「なんだ?」
おじさんは驚いて目を見開いた。
「さあさ、座って座って」
そんなおじさんの驚きなんてお構いなしに僕たちは話を進める。
おじさんをベンチに座らせて誕生日会を始めた。
「今日おじさんの誕生日って聞いてみんなで誕生日会やろうと思ってきましたー」
おじさんは嬉しさと恥ずかしさがないまぜにになったような顔をして頬を緩めた。
「なんだよ」
小さくそう呟くと目に涙を溜める。
「これ、みんなからのプレゼントだよ」
「プレゼント? そんなもんいいのに」
「いいから、開けて」
おじさんは包み紙を開けるとブランケットを取り出し、「おお」と目を見開きそれを手で擦り、そして頬を当てた。
「おお、あったけーな」
「これで今年の冬を過ごしてね」
「ちょっと」
そう言っておじさんは席を立った。テントの方へ行きうずくまる。
泣いているんだろう。
僕たちは目を合わし小さく笑う。穏やかな時間が流れた。
「おじさん喜んでくれてよかったね」
あすみちゃんがそう言う。
モナが満面の笑みでうなずく。
「あー、こりゃあったけーぞ、こんなことしてもらったの何十年振りだろうか」
おじさんが戻ってきた。いつもより足を重たく引きずっているように見える。
「おじさん足、大丈夫? 痛むの?」
「いやぁ、こんなのなんてことねーよ」
「あ、あのこんにちは、初めまして。僕坂崎っていうんですけど」
「おう、坂崎くんか、兄ちゃんの友達か?」
「あ、はい、クラスメイトです」
「そうか」
おじさんは目を細めて笑う。
「これ僕のお母さんからです、お誕生日おめでとうございます」
そう言ってホールケーキを出した。
おじさんはまた目を丸くする。
「え、君のお母さんが? なんで?」
不思議に思うのは当然だろう。
「僕引きこもりで、最近外に出れるようになって、それ比嘉のおかげだし、その友達の誕生日だっていうのでお母さん嬉しくなって」
「そうか、外に出れるようになったのか、それはよかったなー、よかったよかった、外に出るってのはよー、勇気がいるよな」
「え?」
「怖いよな、最初の一歩がこえーんだ」
うんうん、とうなずきながらおじさんは話す。坂崎は「そうです」と声を震わせていた。共感してもらえる大人がいて嬉しかったんだろう。僕には「怖い」って発想はなかった。僕は坂崎の気持ちをちっとも解ってはいなかったんだと痛感した。
「早速食べよう」
あすみちゃんがそう言いホールケーキの箱を開けると、中からは真っ白い生クリームの上に大きなイチゴがいくつも載っているケーキが出てきた。
「わぁきれい」
モナの目が輝く。
「あれ? これナイフは?」
僕のその言葉にみんな一瞬止まり、そして同時に吹き出した。
「やっべ、ないや」
「じゃあ、フォークで分けよう」
結局フォークで歪に分けられたケーキ。外からは見えなかったけど切ってみて初めて断面にイチゴが所狭しと並べられていたのがわかった。
それをみんなで分けて食べる。
もちろんモナも食べた。
「モナちゃん食べれるの?」
「うん、美味しい」
モナは目を細める。
「え? 食べれたんだ」
あすみちゃんは驚く。
モナは相変わらず味のないケーキを食べているんだと思う。だけどこの楽しいお祝いの会に合わせてまるで口の中に酸味と甘みが広がって幸せなハーモニーを作っているかのように振舞っていた。
ケーキは一人分余った。それをおじさんの夜食にしてと渡す。
「じゃあ次は、これー! 花火やりましょう、もう夏も終わっちゃったからね」
あすみちゃんが花火を開ける。
「中ほとんど入ってるじゃん、これほんとに余り?」
まさか余ったなんて嘘をついてほんとうは買ってきてくれたのかと思ってつい聞いてしまった。
「ほんとはね、彼氏とやろうと思ってたの」
「あ……」
ずっと聞きたくても聞けなかった話をしだした。
「この子の父親」
そう言ってお腹を撫でる。
「その彼氏は?」
坂崎の言葉にあすみちゃんは苦笑した。
「どっか消えた! 赤ちゃんできた話した瞬間ブロックされた! もう笑っちゃうよね」
僕たちは当然笑えなかった。
「なんてひでー男だ」
おじさんがそう言うから次々に「そうだそうだ」と同調する声が続く。
「ま、そんなことより、花火花火! まずは手持ち花火、やろ」
あすみちゃんは小さいバケツを持っていた。それに花火を入れていたんだけど、それを持って歩き出したから僕がバケツを受け取った。
「水だよね? 僕が汲んでくるよ」
「そう? ありがとう」
あすみちゃんは明るく努めている。それは痛々しいくらい。あすみちゃんの心の傷が全身から滲み出ているのに、あすみちゃんは痛がる素振りもなく笑っている。僕たちにはなにもできなくてもどかしい。
