その日、アントルース家周辺は異様な雰囲気に包まれていた。

「き、来た!」
「あれが噂の……」
「凄まじいオーラだ」
「やはり違うな、本物は……」

 屋敷の使用人たちは、領主であるベイリー・アントルースによって集められた猛者たちを前に震え上がっていた。
 
 ノエイル王立学園の現役学園長。
 商業都市ディバンでナンバーワンを誇るストックウェル商会。
 一流冒険者パーティー《鋼の牙》。
 世界でも屈指の実力者とされる旧レオディス鉱山の魔女。

 名だたる大物たちが、辺境領地であるアントルース家のもとに集結している。普通ならばあり得ない光景だが、ある人物の存在がそれを現実のものとした。

 その人物とは――もちろん、ハリスのことだ。

 本来交わることのない各業界の大物たちがこうして集まっているのも、聖院から独立したハリスを支援しようというベイリー・アントルースの呼びかけがあったからこそ実現したものであり、それがなければ互いに生涯で一度も顔を合わせることはなかっただろう。

「これはこれは……錚々たる顔ぶれですね」
「いずれともに商売をやってみたいと思わせてくれるメンツだ」
「どいつもこいつもひと癖ありそうな連中ばかりだな……」
「やれやれ、年寄りにはちとキツイ相手ばかりじゃのぅ」

 業界は違うが、互いに「活躍している」という情報は入っているのでまずは様子見から入る各代表者たち。
 そこへ、彼らを呼びだした張本人であるベイリー・アントルースがやってくる。

「待っていたよ。さあ、入ってくれ」

 辺境領主とはいえ、貴族でもあるベイリーがわざわざ屋敷から出てきて招き入れる――その丁重さに集まった猛者たちは面食らうも、それだけ彼が本気でハリスの今後について話がしたいのだろうと理解し、屋敷内にある応接室へと足を運んだ。

「早速本題へと移りたいのだが……こちらの手紙には目を通されたかな?」
「そうでなければ、私たちが集まることはなかったでしょうね」
「えぇ、学園長殿の言う通りです」
「ダンジョン攻略以外の面倒ごとは避けたいところだが、ハリスがかかわっているとなったら話は別だ」
「ワシも同じ考えじゃ」

「ハリスがいるからこの場に集まった」――これだけは全員に共通している。ベイリーの狙い通りだった。

「では、今後の話し合いもスムーズに進むはずだ」
「と、いうと?」

 コービー・ストックウェルが尋ねると、ベイリーは「ゴホン」と咳払いを挟んでから話を突ける。

「私としては彼の魔草に関する研究を支援したいと考えている……これについては全員が同じだと思うが、どうだろう?」
「異論はありませんね」
「俺もだ」
「ワシも」

 最初にコービーが無言で頷いた後、マイロス、ゾアン、アンバーの三人はそれぞれ自身の意見を述べる。
 ここまで狙い通りに進んでいると安堵したベイリーの表情に、わずかだが余裕が生まれた。

「ならば、全員で彼の研究を支えていくというのはどうだろう?」
「うちは最初からそのつもりでしたよ。その証拠に、私の息子を彼専属の商人としてすでに派遣してあります」
「なんだ、おたくもそうか。うちも娘を護衛役として送り込んでたんだ」
「あらあら、みんな考えることは同じのようねぇ。まあ、うちの場合は弟子だけど」

 すでにストックウェル商会と鋼の牙と魔女は先手を打っていた。
 一方、浮かない顔をしているのがノエイル学園組。
 この集まりに顔をだしたマイロス学園長とノーマン副学園長だ。
 それに気づいたベイリーが彼女たちへ声をかける。

「どうかされましたか?」
「いや……その……この流れ少し話しづらい内容なのですが……もうひとつ、彼の存在に目をつけている方がいらっしゃって……」

 それ自体はベイリーも予測していたので、別段驚くような内容ではない――が、問題はマイロスとノーマンのふたりが非常に気まずそうな顔をしている点だった。
 
「その人物に何か問題でも?」

 ベイリーは感じたことをそのまま口にする。
 対して、マイロスとノーマンはこれ以上隠しても無駄だろうと悟り、重苦しく口を開いた。

「実は……スペイディア家がハリスに接触を試みようとしています」
「なっ!? こ、公爵家であるスペイディア家が!?」

 マイロスのもたらした情報により、応接室を緊迫した空気が包み込んだ。

「公爵家……まさかそんな大物が」
「貴族連中の関係性については疎い方だが、公爵家ってところがどれほど力を持っているかはさすがに知っているぜ」
「厄介だねぇ。権力を駆使してハリスを独占しようって腹積もりかしら」
「ま、まさかそんな……」

 同じ貴族であるベイリーには、スペイディア家がどれほど力を持っているのか痛いほど分かっている――だが、ハリスの件については妻のロザーラの件もあるので退くわけにはいかなかった。

「……スペイディア家の動向については、こちらで何とかしよう」
「よろしいのですか? 逆らえばアントルース家は――」
「重々承知していますよ」

 相応の覚悟を持って当たる。
 ベイリーの並々ならぬ覚悟に、マイロスはそれ以上何も言えなかった。

 結局、この場はベイリーに一任されることとなったが、彼の覚悟を目の当たりにした他の四人は彼に対して好印象を抱くのだった。