家に戻り荷物を置く。モナがシャワーを浴びたいというので浴室に案内する。モナはシャワーは浴びるんだな。


 僕は母さんが用意してくれていた肉じゃがとご飯をレンジに入れた。さっきのプリンと一杯半のカフェオレは僕のお腹をたぷんたぷんにはしたけれど、お腹を満たすまでではなかった。


 それにしても量がたくさんだ。さっきのプリンがなかったとしてもさすがの僕も食べきれない。


 解凍には少し時間がかかる。
 僕はシンイリの水を取りかえた。


 シンイリは新しくするとお水を飲む。
 さっきと同じお水なのに新鮮な気がするのだろうか。

 カリカリだってそうだ、食べなくなって乾燥してくるから新しいのを出すと食べだす。
 グルメなのか?

 古くなったのを手に取り、それを新しい振りをして与える。

 食べだす。

 単純な奴で安堵する。


 そんなシンイリの生態について考えていたらモナがシャワーから出てきた。
 髪が濡れている。


「僕の服着る?」


 そう言ってロンTとスウェットを渡すと脱衣所に戻り着替える。


 脱衣所から出てきたモナはブカブカの服を身を纏っていた。

 サイズが合わず手が隠れてしまっている。


「これ洗濯するよ、ドライヤー使っていいからね」


 モナの服を洗濯機にかけた。


「ありがとう」
「いいえ、いつもずっとこれ着てるの?」
「家の中ではあすみちゃんが服を貸してくれるの」
「そうなんだ」
「外ではそれを着てないと怒られるの」
「そっか」


 そういえば昨日からスウェット貸してあげればよかったな。気が利かない自分に嫌悪感を抱く。


 そうしている間にレンジから温め完了の音が聞こえてきた。


 僕は食卓に戻りテーブルに肉じゃがとご飯を並べる。冷蔵庫を見ると漬物が入っていたからそれも出して食べようとした。


 そしたらモナが髪の毛を乾かし終わりこっちに来た。


「なんか飲む?」

「じゃあ、お水」


 驚いた、いらないと言うと思ったからだ。

 さっきはカフェという雰囲気で飲みたかっただけだと思っていたけど喉が渇くのかな?


 少しずつ人間に近くなっている。
 このまま人間になってくれないかな。


「はい、喉は乾くの?」
「ううん、でもけいたと一緒に食事がしたい」
「はは、そっか」


 ふたりで食卓を囲む。


 モナは僕のご飯を覗き込む。


「食べてみる?」
「うん」
「よかった、ひとりじゃ食べきれないと思ってたんだよ、また冷凍し直すわけにもいかないしね」


 僕は取り皿を取って少し肉じゃがを分けモナの前に置いた。

 モナは思い切り息を吸い込んで匂いをかいだ。


「はぁ」
「どう? 匂いする?」
「うん、いい匂い!」
「匂いはするんだ」


 それはよかったと思いながらじゃが芋を箸で割る。それを口に含むと甘みが体に広がった。

 モナもそんな僕を見ながら同じように箸でじゃが芋を割って口に含んだ。味はしないんだろうけど僕はモナのリアクションをドキドキしながら待った。

 きっと無味だろう。

 モナはゆっくりと咀嚼して、ごくん、と飲み込んだ。

 それと同時に涙を流した。


「え? どうしたの?」

「なんか、わからない」


 モナはポロポロと涙を流す。


 僕は慌ててティッシュを取りに行く。


「はい」
「ありがとう、なんか……ママの味がした」


「え? お母さんいるの?」


 僕は驚いて大きな声が出た。

 モナは首を傾げる。


「わからない、今はいない」


 そして、そう呟いた。

 
 昔いたのかもしれない、そのことが肉じゃがを食べて思い出したのかもしれない。無味の肉じゃがを食べているはずだけど、味覚がないだけでどこかの中枢がお母さんの味を思い出させたのかもしれない。


 僕たちの食事が終わると僕は食器を流しに持っていき簡単に洗った。そして振り向くと恨めしそうな視線が。


「シンイリもお腹空いたか」


 思わず笑ってしまった。

 ふてぶてしい顔でこちらを見ていたシンイリ。ご飯を皿に出してシンイリに持っていく。

 ちょうどその頃洗濯が終わった音がした。
 僕は乾燥機にそれをかけた。

 リビングに戻るともうシンイリはご飯をぺろりと平らげた後だった。


「相変わらず早いなぁ」


 シンイリは念入りに右足を舐め、しだいに顔を洗いだした。お手入れはかかさない。

 シンイリは顔を一心不乱に顔を洗う。僕とモナはそれを見ていた。するとシンイリは耳を巻き込んで顔を洗った。


「あっ」
「ん?」


 モナがそれを見て声を出した。


「雨」
「え? 雨?」


 僕は空を見た。
 雨が降る様子はない。


「耳巻き込むと雨が降る」


 そう言って破顔した。


「なんでそんなこと知ってるの?」


 そんな迷信、僕も聞いたことがあった。だけどモナが知っていたことに僕は不思議に思い聞いた。


「うーん、なんでだろ?」


 モナは首を傾げる。
 モナは人間だったのかな?

 
 シンイリがまた丸くなり眠る体勢になった。


「テレビでも見る?」
「あ、うん」


 僕はついたままのテレビのボリュームを上げてテーブルに戻る。出したままの参考書とノートを閉じた。


 それと同時にポケットの中のスマホを取り出した。やっぱりあすみちゃんから返事が来ていた。


 ――誰もいなくならないで


 悲痛な叫びがその文字に詰められていた。

 僕はどうすることもできずにただそれを見ていた。モナが合わせたチャンネルからお笑い芸人の笑い声がする。

 その声だけが唯一、今の僕の心を落ち着かせた。



 気がつくともう外は夜を運んできていた。

 そういえば随分前に鳴っていた乾燥終了を知らせる音。
 振り向けばテレビの明かりがモナを照らしていて、その膝にはシンイリが眠っていた。


 時計を見る。もうこんな時間か、随分勉強に集中していた。僕は乾燥機から洗濯物を取り出してモナの服を返した。


「ありがとう」
「うん」


 テレビの音は小さくなっていた。僕に気を遣って小さくしてくれたんだろう。

 夜が明けるとまた新しいいちにちが始まる、僕の寿命はまたひとつ減る。

 だけどそれって僕だけじゃなくてみんなそうなんだよな。かぎりある時間ていうのは気づいてはいるんだけど、終わりはわからないし、ずっと先だと思っているからみんないちにちが終わる時にこんな気持ちにならないだけで。