「シンイリのこと見ててもらっていいかな?」
モナは笑顔でうなずく。
「じゃあ僕は部屋で寝るから、なにかあったらドア叩いて」
「わかった」
そして僕は部屋で、モナはリビングで布団に入る。
同じ家の中、僕とモナは違う夢を見る。
……と思ったけど、モナは眠らないから夢を見ないのか。モナは眠って嫌なことを忘れるということもないんだ。
そんなことを思いなんとなく切ない気分になりながら僕はあすみちゃんに連絡をした。
――明後日おじさんの誕生日会やるんだ、来ない?
あすみちゃんからの返事はなかった。
坂崎にも連絡をした。
――俺の友達に公園で生活してるおじさんがいるんだけど、すげー優しいおじさんなんだ、そのおじさんが明後日誕生日で誕生日会やろうと思うんだけどよかったらこないか?
――俺が行ってもいいのか?
――もちろん
――わかった、行くよ
気まずく別れて不安だったけど普通でよかった。
――ファミレスの駐車場で待ち合わせしよう
――あぁ、プレゼントどうしよう?
――いらないよ。笑
――そういうわけにもいかないだろう
――僕はブランケットを買おうと思ってる
――じゃあ予定より少し値段高いあったかいやつにして、俺が半分出すから
――ありがとう
知らないおじさんの誕生日に当たり前にこんなこと言える奴ってなかなかいないよな。坂崎は今心が体調不良なだけだ。きっとよくなるよ。そしたら外に出て、坂崎がどんな奴かってみんながわかるだろう。
そうして坂崎の周りに人が溢れて坂崎が幸せに笑っている、僕はそんな風景を頭に思い描いて眠りについた。
明日モナとブランケットを買いに行こう。
翌日目を覚ましリビングに行くとモナは布団にくるまって横になっていた。カーテンが閉まったままの暗い室内、無音のテレビの明かりがぼんやりと部屋を照らしていた。シンイリはモナの腕の中で眠っている。羨ましいぞ、シンイリ!
僕の気配に気づいたのかモナは体を起こした。
「おはよう」
「おはよう」
「今日おじさんの誕生日プレゼント買いに行くんだけど一緒に行かない?」
「うん」
あすみちゃんからの連絡はなかった。
支度をしてモナと買い物に出る。モナはシンイリの毛をコロコロで取り切れたのかワンピースを凝視する。大丈夫だったのかうなずき歩きだす。
モナと目当ての店に入り少しブランケットの売り場を探す。
暖かそうなブランケットを見つけた。五千円する、僕が三千円坂崎が二千円てところかな。
モナは肩から下げた鞄をガサゴソと漁り出した。
「いらないよ」
僕は言う。モナはなぜかお金を持っている。こちらで生活をするためにいくらか渡されているようだ。ファミレスのドリンクバーのお金も自分で払う。
「私もおじさんになにかあげたい」
そう言ってお財布を出した。中身はもう千円しかなかった。
「小銭はある?」
全部使ってしまうとここで生活ができない。次あのジョウシに会うまではそれで凌がないとならないのだ。
モナは小銭入れの方を開く。
僕は端数をそこから取る。
「これでみんなからだ」
そう言うとモナは申し訳なさそうにお財布を閉じた。
会計をしているとスマホが鳴った。あすみちゃんから返事が来た。
――遅くなってごめん。行く!
――坂崎も来てくれることになって俺たちファミレスで待ち合わせしたけど
――私も行くね。プレゼントはどうする?
――今買った。ブランケットにしたよ。みんなからって言うから
――私も払うから立て替えといて!
