僕は這うようにしてモナを連れて病院に向かおうとした。
エレベーターが七階までなかなか来なくてもどかしい。
下に着きモナと合流する。
「お父さん車出して」
「おお、おう、そうだな、場所はわかるんだよな?」
「さっきあすみちゃんが坂崎くんの住所送ってくれました」
そう言ってモナは紙を父さんに渡した。
車の中で今日あった出来事を聞く。
「えっと、まずあすみちゃんは今日いなかったの、あすみちゃんのお母さんもいなかったし私はひとりで部屋にいた」
モナはだいぶ落ち着いてきて普通に話せるようになっていた。
「うん、それで」
「あすみちゃんは『病院に行ってくる』って言って出かけようとしたの。私は検診とかそういうことかと思ってた。私はその前にけいたに話したいことがあったからスマホを貸してくれないかって聞いたの」
「うん」
「そしたらいいよって渡されて、その間にあすみちゃんは支度をしてたの」
「うん」
「で、その時に坂崎くんのメッセージがきて、私グループのとこかと思って開いたのね、そしたら個人的な方で、あっ見ちゃダメなのかなって反射的に思って閉じようとしたんだけど見ちゃったんだよね、そこに書いてあったの」
「なんて」
僕の語気は強くなる。
「なぁ、さっきからなんの話ししてるんだ」
運転している父さんも全部話を聞いている。
「ごめん、父さんあとで全部話すからいまはちょっといいか?」
「……わかった」
「で、坂崎はなんだって?」
「俺がやるから、あすみちゃんは何も気にしなくていい、健康な赤ちゃんを産んでくれって」
「俺がやるって? そもそも僕は誰にも死の権利を譲渡してないんだよ」
「おいおい死の権利ってなんだ?」
さすがに物騒な言葉が耳に入りまた父さんが口を挟んだ。
「僕の代わりにみんなが死のうとしてるんだ」
「慶太の代わりに? 誰が? なんで?」
「だー、もうちょっと待っててくれよ」
「うーん、わかった」
頭がぐちゃぐちゃになってきた、モナにもう一度確かめる。
「僕は誰にも死の権利を譲渡していない、それはおじさんはまだしもあすみちゃんも坂崎も知ってるはずだよ」
「それが、盗まれてたの」
「盗まれた? なにを?」
「鞄に入れてた書類」
「書類?」
「死の権利の譲渡書類、それをあすみちゃんに盗られたみたい。どこを探してもない」
「だとしても坂崎は持ってないはずなのに」
「あすみちゃんは支度が終わって慌てたようにスマホを取って出てっちゃったの、『あすみちゃん、検診だよね?』って聞いたら『そうだよ』って言ってた。『坂崎くんになにかあったらどうしよう?』って聞いたら『貸して、偽物だって言うから大丈夫』って言ってた。その時はその言葉の意味がわからなかったんだけど」
そんな話をしていたら病院に着いた。
僕は走って中に入る。
案内された場所に行くと坂崎のお母さんがベンチに腰かけていた。
「おばさん?」
「ああ、比嘉くん」
おばさんは目に涙をいっぱい溜めていた。
「坂崎は? 坂崎はどういう状態ですか?」
おばさんはまだわからないと言った。
悪戯に時計が過ぎる。
僕はおばさんの横に座る。
「君が比嘉くんかい?」
「あ、はい、初めまして、坂崎のクラスメイトの比嘉慶太と申します」
目を真っ赤にした坂崎のおじさんが声をかけてきた。僕は立ち上がりそう挨拶をする。隣には女性が座っている。僕より二、三年上に見えるからお姉さんだろう。両手で顔を覆い肩を震わせている。
僕はなんてことをさせてしまったんだろう。
茫然自失となり力が抜ける。待合室のベンチにストンと腰を下ろした。下ろしたというより立っている力がなくなって落ちたという方が正しい。
「そうか、君が比嘉くんか。いつも仲良くしてくれてありがとう」
胸がカッと熱くなる。灼熱の業火に焼かれているようだ。
「ごめんなさい」
僕は謝った。
許されたいからじゃない、ほんとうに申し訳ないと思ったから。だけど僕が謝るのなんておかしいし、みんなそれどころじゃないし、僕の蚊のような薄っぺらな声は悲しみの空気に包まれて泡のようにはじけて消えた。
「とりあえずあすみちゃんの体は大丈夫だって」
モナが僕の横に座りそれだけ伝えた。
その言葉が左耳から右耳に抜ける。よかったと思ったけれど、思考能力が低下しているのかそれを頭の中で消化するということができない。
ただ僕はうなずいた。
それだけでまた病院は静けさとすすり泣く声だけになった。
夜は静かに過ぎていく。僕たちだけを置いてまたいつもと同じような朝が来る。
「とりあえずあすみちゃんに連絡するよ」
僕はスマホを取り出してあすみちゃんにメッセージを送った。
――あすみちゃん、今どこ?
