「初めまして、桐島雨です。今日から一緒に住むんだよね。宜しくね、真希ちゃん」
私は雨くんの軽くて明るい感じに驚いてしまった。
「真希ちゃん、原裕司と別れて本当に良かったよ。ハラマキとかやばい名前になるところだったんだぞ。ネジさんと結婚するとネジマキになるね。お薦めはマキさんかな。マキマキは笑いが取れそう」
私は矢継ぎ早に楽しそうに、私に語りかけてくる雨くんに動揺した。
ハッピーオーラ全開で、パリピみたいな雰囲気さえある。
遠目で見た彼は少し影があるイケメンに見えた。
(話すとこんな明るい感じなの?)
彼は赤ちゃんポストに入れられた後、施設で育ち義務教育終了後は進学もしていない。
私は彼を勝手に自分より不幸で影を持った人だと思っていた。
それとも不幸な境遇だからこそ、明るく振る舞って生きてきたのだろうか。
何だか想像していた再会とは違っていた。
「山田真希です。宜しくね」
私は部屋を出るはずだったのに、雨くんに手を繋がれ岩崎さんの元に戻った。
岩崎さんが私と雨くんが手を繋いでいるのをじっと見ている。
「すげーいい匂い。真希ちゃん、料理上手なんだね。良い奥さんになりそう」
婚約破棄されたばかりの私に「良い奥さんになりそう」だなんて完全に地雷トークだ。
普段の私なら表面上は笑顔を作りながらも、心はズタズタになっていた。
それなのに、雨くんに言われたら素直に言葉のまま「料理を褒められた」と受け入れられる。
(なにこれ、こんなの初めて⋯⋯)
「ありがとう。これから、しばらくは一緒に住むから作って欲しい料理があったら言ってね」
「ほんと? うれしー! 味噌汁美味しいわ。出汁から丁寧にとってくれたのね」
椅子に突然座って茄子のお味噌汁を飲み始めながら、雨くんが私の顔を覗き見る。
「雨くん、先にうがい手洗いしなきゃダメだよ」
「あ、そうだった。真希ちゃんが美味しそうな料理作ってくれちゃうから匂いにつられて忘れちゃったよ。真希ちゃんのせいだぞ」
雨くんが若いのに古風に私に軽くデコピンをしてきた。
普段の私ならその馴れ馴れしさを嫌悪するのに、全く嫌じゃない。
(なにこの感覚? 生後8か月までの彼を知っているから?)
「ふふっ、ごめん」
私は戸惑いながらも軽い感じで雨くんに謝った。
私は笑顔をいつも作るように心がけているのに、彼の前では自然に笑顔になっているのが分かる。
「冗談だよ。真希ちゃんは良い子」
私の頭を少し撫でると、雨くんは洗面所に消えていった。
「え? 真希は年下のワンコ系が好きだったの? 今のは何? 俺には靡かなかったのに、雨にはどうしてあんなに甘い顔してるの?」
岩崎さんが完全に動揺しているのが分かる。
高身長でスマートで爽やかイケメンの岩崎さんは自分に自信があるのだろう。
そして私のことを調査していたなら、いかにも可愛いヒモっぽくなりそうな年下の雨くんに私が引っかかるとは思わない。
(私は別に雨くんに異性として惹かれているのではない⋯⋯昔の知り合いだから距離感がおかしいだけだ)
「岩崎さん、座って食べましょう」
先程まで、部屋を出ると大騒ぎしたのに気まずい気持ちになってしまう。
でも、雨くんの事がどうしても気になるので私はここを出るわけにはいかない。
あの底抜けの太陽のような明るさは何だろう。
苦しいことがありすぎて、明るくすることで生きていっている彼なりの処世術だろうか。
(私は雨くんが、自分より不幸だと期待してたんだ⋯⋯)
赤ちゃんの頃から知っていて、私と同じく親から捨てられた彼が幸せそうに笑っているのは喜ばしいことだ。
それなのに、私は彼が本当に幸せかどうかを疑っている。
「俺の苗字は岩崎じゃない。でも、聡は本当の名前だから聡って呼んで」
