――僕に「少しの間だけ仕事を抜けさせてほしい」と告げられた島谷課長は、あからさまに顔色を変えた。「そんなこと、許可するわけがないだろう」と言うだろうと僕は察した。
「――私からもお願いします、島谷さん」
「誰だね、君は」
「会長秘書の、小川と申します。彼は会長の奥さまから急な用件を承ったので、抜けさせてほしいと申し上げてるんです」
この部屋に本来いるべきではない小川先輩に怪訝そうな顔をした島谷氏。でも、先輩はそれに臆することなく堂々と発言していた。……先輩カッコよすぎ。俺、女性不信じゃなかったら絶対惚れてます。
「会長秘書? 会長の奥さまから……」
島谷氏は典型的な中間管理職――つまり「長いものには巻かれろ」主義なので、先輩の〝会長秘書〟という肩書きに明らかにうろたえていた。
「ええ。直接ご指名があったんです。ぜひ彼に、と。もちろん、ダメだとはおっしゃいませんよねぇ? あなたの今後の査定にも響くでしょうし?」
彼女はニッコリ笑って言っているように見えるが、そのニッコリ顔が島谷氏には氷点下の笑顔に見えたらしい、要するに「顔は笑っていても目が笑っていない」というヤツだ。
「お願いします、課長! 用が済み次第、ちゃんと戻ってきますんで!」
「そう言われてもなぁ……」
この人が悩み始めたら、これは長期戦になる可能性大だ。こっちにはそんなことに付き合っているヒマはないのに!
「……桐島くん、絢乃さんをお待たせしちゃいけないから、あなたは行ってきなさい。この人はあたしが説得するから。学校の住所はナビで調べたら分かるよね?」
「先輩、ありがとうございます。じゃあ、ここはお任せしますね。――とにかく、僕行ってきます!」
僕はその場を先輩に任せて、絢乃さんを迎えに八王子まで向かうことにした。
* * * *
クルマのナビは古すぎてアテにならないので、スマホのナビアプリを頼りに茗桜女子学院の門の前までどうにか辿り着いたのは午後一時半すぎ。そこで待っていた絢乃さんは、当然のことながら学校の制服姿で立っていた。髪もストレートで、焦げ茶色のヘアゴムでハーフアップにしてあった。
クリーム色のブレザーに、赤の一本ラインが裾に入ったブルーグレーのプリーツスカート、そして胸元には赤いリボン。スカート丈がキッチリ膝丈なのと、黒のハイソックスを穿いているのが誠実な彼女らしい。
前日の大人っぽいドレス姿もよかったが、制服姿はやっぱり可愛いなと思った。……いやいや、これは断じて〝制服萌え〟なんかじゃないぞ。
「――絢乃さん、お迎えに上がりました。どうぞ乗って下さい」
シルバーの軽自動車から降りた僕を見てなぜか驚いていた絢乃さんに、僕は助手席のドアを開けながら声をかけた。
「桐島さん……? どうして」
困惑している様子の彼女に、小川先輩を通してお母さまからお迎えの依頼があったことを伝えると、彼女は「そう、なんだ」と頷きながらもまだ理解が追いついていないようだった。が、乗車拒否をすることはなく、前日と同じように助手席に乗り込んで下さった。
「――私からもお願いします、島谷さん」
「誰だね、君は」
「会長秘書の、小川と申します。彼は会長の奥さまから急な用件を承ったので、抜けさせてほしいと申し上げてるんです」
この部屋に本来いるべきではない小川先輩に怪訝そうな顔をした島谷氏。でも、先輩はそれに臆することなく堂々と発言していた。……先輩カッコよすぎ。俺、女性不信じゃなかったら絶対惚れてます。
「会長秘書? 会長の奥さまから……」
島谷氏は典型的な中間管理職――つまり「長いものには巻かれろ」主義なので、先輩の〝会長秘書〟という肩書きに明らかにうろたえていた。
「ええ。直接ご指名があったんです。ぜひ彼に、と。もちろん、ダメだとはおっしゃいませんよねぇ? あなたの今後の査定にも響くでしょうし?」
彼女はニッコリ笑って言っているように見えるが、そのニッコリ顔が島谷氏には氷点下の笑顔に見えたらしい、要するに「顔は笑っていても目が笑っていない」というヤツだ。
「お願いします、課長! 用が済み次第、ちゃんと戻ってきますんで!」
「そう言われてもなぁ……」
この人が悩み始めたら、これは長期戦になる可能性大だ。こっちにはそんなことに付き合っているヒマはないのに!
「……桐島くん、絢乃さんをお待たせしちゃいけないから、あなたは行ってきなさい。この人はあたしが説得するから。学校の住所はナビで調べたら分かるよね?」
「先輩、ありがとうございます。じゃあ、ここはお任せしますね。――とにかく、僕行ってきます!」
僕はその場を先輩に任せて、絢乃さんを迎えに八王子まで向かうことにした。
* * * *
クルマのナビは古すぎてアテにならないので、スマホのナビアプリを頼りに茗桜女子学院の門の前までどうにか辿り着いたのは午後一時半すぎ。そこで待っていた絢乃さんは、当然のことながら学校の制服姿で立っていた。髪もストレートで、焦げ茶色のヘアゴムでハーフアップにしてあった。
クリーム色のブレザーに、赤の一本ラインが裾に入ったブルーグレーのプリーツスカート、そして胸元には赤いリボン。スカート丈がキッチリ膝丈なのと、黒のハイソックスを穿いているのが誠実な彼女らしい。
前日の大人っぽいドレス姿もよかったが、制服姿はやっぱり可愛いなと思った。……いやいや、これは断じて〝制服萌え〟なんかじゃないぞ。
「――絢乃さん、お迎えに上がりました。どうぞ乗って下さい」
シルバーの軽自動車から降りた僕を見てなぜか驚いていた絢乃さんに、僕は助手席のドアを開けながら声をかけた。
「桐島さん……? どうして」
困惑している様子の彼女に、小川先輩を通してお母さまからお迎えの依頼があったことを伝えると、彼女は「そう、なんだ」と頷きながらもまだ理解が追いついていないようだった。が、乗車拒否をすることはなく、前日と同じように助手席に乗り込んで下さった。