――今まだ麻酔でボーッとしてる
――手術したの?
――うん、けどね
――なに
――私の死の権利の譲渡書、コピー品だった
――え?
――坂崎くんのが本物、坂崎くんにコピー品渡したつもりがバレてたらしく逆にすり替えられちゃった。坂崎くんどうなった?
――いや、まだわからない
たぶん、大丈夫だと思う、嘘でも言いたかった。でも言っていいかわからずスマホを閉じた。
どうしたらいいんだ、悪いことばかり増えていく、僕がモタモタしていたせいで結局みんないなくなってしまう。
「モナ」
「あすみちゃんなんだって?」
「手術は終わったらしい」
するとモナは目をギュッと瞑り眉をひそめた。
止まったような時間がぬるぬると朝を連れてくる頃、誰かがこちらに向かってきた。
おばさんはただ手を組んで祈るように座っている。お姉さんはそんなおばさんに抱きつくように寄り添っている。
おじさんが別のところで電話をかけている。
職員の人がおじさんのところに話しに行った。
おじさんが絶望に似た表情でスマホを持つ手を下げた。
いなくなったんだ。
坂崎はいなくなった。
この時それがはっきりと分かった。
おじさんはこちらへ来ておばさんとお姉さんを抱き起こす。
僕は怖くなって少し離れた。
おじさんがなにか言葉を発した。
その瞬間おばさんとお姉さんがその場に崩れ落ちた。
「いやぁぁぁぁぁぁ」
叫びとも似たおばさんの声が病院に響いて看護師さんが駆けつける。
抱き抱えられながら処置室へ向かう。
「ダメだったんだ」
「坂崎くん……」
モナの声も震えている。
「どうして、どうして」
僕は声を上げて泣いた。
「僕のせいだ、僕のせいだ」
「落ち着け、慶太どういうことだ?」
「父さん、僕のせいで、僕のせいで僕の大切な人みんな死んでく、僕が、僕がモタモタ生きてたせいで」
「落ち着け! 慶太っ!」
父さんが珍しく声を荒らげた。
僕は涙を流しながらその場にうずくまる。
父さんに抱えられてベンチに座って息が整ってきた頃、大きく深呼吸して父さんの方を向いた。
「父さん、話すよ、信じてもらえないこともあるかもしれないけど、いいかな?」
「……信じるよ、こんな慶太見たの初めてだ」
「うん、えっと僕はある日この子の出会ったのね、この子は死神なの、で、この子と目が合うと――」
「待て待て待て、確かに信じるとは言ったけど……それほんとの話でいいんだよな?」
「うん」
僕の真剣な眼差しを見て父さんは大きくうなずいた。
「続けて」
「うん、で、この子と目が合うと一ヶ月後に死ぬらしく、この子は誰とも目を合わせないようにしてたんだ、だけどちょっとしたハプニングがあって彼女は僕と目が合った。たまたま偶然、だからこの子が悪いとか僕をターゲットにしたとかは一切ないよ、だけど、ごめん、そういうことで僕は一ヶ月、厳密に言うともう数日しか生きられないんだ」
「はぁ? なんだよそれ」
父さんは何度も瞬きをして今の言葉の意味を理解しようと努めているようだった。
「だけどこの子がね、今の間違いだから取り消してって上司に言ってくれて、なら死の権利ってのが今は僕にあるんだけど、それを誰かに譲渡したら僕は助かるって救済案を出してくれたんだ、だけど当然僕は誰にも譲渡なんてできずにいた、だけど僕を助けるために坂崎は死んだ。あすみちゃんて子は子どもをおろした。そしてもうひとり死んでった人がいる、みんな僕が殺した」