聡さんが縋るような目つきで見てきて、私の手を握ってくる。
こうやって沢山の女を落としてきたんだろう。
実はこういったテクニックを使われる度に私の気持ちは冷静になった。
私が彼に対して動揺したりしたのは、私の孤独と繊細さに気づいて彼が気遣いをした時だ。
「聡さんは、雨くんの生い立ちを知っているんですか?」
「なんで雨の話?」
私の手をより強く握ってくる聡さんにため息が漏れる。
彼はきっと何もかも持っている人だ。
それなのに私如きが彼に落ちなかったのが納得がいかず、まだ私を落とすゲームを続けている。
そして、今、私は自分が雨くんが気になるあまり失言をしたことに気がついた。
私が両親から捨てられ、現在、天涯孤独な身であることは知られているだろう。
しかし、聡さんが私の親の不倫相手が雨くんの親だということは絶対に知らないはずだ。
それは私が当事者で、5歳で既に記憶がはっきりしていたから知っていることに過ぎない。
「俺の生い立ち? 俺は赤ちゃんポストに入れられた施設育ちでーす! 多分、高校生とか親に出産を言えなかった子が赤ちゃんポストに俺を入れたんだろうね。トイレとか、公園に置き去りにされなくてよかったよ」
私は席につきながら明るく話す雨くんに急に息が苦しくなった。
(雨くんは生後8か月だったから、自分が保育園に通ってた記憶も全くないんだ)
私には彼の姉の晴香ちゃんと一緒に雨くんをあやしてた記憶が明確にある。
「赤ちゃんポストができて最初に入れられた子は3歳だったらしいよ。必ずしも生まれたての子が入れられるわけじゃないから」
私は自分がした発言に自分で驚いた。
私は雨くんが自分のことを覚えていないから嫌なのか、彼が私みたいに捨てられた記憶に苦しんでるように見えないから嫌なのか分からない。
(なんで、こんな意地悪なことを私は言っているの?)
「真希ちゃん詳しいね。物知りな女性は素敵だな。真希ちゃんは5歳の時に親に捨てられたんでしょ。真希ちゃんの親ってどんな人だったの?」
笑顔で全く悪気なさそうに話してくる雨くんの質問は私の地雷だったはずだ。
でも、今、私は彼の質問に傷ついていない、むしろ雨くんの明るさに戸惑っている自分の汚さに傷ついている。
「あの、すみません。聡さん。私、今日は疲れたのでシャワー浴びて、もう寝ても良いですか? 雨くん、また今度お話ししよ」
「真希? 大丈夫か?」
聡さんが心配そうにかけてくる言葉に私は静かに頷く。
私は自分がこれ以上、雨くんに意地悪を言わないように席をたった。
今日の私は全然ダメだ。
自分が傷つきやすいから、他人の些細な表情の変化を見ながら地雷を避けて会話をしてきた。
でも、笑顔で溌剌とした雨くんを見たら、彼を傷つけたくなっている。
「真希ちゃん食べないなら、真希ちゃんの分も食べて良い? すごい美味しくて食欲もりもりだよ」
雨くんが可愛らしい笑顔で言ってくる。
彼の母親も美しいのに、笑うと可愛らしい人だった。
私は胸が詰まってしまって、何か食べられる状況じゃない。
♢♢♢
頭を冷やしたくて、思いっきり冷たいシャワーを浴びた。
急速に頭が冷えて冷静になる。
雨くんが幸せなら良いじゃないか。
私はきっと雨くんが自分のように人には言えない闇を抱えて苦しんでいるのを期待していた。
自分の根暗で醜い本質にはうんざりする。
かなり長い時間冷水に当たってたせいか身体がこわばってきてもう浴室を出ようと思った時、扉が開いて雨くんと目が合った。
「え、ちょっとまだ入っているんだけど!」
私は慌てて扉を閉めた。
曇りガラスだけれど、中に人が入っていることくらい分かるはずだ。
(だとしたら、わざと扉を開けたの?)