――いらないよ。笑
――私からもあげたい
――はーい。笑
僕はふっと笑った。みんなが同じ反応なのが面白くて。
――あと、モナちゃんだけど今夜も頼んでいい?明日から絶対大丈夫だから
このメッセージを見てモナに見られないようにスマホの角度を変えた。
――そのことだけど、大丈夫なの?ずっと頼んじゃってるけど
――大丈夫だよ、だってモナちゃん行くとこないでしょ
――まぁそうだね、ただ僕が死んだ後はモナも消えるから、あと一ヶ月弱のお世話になるけど
こうやって自分の寿命を書くとぐっと胸に来るものがある。
いいペースでラリーしていたメッセージ、既読はついているのに止まった。
僕がスマホを見ながら固まっているとモナが覗きこもうとしたからさっとポケットに戻した。
そして会計が終わると僕のお腹がぐーっと音を立てた。モナに聞こえたかもしれなくて恥ずかしくなる。
「お腹空いた?」
モナは楽しそうに笑う。
僕は恥ずかしくて俯く。
「うん、空いちゃった」
モナは何も食べないから僕だけ食べるのも悪くて言い出さなかったのにこのお腹が主張してきた。
「なにか食べよう」
僕はハッとした。
もちろんモナは食べないんだど、なんだかこの会話がデートみたいだと感じて。
「そうだね、家に母さんが作ったご飯があるんだ、それを食べるよ」
ポケットの中でスマホが震えた。返事が来たんだろう。
僕はモナがいないところで見ようと思ったからそれに気付かないふりをした。
モナは自分の行き場ないことを知ればまた外で暮らすと言い出すだろう。モナが外で生活をしていても誰かに襲われたり傷つけられたりすることはないだろう。
寒かったり、暑かったり、怪我をしたり病気になったりすることもないだろう。
だけどやっぱり女の子を外で生活させるには抵抗がある。かといって僕の家に連れてくるわけにはいかない。明後日には家族みんな帰ってくる。
ふと思う。最初で最後のデートができるんじゃないかと。こんな時に家で母さんの作った肉じゃがを食べるんじゃなくて、いや、食べるんだけど、だけどその前に少しくらいデートのようなものをしてもいいだろう。
「モナ、カフェに行かない?」
「行く!」
モナは目をキュッと瞑り笑顔でそう答えた。
想像した以上のリアクションだった。
「もしかしてそういうところ行ってみたかった?」
そう聞くとモナは恥ずかしそうに頬を染めうなずいた。
僕はこういうところが女心がわかっていないところだろう。だけど僕は恋なんてしたことないんだ、それは仕方がないだろう。
誰に言われたわけでもないのにムキになって反論する。
最近僕は自分でも知らなかった自分の部分が見えてきている。
お人好しで優しいなんて言われてきていた僕、僕もそう思っていた。だけもほんとうの僕は少し攻撃的な部分もあるのかもしれないなぁなんて思ったらふっと笑みがこぼれた。
攻撃的な部分ていうよりは、こんな僕にも譲れないものとか主張したいものにはそれなりにムキになるんだなと思っただけ。
オシャレなカフェ、ちょっと気にはなっていたけど入ることなんて絶対ないと思っていた場所だ。
「ここどうかな?」
「可愛い! 入りたい」
木造でできてきてコテージみたいな造りになっている。昔ながらの喫茶店のようにも見えて、ドアを開けるとからんとベルが鳴る。
中では木の匂いが微かに鼻腔をくすぐる。
森の中に来たような、そんな気分になった。
「何頼む?」
メニューを開かながらモナは真剣に悩む。
「んー」
眉を寄せて本気だ。
「そんなに悩む?」
「んー?」
その眉のままこちらを見た。
僕は思わず笑ってしまった。
こんな眉間にシワを寄せているモナを見たのは初めてだったから。
だけどこんなモナも可愛いと不覚にもときめいた。
「僕はカフェオレにしようかな」
「んー、じゃあ私も」
「え? 同じの?」
「その方が作るの楽だし」
「あはははは」
僕は思わず声を出して笑ってしまった。
それだけ悩んで僕と同じものを頼んだのも面白かったし、その理由が店員さんの作る手間を考えていたなんて。
モナおっちょこちょいでドジっ子でなんだか頼りなさそうな子だけど、人の気持ちを考えられる優しい子だ。
モナのメニューを下げようと思ったけど、モナはどこかをジーッと眺めている。
「ケーキ?」
それに気づいた僕にふふふと笑ってメニューをパタンと閉じた。
「店員さん呼ぶ?」
モナが手を挙げる準備をしている。
「いや、ケーキ食べたいなら食べようよ」
「でも私食べられないし」
「僕とふたりではんぶんこする?」
「え? いいの?」
モナの顔にパッと花が咲く。
僕はまた胸のときめきを抑えられない。
「いいよ、どれがいい?」
「うーん、これかな」
指さしたのは……プリンだった。
「これプリンだけど」
そう言ったらモナは恥ずかしそうに顔を赤らめながら声を出して笑った。
「プリンだった」
ほんとうに大丈夫かなこの子、なんて思いながらそんなところが可愛い。
「プリンがいいのね?」
「うん、これ食べたい」
「え? さくらんぼ? プリンじゃなくてさくらんぼ?」
僕はもう混乱してきて、僕がそんな声を出す度にモナがキャッキャと喜んで笑う。僕もつられて笑う。まだなにもオーダーする前からふたりはずっと笑っている。
時が止まってほしい。
僕はこの日を一生忘れないだろう。
「カフェオレふたつと、プリンサンデーひとつください」
「かしこまりました、少々お待ちください」
店員さんが去っていき「さくらんぼはあげるよ」
と言ったら「やったやった」と手を叩いて喜んだ。
「ちょっと、モナ、なんか面白い、そんなにさくらんぼ食べたかったの」
僕はそんなモナが面白くてまた笑った。
モナは「うーん」と首を傾げ指を顎に当てた。
もしかしたらそんなモナが過去にいたのかな?