「いや待て待て待て、もしそれが事実なら、なんでもっと前に言ってくれなかったんだよ、俺らがどうにかできたかもしれないのに」
「できないよ、っていうかしてほしくないよ、僕が死ねばそれでいいなら僕は周りを巻き込みたくない」
「違う」
父さんがまた声を荒らげた。
「慶太が死ぬなんてことがあったら母さんはどれだけ悲しむか、遥菜だって俺だってそうだ、生きてる意味なんてなくなる、それくらい大切な存在なんだよ」
「ごめんなさい……」
「あの」
話に入ってきづらかったモナが口を開く。
「ああ、ごめん、でこれからどうなるの?」
「うん、譲渡は無効」
「え?」
「さっきジョウシから聞いたんだけど、それけいたに話そうとあすみちゃんからスマホ借りようとしたんだけど、どうも譲渡には条件があるらしくて」
「条件?」
「うん、“体験した死”しか譲渡できないみたい」
「えっと、どういう意味?」
僕は訝しげに眉をひそめた。
「たとえば親やおじいちゃんおばあちゃんだったり、友達だったり、過去に体験したことのある死、宣告される前にね」
「つまり宣告される前、一ヶ月より前に体験した死?」
「そう」
親は健在、おじいちゃんおばあちゃんも健在、そのまたおじいちゃんおばあちゃんは僕が生まれる前に死んでいるし、僕は誰かの死を体験していない。
「してないよ、死の体験」
「その体験した人と同じ性別とか間柄」
「ダメだ、僕にはいない」
僕たちは全てが無意味に大切なものをなくした。無意味な連鎖は続く。取り返しのつかないものだ。
そして僕のカウントダウンは止まらない。
絶望以外、僕の心を支配するのはなにひとつない。
エレベーターが七階までなかなか来なくてもどかしい。
下に着きモナと合流する。
「お父さん車出して」
「おお、おう、そうだな、場所はわかるんだよな?」
「さっきあすみちゃんが坂崎くんの住所送ってくれました」
そう言ってモナは紙を父さんに渡した。
車の中で今日あった出来事を聞く。
「えっと、まずあすみちゃんは今日いなかったの、あすみちゃんのお母さんもいなかったし私はひとりで部屋にいた」
モナはだいぶ落ち着いてきて普通に話せるようになっていた。
「うん、それで」
「あすみちゃんは『病院に行ってくる』って言って出かけようとしたの。私は検診とかそういうことかと思ってた。私はその前にけいたに話したいことがあったからスマホを貸してくれないかって聞いたの」
「うん」
「そしたらいいよって渡されて、その間にあすみちゃんは支度をしてたの」
「うん」
「で、その時に坂崎くんのメッセージがきて、私グループのとこかと思って開いたのね、そしたら個人的な方で、あっ見ちゃダメなのかなって反射的に思って閉じようとしたんだけど見ちゃったんだよね、そこに書いてあったの」
「なんて」
僕の語気は強くなる。
「なぁ、さっきからなんの話ししてるんだ」
運転している父さんも全部話を聞いている。
「ごめん、父さんあとで全部話すからいまはちょっといいか?」
「……わかった」
「で、坂崎はなんだって?」
「俺がやるから、あすみちゃんは何も気にしなくていい、健康な赤ちゃんを産んでくれって」
「俺がやるって? そもそも僕は誰にも死の権利を譲渡してないんだよ」