私は雨くんの軽くて明るい感じに驚いてしまった。
「真希ちゃん、原裕司と別れて本当に良かったよ。ハラマキとかやばい名前になるところだったんだぞ。ネジさんと結婚するとネジマキになるね。お薦めはマキさんかな。マキマキは笑いが取れそう」
私は矢継ぎ早に楽しそうに、私に語りかけてくる雨くんに動揺した。
ハッピーオーラ全開で、パリピみたいな雰囲気さえある。
遠目で見た彼は少し影があるイケメンに見えた。
(話すとこんな明るい感じなの?)
彼は赤ちゃんポストに入れられた後、施設で育ち義務教育終了後は進学もしていない。
私は彼を勝手に自分より不幸で影を持った人だと思っていた。
それとも不幸な境遇だからこそ、明るく振る舞って生きてきたのだろうか。
何だか想像していた再会とは違っていた。
「山田真希です。宜しくね」
私は部屋を出るはずだったのに、雨くんに手を繋がれ岩崎さんの元に戻った。
岩崎さんが私と雨くんが手を繋いでいるのをじっと見ている。
「すげーいい匂い。真希ちゃん、料理上手なんだね。良い奥さんになりそう」
婚約破棄されたばかりの私に「良い奥さんになりそう」だなんて完全に地雷トークだ。
普段の私なら表面上は笑顔を作りながらも、心はズタズタになっていた。
それなのに、雨くんに言われたら素直に言葉のまま「料理を褒められた」と受け入れられる。
(なにこれ、こんなの初めて⋯⋯)
「ありがとう。これから、しばらくは一緒に住むから作って欲しい料理があったら言ってね」
「ほんと? うれしー! 味噌汁美味しいわ。出汁から丁寧にとってくれたのね」
椅子に突然座って茄子のお味噌汁を飲み始めながら、雨くんが私の顔を覗き見る。
「雨くん、先にうがい手洗いしなきゃダメだよ」
「あ、そうだった。真希ちゃんが美味しそうな料理作ってくれちゃうから匂いにつられて忘れちゃったよ。真希ちゃんのせいだぞ」
雨くんが若いのに古風に私に軽くデコピンをしてきた。
普段の私ならその馴れ馴れしさを嫌悪するのに、全く嫌じゃない。
(なにこの感覚? 生後8か月までの彼を知っているから?)
「ふふっ、ごめん」
私は戸惑いながらも軽い感じで雨くんに謝った。
私は笑顔をいつも作るように心がけているのに、彼の前では自然に笑顔になっているのが分かる。
「冗談だよ。真希ちゃんは良い子」
私の頭を少し撫でると、雨くんは洗面所に消えていった。
「え? 真希は年下のワンコ系が好きだったの? 今のは何? 俺には靡かなかったのに、雨にはどうしてあんなに甘い顔してるの?」
岩崎さんが完全に動揺しているのが分かる。
高身長でスマートで爽やかイケメンの岩崎さんは自分に自信があるのだろう。
そして私のことを調査していたなら、いかにも可愛いヒモっぽくなりそうな年下の雨くんに私が引っかかるとは思わない。
(私は別に雨くんに異性として惹かれているのではない⋯⋯昔の知り合いだから距離感がおかしいだけだ)
「岩崎さん、座って食べましょう」
先程まで、部屋を出ると大騒ぎしたのに気まずい気持ちになってしまう。
でも、雨くんの事がどうしても気になるので私はここを出るわけにはいかない。
あの底抜けの太陽のような明るさは何だろう。
苦しいことがありすぎて、明るくすることで生きていっている彼なりの処世術だろうか。
(私は雨くんが、自分より不幸だと期待してたんだ⋯⋯)
赤ちゃんの頃から知っていて、私と同じく親から捨てられた彼が幸せそうに笑っているのは喜ばしいことだ。
それなのに、私は彼が本当に幸せかどうかを疑っている。
「俺の苗字は岩崎じゃない。でも、聡は本当の名前だから聡って呼んで」