すぐにふたり分のカフェオレが運ばれてきた。僕たちはそれぞれにストローを差す。
僕は喉が渇いていたこともあり一気に飲み干した。
モナは少しずつ吸い込んだ。
少し遅れて届いたプリンにモナの視線が完全にロックした。
「はい、プリンも食べる?」
ふるふると首を振る。
食べないんかい、と思わずツッコミを入れたくなる。
僕はプリンをひと口スプーンに取って口に運んだ。甘みとカラメルの苦味がちょうどよく口の中で混ざり合い幸せが広がる。
モナは嬉しそうにさくらんぼを見つめそれをひょいっと口に運んだ。
見守る僕、ニコーっと笑顔になるモナ。
どうやら美味しかったようだ。
もちろん味はしないだろうけど食感だけでも楽しめていたならいいな。
「これ飲んで」
「えっ?」
モナはそんなにカフェオレを飲めないらしくて半分くらい残している。
「もう飲めない」
「残したら?」
「悲しむ」
そう言って店員さんの方を見る。
確かにそうだね、残すのは店員さんが悲しむね。
モナは僕の飲み干したカフェオレのグラスと自分のグラスを交換した。
僕は自分のストローを持っていかれて戸惑った。
このままモナのストローで飲むべきか、モナの目の前にある僕のストローを奪って飲むべきか。
前者はなんか嫌な気をさせたら嫌だし、後者はなんか嫌な気をさせたら嫌だ。
ん? どちらにせよ嫌な気分にさせる可能性があるのか。
僕は平静を装ってストローに口を近づけた。僕の心臓が口から飛び出してきそう。
こんなことくらいでこんなに心臓が動く自分が情けなくなる。
いくじのない僕はストローを指で押さえてグラスに口をつけて一気に喉に流し込んだ。
そして伝票を取って動揺がバレないようにそそくさとレジへ向かった。
モナは笑顔でうなずく。
「じゃあ僕は部屋で寝るから、なにかあったらドア叩いて」
「わかった」
そして僕は部屋で、モナはリビングで布団に入る。
同じ家の中、僕とモナは違う夢を見る。
……と思ったけど、モナは眠らないから夢を見ないのか。モナは眠って嫌なことを忘れるということもないんだ。
そんなことを思いなんとなく切ない気分になりながら僕はあすみちゃんに連絡をした。
――明後日おじさんの誕生日会やるんだ、来ない?
あすみちゃんからの返事はなかった。
坂崎にも連絡をした。
――俺の友達に公園で生活してるおじさんがいるんだけど、すげー優しいおじさんなんだ、そのおじさんが明後日誕生日で誕生日会やろうと思うんだけどよかったらこないか?
――俺が行ってもいいのか?
――もちろん
――わかった、行くよ
気まずく別れて不安だったけど普通でよかった。
――ファミレスの駐車場で待ち合わせしよう
――あぁ、プレゼントどうしよう?
――いらないよ。笑
――そういうわけにもいかないだろう
――僕はブランケットを買おうと思ってる
――じゃあ予定より少し値段高いあったかいやつにして、俺が半分出すから
――ありがとう
知らないおじさんの誕生日に当たり前にこんなこと言える奴ってなかなかいないよな。坂崎は今心が体調不良なだけだ。きっとよくなるよ。そしたら外に出て、坂崎がどんな奴かってみんながわかるだろう。
そうして坂崎の周りに人が溢れて坂崎が幸せに笑っている、僕はそんな風景を頭に思い描いて眠りについた。
明日モナとブランケットを買いに行こう。
翌日目を覚ましリビングに行くとモナは布団にくるまって横になっていた。カーテンが閉まったままの暗い室内、無音のテレビの明かりがぼんやりと部屋を照らしていた。シンイリはモナの腕の中で眠っている。羨ましいぞ、シンイリ!