「おいおい死の権利ってなんだ?」
さすがに物騒な言葉が耳に入りまた父さんが口を挟んだ。
「僕の代わりにみんなが死のうとしてるんだ」
「慶太の代わりに? 誰が? なんで?」
「だー、もうちょっと待っててくれよ」
「うーん、わかった」
頭がぐちゃぐちゃになってきた、モナにもう一度確かめる。
「僕は誰にも死の権利を譲渡していない、それはおじさんはまだしもあすみちゃんも坂崎も知ってるはずだよ」
「それが、盗まれてたの」
「盗まれた? なにを?」
「鞄に入れてた書類」
「書類?」
「死の権利の譲渡書類、それをあすみちゃんに盗られたみたい。どこを探してもない」
「だとしても坂崎は持ってないはずなのに」
「あすみちゃんは支度が終わって慌てたようにスマホを取って出てっちゃったの、『あすみちゃん、検診だよね?』って聞いたら『そうだよ』って言ってた。『坂崎くんになにかあったらどうしよう?』って聞いたら『貸して、偽物だって言うから大丈夫』って言ってた。その時はその言葉の意味がわからなかったんだけど」
そんな話をしていたら病院に着いた。
僕は走って中に入る。
案内された場所に行くと坂崎のお母さんがベンチに腰かけていた。
「おばさん?」
「ああ、比嘉くん」
おばさんは目に涙をいっぱい溜めていた。
「坂崎は? 坂崎はどういう状態ですか?」
おばさんはまだわからないと言った。
悪戯に時計が過ぎる。
僕はおばさんの横に座る。
「君が比嘉くんかい?」
「あ、はい、初めまして、坂崎のクラスメイトの比嘉慶太と申します」
目を真っ赤にした坂崎のおじさんが声をかけてきた。僕は立ち上がりそう挨拶をする。隣には女性が座っている。僕より二、三年上に見えるからお姉さんだろう。両手で顔を覆い肩を震わせている。
僕はなんてことをさせてしまったんだろう。
茫然自失となり力が抜ける。待合室のベンチにストンと腰を下ろした。下ろしたというより立っている力がなくなって落ちたという方が正しい。
「そうか、君が比嘉くんか。いつも仲良くしてくれてありがとう」
胸がカッと熱くなる。灼熱の業火に焼かれているようだ。
「ごめんなさい」
僕は謝った。
許されたいからじゃない、ほんとうに申し訳ないと思ったから。だけど僕が謝るのなんておかしいし、みんなそれどころじゃないし、僕の蚊のような薄っぺらな声は悲しみの空気に包まれて泡のようにはじけて消えた。
「とりあえずあすみちゃんの体は大丈夫だって」
モナが僕の横に座りそれだけ伝えた。
その言葉が左耳から右耳に抜ける。よかったと思ったけれど、思考能力が低下しているのかそれを頭の中で消化するということができない。
ただ僕はうなずいた。
それだけでまた病院は静けさとすすり泣く声だけになった。
夜は静かに過ぎていく。僕たちだけを置いてまたいつもと同じような朝が来る。
「とりあえずあすみちゃんに連絡するよ」
僕はスマホを取り出してあすみちゃんにメッセージを送った。
――あすみちゃん、今どこ?
――今まだ麻酔でボーッとしてる
――手術したの?
――うん、けどね
――なに
――私の死の権利の譲渡書、コピー品だった
――え?
――坂崎くんのが本物、坂崎くんにコピー品渡したつもりがバレてたらしく逆にすり替えられちゃった。坂崎くんどうなった?