戻るととロウソクに火をつけコンクリートにロウを垂らしていた。そしてロウソクを置く。僕たちは花火をひとつずつ渡されて順番に火をつけていく。
「はい、終わったやつはここね」
僕はバケツを中央に置く。
「ありがとう」
暗闇の中、五つの小さな花が咲く。
その花の光に照らされてみんなの顔がよく見える。
みんなが笑っていた。
僕は嬉しかった。
坂崎がくるくると花火を回す。残像が闇に残る。
モナは火が怖いのか腰を引いて花火を持っている。
火の勢いが小さくなって辺りは闇夜に戻る。
あすみちゃんは「次はこれ」と打ち上げ花火をセットした。小さな打ち上げ花火だ。
みんな危ないからっておじさんが火をつけた。
「あぶねーからみんな離れてろよ」
僕たちは数歩後ずさる。すると火がつき、その火は導火線から這うように打ち上げ花火に到着してパンっと音を立てて開いた。
とても小さくて可愛い花火だった。
「可愛い」
モナは手を叩いてはしゃいでいた。
花火の袋を本格的に大きく開けてどれでも好きなものをみんなでやる。
ぱちぱちと花火が弾ける音と笑い声だけが響く夜。
最後の線香花火に差しかかる。
「勝負しよう」
あすみちゃんが言った。
「いいよ、負けた人は?」
「ううん、勝った人のお願いをみんなが聞くの」
「なるほどね、面白そう」
坂崎が言う。みんなもうなずく。
線香花火に同時に火をつけて勝負が始まる。
誰が最後まで火が消えないか、そんな勝負。
最初に落ちたのは僕だった。
「あっ」
「あー、比嘉脱落ー」
「くっ」
次に落ちたのはモナだった。
「あー」
「モナちゃん残念」
モナは頬をふくらます。
モナにみんなにしてほしい願い事があったのか意外にモナが負けず嫌いだったのか、どちらかはわからない。
次におじさんの火が落ちた。
「おお、ダメか」
「残るは私と坂崎くんだね」
あすみちゃんと坂崎の一騎打ちになった。
ふたりの火が消えそうになる。
あすみちゃんは必死に消えないように角度を変える。風から火を守っているようだ。それが効果があるのかはわからないけど。
結局、あすみちゃんの熱量が勝ったのか、坂崎の花火は弾けることをやめ、あすみちゃんに軍配が上がった。
おじさんは驚いて目を見開いた。
「さあさ、座って座って」
そんなおじさんの驚きなんてお構いなしに僕たちは話を進める。
おじさんをベンチに座らせて誕生日会を始めた。
「今日おじさんの誕生日って聞いてみんなで誕生日会やろうと思ってきましたー」
おじさんは嬉しさと恥ずかしさがないまぜにになったような顔をして頬を緩めた。
「なんだよ」
小さくそう呟くと目に涙を溜める。
「これ、みんなからのプレゼントだよ」
「プレゼント? そんなもんいいのに」
「いいから、開けて」
おじさんは包み紙を開けるとブランケットを取り出し、「おお」と目を見開きそれを手で擦り、そして頬を当てた。
「おお、あったけーな」
「これで今年の冬を過ごしてね」
「ちょっと」
そう言っておじさんは席を立った。テントの方へ行きうずくまる。
泣いているんだろう。
僕たちは目を合わし小さく笑う。穏やかな時間が流れた。
「おじさん喜んでくれてよかったね」
あすみちゃんがそう言う。
モナが満面の笑みでうなずく。
「あー、こりゃあったけーぞ、こんなことしてもらったの何十年振りだろうか」
おじさんが戻ってきた。いつもより足を重たく引きずっているように見える。
「おじさん足、大丈夫? 痛むの?」
「いやぁ、こんなのなんてことねーよ」
「あ、あのこんにちは、初めまして。僕坂崎っていうんですけど」
「おう、坂崎くんか、兄ちゃんの友達か?」
「あ、はい、クラスメイトです」
「そうか」
おじさんは目を細めて笑う。
「これ僕のお母さんからです、お誕生日おめでとうございます」
そう言ってホールケーキを出した。
おじさんはまた目を丸くする。
「え、君のお母さんが? なんで?」
不思議に思うのは当然だろう。
「僕引きこもりで、最近外に出れるようになって、それ比嘉のおかげだし、その友達の誕生日だっていうのでお母さん嬉しくなって」
「そうか、外に出れるようになったのか、それはよかったなー、よかったよかった、外に出るってのはよー、勇気がいるよな」
「え?」
「怖いよな、最初の一歩がこえーんだ」
うんうん、とうなずきながらおじさんは話す。坂崎は「そうです」と声を震わせていた。共感してもらえる大人がいて嬉しかったんだろう。僕には「怖い」って発想はなかった。僕は坂崎の気持ちをちっとも解ってはいなかったんだと痛感した。