僕の気配に気づいたのかモナは体を起こした。
「おはよう」
「おはよう」
「今日おじさんの誕生日プレゼント買いに行くんだけど一緒に行かない?」
「うん」
あすみちゃんからの連絡はなかった。
支度をしてモナと買い物に出る。モナはシンイリの毛をコロコロで取り切れたのかワンピースを凝視する。大丈夫だったのかうなずき歩きだす。
モナと目当ての店に入り少しブランケットの売り場を探す。
暖かそうなブランケットを見つけた。五千円する、僕が三千円坂崎が二千円てところかな。
モナは肩から下げた鞄をガサゴソと漁り出した。
「いらないよ」
僕は言う。モナはなぜかお金を持っている。こちらで生活をするためにいくらか渡されているようだ。ファミレスのドリンクバーのお金も自分で払う。
「私もおじさんになにかあげたい」
そう言ってお財布を出した。中身はもう千円しかなかった。
「小銭はある?」
全部使ってしまうとここで生活ができない。次あのジョウシに会うまではそれで凌がないとならないのだ。
モナは小銭入れの方を開く。
僕は端数をそこから取る。
「これでみんなからだ」
そう言うとモナは申し訳なさそうにお財布を閉じた。
会計をしているとスマホが鳴った。あすみちゃんから返事が来た。
――遅くなってごめん。行く!
――坂崎も来てくれることになって俺たちファミレスで待ち合わせしたけど
――私も行くね。プレゼントはどうする?
――今買った。ブランケットにしたよ。みんなからって言うから
――私も払うから立て替えといて!
――いらないよ。笑
――私からもあげたい
――はーい。笑
僕はふっと笑った。みんなが同じ反応なのが面白くて。
――あと、モナちゃんだけど今夜も頼んでいい?明日から絶対大丈夫だから
このメッセージを見てモナに見られないようにスマホの角度を変えた。
――そのことだけど、大丈夫なの?ずっと頼んじゃってるけど
――大丈夫だよ、だってモナちゃん行くとこないでしょ
――まぁそうだね、ただ僕が死んだ後はモナも消えるから、あと一ヶ月弱のお世話になるけど
こうやって自分の寿命を書くとぐっと胸に来るものがある。
いいペースでラリーしていたメッセージ、既読はついているのに止まった。
僕がスマホを見ながら固まっているとモナが覗きこもうとしたからさっとポケットに戻した。
そして会計が終わると僕のお腹がぐーっと音を立てた。モナに聞こえたかもしれなくて恥ずかしくなる。
「お腹空いた?」
モナは楽しそうに笑う。
僕は恥ずかしくて俯く。
「うん、空いちゃった」
モナは何も食べないから僕だけ食べるのも悪くて言い出さなかったのにこのお腹が主張してきた。
「なにか食べよう」
僕はハッとした。
もちろんモナは食べないんだど、なんだかこの会話がデートみたいだと感じて。
「そうだね、家に母さんが作ったご飯があるんだ、それを食べるよ」
ポケットの中でスマホが震えた。返事が来たんだろう。
僕はモナがいないところで見ようと思ったからそれに気付かないふりをした。
モナは自分の行き場ないことを知ればまた外で暮らすと言い出すだろう。モナが外で生活をしていても誰かに襲われたり傷つけられたりすることはないだろう。
寒かったり、暑かったり、怪我をしたり病気になったりすることもないだろう。
だけどやっぱり女の子を外で生活させるには抵抗がある。かといって僕の家に連れてくるわけにはいかない。明後日には家族みんな帰ってくる。
ふと思う。最初で最後のデートができるんじゃないかと。こんな時に家で母さんの作った肉じゃがを食べるんじゃなくて、いや、食べるんだけど、だけどその前に少しくらいデートのようなものをしてもいいだろう。
「モナ、カフェに行かない?」
「行く!」
モナは目をキュッと瞑り笑顔でそう答えた。
想像した以上のリアクションだった。
「もしかしてそういうところ行ってみたかった?」
そう聞くとモナは恥ずかしそうに頬を染めうなずいた。
僕はこういうところが女心がわかっていないところだろう。だけど僕は恋なんてしたことないんだ、それは仕方がないだろう。
誰に言われたわけでもないのにムキになって反論する。
最近僕は自分でも知らなかった自分の部分が見えてきている。
お人好しで優しいなんて言われてきていた僕、僕もそう思っていた。だけもほんとうの僕は少し攻撃的な部分もあるのかもしれないなぁなんて思ったらふっと笑みがこぼれた。
攻撃的な部分ていうよりは、こんな僕にも譲れないものとか主張したいものにはそれなりにムキになるんだなと思っただけ。