――いや、まだわからない
たぶん、大丈夫だと思う、嘘でも言いたかった。でも言っていいかわからずスマホを閉じた。
どうしたらいいんだ、悪いことばかり増えていく、僕がモタモタしていたせいで結局みんないなくなってしまう。
「モナ」
「あすみちゃんなんだって?」
「手術は終わったらしい」
するとモナは目をギュッと瞑り眉をひそめた。
止まったような時間がぬるぬると朝を連れてくる頃、誰かがこちらに向かってきた。
おばさんはただ手を組んで祈るように座っている。お姉さんはそんなおばさんに抱きつくように寄り添っている。
おじさんが別のところで電話をかけている。
職員の人がおじさんのところに話しに行った。
おじさんが絶望に似た表情でスマホを持つ手を下げた。
いなくなったんだ。
坂崎はいなくなった。
この時それがはっきりと分かった。
おじさんはこちらへ来ておばさんとお姉さんを抱き起こす。
僕は怖くなって少し離れた。
おじさんがなにか言葉を発した。
その瞬間おばさんとお姉さんがその場に崩れ落ちた。
「いやぁぁぁぁぁぁ」
叫びとも似たおばさんの声が病院に響いて看護師さんが駆けつける。
抱き抱えられながら処置室へ向かう。
「ダメだったんだ」
「坂崎くん……」
モナの声も震えている。
「どうして、どうして」
僕は声を上げて泣いた。
「僕のせいだ、僕のせいだ」
「落ち着け、慶太どういうことだ?」
「父さん、僕のせいで、僕のせいで僕の大切な人みんな死んでく、僕が、僕がモタモタ生きてたせいで」
「落ち着け! 慶太っ!」
父さんが珍しく声を荒らげた。
僕は涙を流しながらその場にうずくまる。
父さんに抱えられてベンチに座って息が整ってきた頃、大きく深呼吸して父さんの方を向いた。
「父さん、話すよ、信じてもらえないこともあるかもしれないけど、いいかな?」
「……信じるよ、こんな慶太見たの初めてだ」
「うん、えっと僕はある日この子の出会ったのね、この子は死神なの、で、この子と目が合うと――」
「待て待て待て、確かに信じるとは言ったけど……それほんとの話でいいんだよな?」
「うん」
僕の真剣な眼差しを見て父さんは大きくうなずいた。
「続けて」
「うん、で、この子と目が合うと一ヶ月後に死ぬらしく、この子は誰とも目を合わせないようにしてたんだ、だけどちょっとしたハプニングがあって彼女は僕と目が合った。たまたま偶然、だからこの子が悪いとか僕をターゲットにしたとかは一切ないよ、だけど、ごめん、そういうことで僕は一ヶ月、厳密に言うともう数日しか生きられないんだ」
「はぁ? なんだよそれ」
父さんは何度も瞬きをして今の言葉の意味を理解しようと努めているようだった。
「だけどこの子がね、今の間違いだから取り消してって上司に言ってくれて、なら死の権利ってのが今は僕にあるんだけど、それを誰かに譲渡したら僕は助かるって救済案を出してくれたんだ、だけど当然僕は誰にも譲渡なんてできずにいた、だけど僕を助けるために坂崎は死んだ。あすみちゃんて子は子どもをおろした。そしてもうひとり死んでった人がいる、みんな僕が殺した」
「いや待て待て待て、もしそれが事実なら、なんでもっと前に言ってくれなかったんだよ、俺らがどうにかできたかもしれないのに」
「できないよ、っていうかしてほしくないよ、僕が死ねばそれでいいなら僕は周りを巻き込みたくない」
「違う」
父さんがまた声を荒らげた。
「慶太が死ぬなんてことがあったら母さんはどれだけ悲しむか、遥菜だって俺だってそうだ、生きてる意味なんてなくなる、それくらい大切な存在なんだよ」
「ごめんなさい……」
「あの」
話に入ってきづらかったモナが口を開く。
「ああ、ごめん、でこれからどうなるの?」
「うん、譲渡は無効」
「え?」
「さっきジョウシから聞いたんだけど、それけいたに話そうとあすみちゃんからスマホ借りようとしたんだけど、どうも譲渡には条件があるらしくて」
「条件?」
「うん、“体験した死”しか譲渡できないみたい」
「えっと、どういう意味?」
僕は訝しげに眉をひそめた。
「たとえば親やおじいちゃんおばあちゃんだったり、友達だったり、過去に体験したことのある死、宣告される前にね」
「つまり宣告される前、一ヶ月より前に体験した死?」
「そう」
親は健在、おじいちゃんおばあちゃんも健在、そのまたおじいちゃんおばあちゃんは僕が生まれる前に死んでいるし、僕は誰かの死を体験していない。
「してないよ、死の体験」
「その体験した人と同じ性別とか間柄」
「ダメだ、僕にはいない」
僕たちは全てが無意味に大切なものをなくした。無意味な連鎖は続く。取り返しのつかないものだ。
そして僕のカウントダウンは止まらない。
絶望以外、僕の心を支配するのはなにひとつない。