聡さんが縋るような目つきで見てきて、私の手を握ってくる。
こうやって沢山の女を落としてきたんだろう。
実はこういったテクニックを使われる度に私の気持ちは冷静になった。
私が彼に対して動揺したりしたのは、私の孤独と繊細さに気づいて彼が気遣いをした時だ。
「聡さんは、雨くんの生い立ちを知っているんですか?」
「なんで雨の話?」
私の手をより強く握ってくる聡さんにため息が漏れる。
彼はきっと何もかも持っている人だ。
それなのに私如きが彼に落ちなかったのが納得がいかず、まだ私を落とすゲームを続けている。
そして、今、私は自分が雨くんが気になるあまり失言をしたことに気がついた。
私が両親から捨てられ、現在、天涯孤独な身であることは知られているだろう。
しかし、聡さんが私の親の不倫相手が雨くんの親だということは絶対に知らないはずだ。
それは私が当事者で、5歳で既に記憶がはっきりしていたから知っていることに過ぎない。
「俺の生い立ち? 俺は赤ちゃんポストに入れられた施設育ちでーす! 多分、高校生とか親に出産を言えなかった子が赤ちゃんポストに俺を入れたんだろうね。トイレとか、公園に置き去りにされなくてよかったよ」
私は席につきながら明るく話す雨くんに急に息が苦しくなった。
(雨くんは生後8か月だったから、自分が保育園に通ってた記憶も全くないんだ)
私には彼の姉の晴香ちゃんと一緒に雨くんをあやしてた記憶が明確にある。
「赤ちゃんポストができて最初に入れられた子は3歳だったらしいよ。必ずしも生まれたての子が入れられるわけじゃないから」
私は自分がした発言に自分で驚いた。
私は雨くんが自分のことを覚えていないから嫌なのか、彼が私みたいに捨てられた記憶に苦しんでるように見えないから嫌なのか分からない。
(なんで、こんな意地悪なことを私は言っているの?)
「真希ちゃん詳しいね。物知りな女性は素敵だな。真希ちゃんは5歳の時に親に捨てられたんでしょ。真希ちゃんの親ってどんな人だったの?」
笑顔で全く悪気なさそうに話してくる雨くんの質問は私の地雷だったはずだ。
でも、今、私は彼の質問に傷ついていない、むしろ雨くんの明るさに戸惑っている自分の汚さに傷ついている。
「あの、すみません。聡さん。私、今日は疲れたのでシャワー浴びて、もう寝ても良いですか? 雨くん、また今度お話ししよ」
「真希? 大丈夫か?」
聡さんが心配そうにかけてくる言葉に私は静かに頷く。
私は自分がこれ以上、雨くんに意地悪を言わないように席をたった。
今日の私は全然ダメだ。
自分が傷つきやすいから、他人の些細な表情の変化を見ながら地雷を避けて会話をしてきた。
でも、笑顔で溌剌とした雨くんを見たら、彼を傷つけたくなっている。
「真希ちゃん食べないなら、真希ちゃんの分も食べて良い? すごい美味しくて食欲もりもりだよ」
雨くんが可愛らしい笑顔で言ってくる。
彼の母親も美しいのに、笑うと可愛らしい人だった。
私は胸が詰まってしまって、何か食べられる状況じゃない。
♢♢♢
頭を冷やしたくて、思いっきり冷たいシャワーを浴びた。
急速に頭が冷えて冷静になる。
雨くんが幸せなら良いじゃないか。
私はきっと雨くんが自分のように人には言えない闇を抱えて苦しんでいるのを期待していた。
自分の根暗で醜い本質にはうんざりする。
かなり長い時間冷水に当たってたせいか身体がこわばってきてもう浴室を出ようと思った時、扉が開いて雨くんと目が合った。
「え、ちょっとまだ入っているんだけど!」
私は慌てて扉を閉めた。
曇りガラスだけれど、中に人が入っていることくらい分かるはずだ。
(だとしたら、わざと扉を開けたの?)