「早速食べよう」
あすみちゃんがそう言いホールケーキの箱を開けると、中からは真っ白い生クリームの上に大きなイチゴがいくつも載っているケーキが出てきた。
「わぁきれい」
モナの目が輝く。
「あれ? これナイフは?」
僕のその言葉にみんな一瞬止まり、そして同時に吹き出した。
「やっべ、ないや」
「じゃあ、フォークで分けよう」
結局フォークで歪に分けられたケーキ。外からは見えなかったけど切ってみて初めて断面にイチゴが所狭しと並べられていたのがわかった。
それをみんなで分けて食べる。
もちろんモナも食べた。
「モナちゃん食べれるの?」
「うん、美味しい」
モナは目を細める。
「え? 食べれたんだ」
あすみちゃんは驚く。
モナは相変わらず味のないケーキを食べているんだと思う。だけどこの楽しいお祝いの会に合わせてまるで口の中に酸味と甘みが広がって幸せなハーモニーを作っているかのように振舞っていた。
ケーキは一人分余った。それをおじさんの夜食にしてと渡す。
「じゃあ次は、これー! 花火やりましょう、もう夏も終わっちゃったからね」
あすみちゃんが花火を開ける。
「中ほとんど入ってるじゃん、これほんとに余り?」
まさか余ったなんて嘘をついてほんとうは買ってきてくれたのかと思ってつい聞いてしまった。
「ほんとはね、彼氏とやろうと思ってたの」
「あ……」
ずっと聞きたくても聞けなかった話をしだした。
「この子の父親」
そう言ってお腹を撫でる。
「その彼氏は?」
坂崎の言葉にあすみちゃんは苦笑した。
「どっか消えた! 赤ちゃんできた話した瞬間ブロックされた! もう笑っちゃうよね」
僕たちは当然笑えなかった。
「なんてひでー男だ」
おじさんがそう言うから次々に「そうだそうだ」と同調する声が続く。
「ま、そんなことより、花火花火! まずは手持ち花火、やろ」
あすみちゃんは小さいバケツを持っていた。それに花火を入れていたんだけど、それを持って歩き出したから僕がバケツを受け取った。
「水だよね? 僕が汲んでくるよ」
「そう? ありがとう」
あすみちゃんは明るく努めている。それは痛々しいくらい。あすみちゃんの心の傷が全身から滲み出ているのに、あすみちゃんは痛がる素振りもなく笑っている。僕たちにはなにもできなくてもどかしい。
戻るととロウソクに火をつけコンクリートにロウを垂らしていた。そしてロウソクを置く。僕たちは花火をひとつずつ渡されて順番に火をつけていく。
「はい、終わったやつはここね」
僕はバケツを中央に置く。
「ありがとう」
暗闇の中、五つの小さな花が咲く。
その花の光に照らされてみんなの顔がよく見える。
みんなが笑っていた。
僕は嬉しかった。
坂崎がくるくると花火を回す。残像が闇に残る。
モナは火が怖いのか腰を引いて花火を持っている。
火の勢いが小さくなって辺りは闇夜に戻る。
あすみちゃんは「次はこれ」と打ち上げ花火をセットした。小さな打ち上げ花火だ。
みんな危ないからっておじさんが火をつけた。
「あぶねーからみんな離れてろよ」
僕たちは数歩後ずさる。すると火がつき、その火は導火線から這うように打ち上げ花火に到着してパンっと音を立てて開いた。
とても小さくて可愛い花火だった。
「可愛い」
モナは手を叩いてはしゃいでいた。
花火の袋を本格的に大きく開けてどれでも好きなものをみんなでやる。
ぱちぱちと花火が弾ける音と笑い声だけが響く夜。
最後の線香花火に差しかかる。
「勝負しよう」
あすみちゃんが言った。
「いいよ、負けた人は?」
「ううん、勝った人のお願いをみんなが聞くの」
「なるほどね、面白そう」
坂崎が言う。みんなもうなずく。
線香花火に同時に火をつけて勝負が始まる。
誰が最後まで火が消えないか、そんな勝負。
最初に落ちたのは僕だった。
「あっ」
「あー、比嘉脱落ー」
「くっ」
次に落ちたのはモナだった。
「あー」
「モナちゃん残念」
モナは頬をふくらます。
モナにみんなにしてほしい願い事があったのか意外にモナが負けず嫌いだったのか、どちらかはわからない。
次におじさんの火が落ちた。
「おお、ダメか」
「残るは私と坂崎くんだね」
あすみちゃんと坂崎の一騎打ちになった。
ふたりの火が消えそうになる。
あすみちゃんは必死に消えないように角度を変える。風から火を守っているようだ。それが効果があるのかはわからないけど。
結局、あすみちゃんの熱量が勝ったのか、坂崎の花火は弾けることをやめ、あすみちゃんに軍配が上がった。