「槇原さんの彼氏は、付き合いで風俗に行った可能性が高いです。明らかにご友人の方が常連ぽい雰囲気を出してました。まあ、風俗勤務が彼に露見したくないなら合体時には素人ぶった方が良いかも知れませんね。間違えても自分のスキル見せつけてはなりませんよ」

 淡々と槇原さんに説く真希ちゃんは処女だったはずだ。
 そして、槇原さんは真希ちゃんの言葉を一字一句漏らさんと頷きながら話を聞いている。

 本業の『別れさせ屋』のストーカー話はどこに行ったのだろうか。

(なんか、悩み相談になっているけれど、真希ちゃんは槇原さんの信用をこれ以上ないくらい得ているわ)

「薬学部を辞めたら、高額の学費の心配もないし風俗店で働く必要もなくなりますね。そうしたら、佐々木さんにも追われなくなるでしょうか?」

「ストーカーの名は佐々木さんというのですね。店を辞めて、まだ佐々木さんが追っかけてくるならばその時に対処致しましょう。今、槇原さんは将来を悲観していますね。私は槇原さんは非常に献身的で素晴らしい女性だと思っています。この掲示板にはあなたを天使だと崇める者までいますよ。どうでしょうか。看護学部に編入してみては? 槇原さん、白衣の天使になりましょう」

 真希ちゃんの声が落ち着いて淡々としているからだろうか。
 彼女は初対面の依頼者に、かなり突っ込んだ話をしているのに彼女の言うことを聞いていれば間違いないような気にさせられてくる。
 そう思っているのは、依頼者である槇原さんも同じのようだった。

(洗脳が得意な教祖や占い師ってこんな感じ? それよりストーカー話はまだ後回しなの?)

「看護師も進路として考えたこともあったのですが、大変そうなのでやめたんです。医師の処方箋の通りに薬出しをしているだけの薬剤師の方が良さそうだと思ったんですが違いますか?」

「槇原さん、あなたは既に薬剤師が美味しい職業でないことに気がついているはずです。高額である2000万円の学費は将来の給与で回収できる見込みはありません。その上、将来はAI(エーアイ)にとって代わられるリスクもあります。かたや看護師はAI(エーアイ)ではできない人との繋がりが重要となります。多くの人に天使と言われる程のサービスを与えられたあなたなら、多くの患者をゴートゥーヘブンできるでしょう」

 真希ちゃんは本当に面白い子だ。
(ゴートゥーヘブンしたらまずいでしょ)
 私は久しぶりに笑いを堪えるのに必死になっている。

「看護学部に編入ですか、確かに看護師はいつでも求人がありますね」

「看護学部は4年、専門学校なら3年です。国試の合格率は90パーセント以上。今後、出産や子育てで一時的に仕事を離れても、求人が常にあるくらい人手不足です」

「学費も2000万円も掛からないですし、現実的ですよね。でも、3K(キツイ、汚い、給料が安い)と言われる仕事ですよね」

 ここに来てやっと、槇原さんが難色を示した。
 確かに楽そうだから、薬剤師を選んだと言っていたから当然だ。

「風俗も3Kではありませんか。キツイ、汚い、給料が高い」

「ふふ、確かにそうですね」

 真希ちゃんがドヤりながら言う言葉に槇原さんが笑う。

 私は真希ちゃんが槇原さんのプライベートにどんどんツッコミ、『別れさせ屋』の業務から離れていっているのが気になった。

「風俗でこれだけ評判を得ることができる槇原さんは、看護師に向いていると思います」

 看護師も風俗嬢も「一緒にするな」と怒り出しそうな内容を真希ちゃんは言っているのに、全く嫌な感じがしない。

 真希ちゃんが真剣に槇原さんのことを考え話しているのが伝わってくるからだろう。

「ちょっと考えてみますね。あの、相談料とか今日のお金は」

「必要ありません。今後ストーカー佐々木が動くようなら、また来てください。その時は彼との縁を完全にきり、別れさせます」

 「相談料もらおうよ」と突っ込みたくなるが、槇原さんと真希ちゃんの友達のような雰囲気に言葉を飲み込んだ。

「ありがとうございます。あの⋯⋯また来ます」
「ここに来る必要がない方が槇原さんにとっては幸せなはずですよ」

 真希ちゃんが笑顔で会釈すると、槇原さんは穏やかな顔で去っていった。

「えっと、真希ちゃん。カウンセリングして、相談料も貰わずお客様を帰しちゃってたら仕事にならないんだけど⋯⋯」

「どうせ、また来ますよ。槇原さんは矛盾の多い方でしたね。自分は風俗で働くけれど、恋人の風俗通いは嫌。お金がないと言いながら、目のプチ整形はしっかりやっている。その上、使っているコスメは海外ブランド物のデパコスです」

