電気をつけるとシンイリが迷惑そうに伸びをした。


「シンイリ」


 声をかけると寝返りを打ちモナの膝の中、隠れるようにまた眠った。


「明日は晴れるかな?」


 窓を開けると星が出ている。晴れそうだと思った。明日は晴れてほしい。最期の思い出になるかもしれないから。


 翌日陽の光に眉をひそめ目が覚めた。思った以上に空には青が広がっている。僕の願いがかなったようで嬉しくなった。神様っているのかな、なんて思った。だけどいるならたまたま好きになった子が死神なんて残酷なことしないかと自虐的に笑った。


 リビングに行くとモナとシンイリがまた仲良さげにくっついていた。何度も言うけど羨ましいぞ、シンイリ!


 支度をして家から出る。

 モナのための布団は押し入れに戻した。なんだか証拠隠滅をしている気分になる。

 外に出ると日差しが強く暖かい。何も知らなかった少し前の夏に戻ったようだ。


 だけどその夏にはモナはいない。
 いいんだか悪いんだかわからない。


 ファミレスの駐車場に向かうと坂崎がいた。


「よお」
「おお」


 簡単に挨拶をしてあすみちゃんを待つ。


「いくらだった?」
「千円で」


 二千円貰おうとしていたけど申し訳なくなって千円にした。

 
「レシート見せろよ、もっとするだろ」
「いや、モナも払ってくれたしあすみちゃんも払ってくれるみたいだから」
「そうなのか?」


 モナは恥ずかしそうに俯く。


「払ってくれたじゃん! な?」
「う、うん」


 歯切れ悪くそう答える。


「じゃあ、はい」
「ありがとう」


 千円を受け取っているとあすみちゃんが来た。


「みんなー! お待たせー」


 あすみちゃんは思ったより元気だった。というか元気すぎて逆に不自然だった。


「あすみちゃん」
「モナちゃん! ごめんね、今日からまた一緒だよ」


「あ、うん、あの私大丈夫だよ、おうちなくても」
「何言ってんの? ダメダメ、あ、けいたくん、お金いくらだった?」

 
「あっ」チラッと坂崎を見る。「えっと五百円……でいいよな? 坂崎」


 確認すると「もちろん」と坂崎は答えた。


「え? そんなに安いの?」
「坂崎が多く払ってくれたんだ」
「そうなの? ありがとう」
「いやそんな払ってないよ」
「今回は男子は多め女子は少なめ、な!」


 そう言って坂崎の肩を組んだ。


 坂崎は自転車で来ていた。カゴに大きな袋が入っている。


「坂崎くんそれなに?」


 あすみちゃんが聞く。


「あ、ケーキ」
「え? 用意してくれたの?」
「そのおじさんて人は甘いもの好きかな?」
「好きだって言ってた」
「お母さんが比嘉の友達の誕生日会だって言ったら持ってけって」
「えー、ありがとう、でもおばちゃん俺の友達がおじさんて知ったら驚くかも」


 そう言って笑うとみんなも一緒になって笑った。


「でもお母さんマジで比嘉には感謝してるんだ、俺を外に連れ出してくれたって」
「あぁ、もう僕がいなくても坂崎は外出れるよなー?」


 僕はほんの冗談で言ったんだ。だけどみんなの笑顔が止まるから気まずくなった。


「そんなこと言うなよ」
「ごめんごめん」


 空気を変えるようにあすみちゃんが「ジャーン」と袋を前に突き出した。


「何それ?」
「夏の花火が残ってたの。みんなでしない?」
「わー、花火?」


 モナの顔が輝いた。


「おう、しよう、ありがとうね」


 あすみちゃんは首を横に振った。


 モナはまた小さな鞄の中をガサゴソと漁った。


「私もなんかないかな」
「ないだろ?」
「これしかないや」


 そう言ってえへへと笑う。モナの手のひらには小さなカマが載っていた。


「あははそれやばい」 


 あすみちゃんがそう言ってみんなが笑う。こんな時間がずっと続けばいいのにと思う。


「おじさーん、あれ?」


 公園に着いたけどおじさんはいない。


「おじさんお仕事かな?」
「そうだね少し待ってみようか」


 もしかしたら今日は誕生日だしおじさんも予定があるのかもしれない。僕は当たり前におじさんが帰ってくると思っていたけどもしも帰ってこなかったらどうしようと不安がよぎる。


 しばらくしてもおじさんは帰ってこない。


「予定があったのかな?」


 坂崎のその言葉に不安がよりいっそ強くなる。


「大丈夫だよ、おじさんは来るよ」

「あすみちゃん知ってるの?」

「え? いや、ただの勘」


 そんな話をしていたらザッ、と砂を踏む音がしておじさんが帰ってきたのかと振り返る、そしたらおじさんはおじさんだけど、知らないおじさんがふたり立っていた。

 知らないおじさんたちはおじさんの家を棒でつついて中を覗き顔をしかめた。


「チッ、汚ねーな」
「あの」
「んあ? 高校生か?」
「あ、はい」
「ほら、高校生とか来るんだから早く撤去させねーとな」
「そうだな」


 ふたりのおじさんはなにやらヒソヒソと話し合う。


「その家撤去するんですか?」
「退去してもらうように言おうと思ったけどいないみたいだな、また来るよ」


 それでこの人たちは市の職員さんなんだってわかった。


「おじさんは……どうなるんですか?」
「ええ? 働いて家借りてもらうしかないよ、それが無理なら生活保護とか申請してもらうとか、とにかく話を聞かないと」


 おじさんの家がなくなってしまう。


 すると遠くの方から足を引きずるシルエットが近づいてきた。僕たちは慌てた。


「あっ、私たちここで花火しても構いませんか?」


 あすみちゃんがおじさんたちの気をそらす。
 僕とモナははおじさんの方へ行き見つからないように隠す。


「花火? まぁ、火だけは気をつけてくれよな、ちゃんと片付けてゴミを残さず帰って、高校生なんだから遅くまでいたらダメだぞ」
「わかってますわかってます、じゃあさよなら」


 半ば強引に坂崎がおじさんたちを追い返す。

 おじさんたちは立ち去り安堵した。


「ふぅ、おじさーん!」


 そしておじさんの方を向きみんなで手を振った。

 おじさんは驚いたように目を見開いたあと、急ぎ足でこっちに向かってきた。


「そんなに急がなくても大丈夫だよー」


 足を引きずりながら急ごうとするおじさんに僕は言う。

 僕たちがおじさんの方へと駆けていく。


「どうした、兄ちゃんたち」

 
「いくよー? せーのっ!」



 僕のその号令でみんな一斉に息を吸う。








『ハッピーバースデー! おじさん!』