「やったー」


 あすみちゃんは大袈裟なくらい喜んだ。
 そしてそそくさとみんなのゴミを回収してバケツに放り投げた。


「あすみちゃんの優勝! あすみちゃんの願いはなに?」
「うん、年末もこうやってみんなで会いたい」


 僕は戸惑う。


「え?」
「ね、優勝者の言うことは絶対でしょ?」

 
「まぁ、そうだけど、それはどうかな」みんなそれぞれに困惑の顔が広がる。僕はおじさんにいろいろバレたらいけないからその場を取り繕るように言った。「そうなるように努力する」と。


 持ち合わせたジュースは温くなり喉を潤さなくなっていた。それは、そろそろお別れの時間だといっているようだ。


 夜の風は少し寒さを感じるくらいになってきている。朝晩の気温差が激しくて体を崩しそうになる。
 すぐに季節は冬に変わるだろう。
 この公園だって少しは色づいていく。


 世の中はクリスマスで浮かれ、年末でまた浮かれる。毎年同じローテーションなのに毎年同じように気分が高揚する。


 だけどそこに僕はいない。
 そこにモナもいない。


 こうやってまた来月も再来月もみんなと一緒にいたいだけなのに、それは叶わない。


 楽しい時間は早く過ぎる。それはみんな感じることなんだけどやっぱりいつもと同じ時間ていうのがおかしいと思う。
 時計の速度が上がるわけではないのは嘘だと思う。


 終わらないでと願う今日が、非情にも終わっていく。どんなに願っても時計は速度を落とさない。逆にも回らない。


 過去を嘆くより未来に失望するより今生きていること、今できていることをいかに大切にできるかが重要だと思う。


 思うけどなかなかできない。
 心が思うように動かない。


 過去を悲観して未来に落胆して今を全力で楽しめない。


 夜も深まったので僕たちは解散することにした。


「みんな、ありがとうな、気をつけて帰ってな」
「はーい」


 坂崎は自転車に乗り「じゃあな」と颯爽と帰っていく。あすみちゃんとモナが歩き出すとおじさんが僕にだけ小さく話した。


「兄ちゃんちょっといいか」
「え? あ、うん」


「ふたりともここで別れよう、気をつけて帰ってね」
「あ、うん、じゃあまたね」
「また連絡する」
「バイバイ」


 みんなと手を振って別れる。


 僕はベンチに座りおじさんの方を見る。


「ごめんなぁ、もう遅いのに」
「いや、大丈夫だけど、どうしたの?」
「今日はほんとにありがとうな」
「ふふ、いいよ、楽しんでもらえた?」
「そりゃー、今まででいちばん楽しかったかもな」
「それは大袈裟!」


 そう言ってふたりで笑う。

 だけど、次の瞬間おじさんの顔は真剣な顔に変わった。


「あのな、あすみちゃんのことなんだけど」
「あすみちゃん?」
「ああ、あの子居場所がないんじゃねーか?」
「居場所? 家はあるよ?」


「そうじゃねえ」


 おじさんは首を振る。


「居場所って?」
「昨日と一昨日、あすみちゃんは一晩中ここにいたんだよ」
「ええ?」
「お母さんの彼氏とかなんとかいう奴が来て追い出されちまったんだと」
「そんな」


 あすみちゃんが追い出される、そんなことはありえないと思っていた。あすみちゃんはここで二日過ごしていた。僕に言ってくれればうちに来てもよかったのに、気を遣って言えなかったのかもしれない。


 僕は馬鹿だ。あすみちゃんの気持ちも考えられなくて。


「毛布を持ってきてな、あの中に入れてやったんだよ、あ、もちろん俺はこのベンチにいたぞ、テントの中に誰も入らねーか俺がずっと見張ってたんだ」


 そう言って胸を張る。おじさんは勇者のように誇らしげだった。


「ありがとう、おじさん」
「赤ちゃんもいるんだろ」
「さっきおじさんびっくりしちゃうと思ったけど知ってたんだね」
「ああ、聞いたよ、いろんな話したからな、夜はなげーだろ、あすみちゃんもこんな汚ねーところで寝れるわけないからテントの外と中で話をしたよ」
「どういう話したの?」
「いろいろだよ」


 おじさんは小さく嘆息した。


「そっか」
「とにかく兄ちゃんたちはみんなあすみちゃんの友達だ」
「うん」
「離れたらダメだよ」


 わかってるよって言いたかった。だけど言えなかった。

 わかっていてもできないことだから。


「うーん」


 唸るように曖昧に返す。


「ま、話はそれだけだ」


 そう言うとおじさんはまた汚れた顔を崩して笑う。


 そして僕の背中をパンっと叩いた。


「人生な、いろいろあるよ、いろいろな、悲しいことも苦しいこともたくさんあるよ、だけどな、兄ちゃんには財産がある。友達だよ、友達ってのはなによりの財産だ。頑張れよ、世の中には順番てもんがあるんだよ、兄ちゃんはまだ若い、なんだってできる」


 おじさんは噛み締めるようにそんな言葉を吐いた。


「なんだよ、おじさんだってまだなんだってできるだろ」
「ひゃひゃ、おじさんはもう次のステップいかねーとな」


 もしかしたらおじさんは退去命令が出ていることを知っているのかもしれない。次のステップっていうのは、ここの生活から次の生活へ進むこと。

 きっとそこは暑くも寒くもなくて今日食べるものにも困らない、だけど少し煩わしい、そんな生活なんじゃないかな。


「じゃあ僕行くよ」
「おう、元気でな」


「そんな、遠くへ行っちゃうみたいな言い方しないでよ」
「ひゃひゃそうだったな」

「じゃあね」

「あ、待って、お駄賃を」

「いらない、じゃあね」


 そう言ってお駄賃をポケットに入れられてたまるかと走って公園を後にした。


 しばらくして振り返るおじさんはまだこっちを見ていた。

 僕が振り返ったことでおじさんは笑顔になり大きく手を振る。


 僕も笑顔で手を振り返す。


「さようなら」
 

 するとおじさんはうんうんとうなずいていた。街灯の光でかろうじてその表情が掴めた。


 おじさんはやっぱり目を細くして笑っている。

 僕は満足して踵を返す。





 まさかこれがおじさんとの最後の別れになるなんて思わず軽快な足取りで帰った。










 
 翌日おじさんは死んだ。