 急に冷めたような表情に変わる真希ちゃんが怖い。

(私も人のことは言えないけど、この子裏表がすごいある)

「なんで、槇原さんが海外ブランドのコスメ使っているとか分かるの?」

 槇原さんの化粧品がデパコスだと、どうして見抜いたのだろう。

「私も同じものを使っていて、香りや発色が一緒だからです。月の化粧品代は5万円くらい掛かってます。本当に生きていくのは金がかかりますね」

「そこまでお金をかけなくても、プチプラのドラックストアで買えるコスメでも十分なんじゃない? 真希ちゃん可愛いし」

「私は人を不快にさせるレベルのブスですよ。良いものを使って別人のようなメイクでなんとか東京を歩けるレベルにしているんです。そろそろ、保育補助の仕事に行くので失礼しますね」

 午後から保育補助に行くと言っていたのに、真希ちゃんは私との話を切り上げたいのだろうか。

 彼女は会話を切って、ここを立ち去ろうとしている。
 顔には微笑みを浮かべているが、彼女が傷つくような発言をしたのかもしれない。

「真希ちゃんも保育補助の仕事向いてそうね。何だか、保護者から信頼されそう」

 真希ちゃんは相手の信頼をどう得るかに長けてそうだ。

 今日会ったばかりの槇原さんが明らかに真希ちゃんを信頼しているのが分かった。

「仕事が向いている向いていない以前に、保育補助では賃金が安過ぎて東京では暮らせません。私は来月の北海道庁職員採用試験を受けてきます」

 真希ちゃんが予想外のことを言ってきた。
 昨日から事務所に働き始めたのに、彼女は引っ越しの計画を立ててるらしい。

「え、北海道って、真希ちゃん引っ越すの?」

「はい、今住んでいる一軒家は買い手はつきそうにないのですが、借りたいという方がいるのです。面倒なので売ってしまいたかったのですが、ここは少しでも家賃収入を得る為に貸すことにしました。そして北海道庁の職員の採用試験は毎年定員割れなので狙い目です。今の依頼を片付けて、裕司と浮気相手を地獄に堕としたら北海道に行きます」

 真希ちゃんの家は調査によると古いが広く立地も良い。

 おそらく貸したらそこそこ家賃収入は取れるだろう。

 更地にして土地を売ったらと言いたいけれど、その言葉が真希ちゃんを傷つけそうで怖い。
 真希ちゃんは長い間その家に祖父と2人暮らしをしてきた。
 きっと、特別な思い入れがありそうだ。

「定員割れなの? 公務員とか地方だと人気そうなのに⋯⋯」

 地方では公務員は人気職業と思っていたので意外だった。

「北海道全土を転勤で回るのが嫌で、札幌市職員を目指す方が多いんですよ。北海道に行けば、東京ほどルックスに囚われることもないからコスメ代も節約できそうです。生活費も東京よりもかかりません」

 商社の駐妻から地方の転勤族の妻を目指し始めている真希ちゃんの極端さが心配になった。
(婚約破棄のショックで、やけっぱちになっているんじゃ)

「真希ちゃんって商社マンの奥さんで、優雅な駐妻になりたかったんじゃないの?」

「違います。私は幸せな家庭の奥さんになりたいんです。私が重んじているのは経済的豊かさではなく、精神的豊かさです。ブータンがなぜ世界一幸福な国と言われているか知ってますか?」

「いや、知らないし。ブータンじゃなくて北海道に真希ちゃんは行くのよね?」

「1日3食食べれて、寝るところがあり、着るものがある安心感。それに勝る幸せがどこにあるのでしょう」

 真希ちゃんが人差し指を唇に当てながら、ウインクしてくる。
 その仕草に一瞬ドキッとしてしまった。

(真希ちゃん、スッピンはブスだっていうけれど⋯⋯可愛い子しか許されない仕草が板についてるのよね)