっているのか。それとなく振り返ってみるが、栗色の猫っ毛が邪魔でスマホ画面が見えない。
「……それから、病人ぶって雅臣くんをこき使うなって」
「それは臣のウソだな」
確かにいまのは気を引きたいだけの嘘だ。だからこそ、こちらに目もくれず断言されるのは面白くない。
「あと、熱がぶり返したら座薬もあるからって」
重心を少しだけずらし、うつ伏せ状態のアホを眺めながらベッドへ頬杖をつく。
「お前が大人しく寝てなかったら、ブチ込めって言われた」
「座薬……ってアレだよな?」
――――お。
やっとこっち見た。
「あれだな、ケツに突っ込むやつ」
「いいぃぃ。ムリムリッ! なっ!」
懐っこい顔で同意を求められ、テキトーな相槌で返す。
拒否してるわりには、キャッキャと楽しそうに転がりやがって。こいつ病人じゃねぇのか?
「んで熱は? 下がったの?」
「爆睡したら下がってた。これはまじ!」
キリッと顎を引いて訴えてくるあたり、2つ目の嘘は効果てきめんだったのだろう。
小さいころは年中Tシャツ短パンだったようなヤツが、初めて風邪を理由に学校を休んだ。10年以上の付き合いでそれは天変地異に等しく、要するに、本気で心配した俺の身にもなれっつーの。
「頼まれてたやつ、ぜんぶ冷蔵庫に入れてきたけど何か取ってくる?」
「……なにそれ。臣こそ熱あるんじゃない? 大丈夫?」
ケラケラと笑う顔を睨み返す。だがすぐに身を翻されたせいで、俺はまた、普段よりヘタっている後頭部を見つめる羽目になった。