オシャレなカフェ、ちょっと気にはなっていたけど入ることなんて絶対ないと思っていた場所だ。
「ここどうかな?」
「可愛い! 入りたい」
木造でできてきてコテージみたいな造りになっている。昔ながらの喫茶店のようにも見えて、ドアを開けるとからんとベルが鳴る。
中では木の匂いが微かに鼻腔をくすぐる。
森の中に来たような、そんな気分になった。
「何頼む?」
メニューを開かながらモナは真剣に悩む。
「んー」
眉を寄せて本気だ。
「そんなに悩む?」
「んー?」
その眉のままこちらを見た。
僕は思わず笑ってしまった。
こんな眉間にシワを寄せているモナを見たのは初めてだったから。
だけどこんなモナも可愛いと不覚にもときめいた。
「僕はカフェオレにしようかな」
「んー、じゃあ私も」
「え? 同じの?」
「その方が作るの楽だし」
「あはははは」
僕は思わず声を出して笑ってしまった。
それだけ悩んで僕と同じものを頼んだのも面白かったし、その理由が店員さんの作る手間を考えていたなんて。
モナおっちょこちょいでドジっ子でなんだか頼りなさそうな子だけど、人の気持ちを考えられる優しい子だ。
モナのメニューを下げようと思ったけど、モナはどこかをジーッと眺めている。
「ケーキ?」
それに気づいた僕にふふふと笑ってメニューをパタンと閉じた。
「店員さん呼ぶ?」
モナが手を挙げる準備をしている。
「いや、ケーキ食べたいなら食べようよ」
「でも私食べられないし」
「僕とふたりではんぶんこする?」
「え? いいの?」
モナの顔にパッと花が咲く。
僕はまた胸のときめきを抑えられない。
「いいよ、どれがいい?」
「うーん、これかな」
指さしたのは……プリンだった。
「これプリンだけど」
そう言ったらモナは恥ずかしそうに顔を赤らめながら声を出して笑った。
「プリンだった」
ほんとうに大丈夫かなこの子、なんて思いながらそんなところが可愛い。
「プリンがいいのね?」
「うん、これ食べたい」
「え? さくらんぼ? プリンじゃなくてさくらんぼ?」
僕はもう混乱してきて、僕がそんな声を出す度にモナがキャッキャと喜んで笑う。僕もつられて笑う。まだなにもオーダーする前からふたりはずっと笑っている。
時が止まってほしい。
僕はこの日を一生忘れないだろう。
「カフェオレふたつと、プリンサンデーひとつください」
「かしこまりました、少々お待ちください」
店員さんが去っていき「さくらんぼはあげるよ」
と言ったら「やったやった」と手を叩いて喜んだ。
「ちょっと、モナ、なんか面白い、そんなにさくらんぼ食べたかったの」
僕はそんなモナが面白くてまた笑った。
モナは「うーん」と首を傾げ指を顎に当てた。
もしかしたらそんなモナが過去にいたのかな?
すぐにふたり分のカフェオレが運ばれてきた。僕たちはそれぞれにストローを差す。
僕は喉が渇いていたこともあり一気に飲み干した。
モナは少しずつ吸い込んだ。
少し遅れて届いたプリンにモナの視線が完全にロックした。
「はい、プリンも食べる?」
ふるふると首を振る。
食べないんかい、と思わずツッコミを入れたくなる。
僕はプリンをひと口スプーンに取って口に運んだ。甘みとカラメルの苦味がちょうどよく口の中で混ざり合い幸せが広がる。
モナは嬉しそうにさくらんぼを見つめそれをひょいっと口に運んだ。
見守る僕、ニコーっと笑顔になるモナ。
どうやら美味しかったようだ。
もちろん味はしないだろうけど食感だけでも楽しめていたならいいな。
「これ飲んで」
「えっ?」
モナはそんなにカフェオレを飲めないらしくて半分くらい残している。
「もう飲めない」
「残したら?」
「悲しむ」
そう言って店員さんの方を見る。
確かにそうだね、残すのは店員さんが悲しむね。
モナは僕の飲み干したカフェオレのグラスと自分のグラスを交換した。
僕は自分のストローを持っていかれて戸惑った。
このままモナのストローで飲むべきか、モナの目の前にある僕のストローを奪って飲むべきか。
前者はなんか嫌な気をさせたら嫌だし、後者はなんか嫌な気をさせたら嫌だ。
ん? どちらにせよ嫌な気分にさせる可能性があるのか。
僕は平静を装ってストローに口を近づけた。僕の心臓が口から飛び出してきそう。
こんなことくらいでこんなに心臓が動く自分が情けなくなる。
いくじのない僕はストローを指で押さえてグラスに口をつけて一気に喉に流し込んだ。
そして伝票を取って動揺がバレないようにそそくさとレジへ向かった。